最上級生との礼拝堂での会話(栞視点)

ケイリ=グランセリウスに連れられて七々原薫子と名前を知らない下級生一人が礼拝堂から出て行くのを確認して。
久保栞は、十条紫苑を告白室へ招き入れて向かい合い…


久保栞は、十条紫苑さまが修身室で妃宮千早と松平瞳子への失言について聞き終えた。

「わかりました、その失言については、私から千早ちゃんに尋ねましょう」
紫苑さまを前にして物怖じしてはならない、かといって卑屈になってもいけない。
あくまで主の…マリア様の代理として自分はこの方を支えなくてはならないと自分に言い聞かせて…言葉をかけていく。

「私の失言の後始末を、白薔薇さまにさせるなんてできません」
ああ…やはり私にはこの方の凍てついた心を溶かす事はできない。
この人は誰一人頼ろうとはなさらない…

「先輩である貴女に生意気を言うようですが、今の紫苑さまが頭を下げたところで逆効果にしかなりませんよ」
それでも、このままだと寮までついてきて謝罪しそうな勢いの紫苑さまを止めなくてはならない。
暴言を吐いたならともかく…リリアンで一番目上の人が些細な失言で、新入生にかしこまって謝罪するなんて…その新入生の立場と心象を危うくする事にしかならない。
中等部から上がってきた松平瞳子ちゃんはまだいい、しかし昨日初めて出会い、久保栞の新たな家族となった妃宮千早ちゃんは、不登校の末にリリアンにやってきた子なのだ。


せめて、リリアンの生活に慣れるまでは彼女の心を騒がせるような事は避けなくてはならない。


「でも、白薔薇さまである久保栞さんも、同じなのではありませんか?」
確かに…白薔薇さま…生徒会長の一人がわざわざ最上級生の失言をわびるのも問題があるかもしれない。

「寮に住む方は、どんな人でも私の家族のつもりです」
そのために、千早ちゃんと初対面の前に礼拝堂で祈り…信仰による導きの求め…啓示によってて得た行動…を千早ちゃんに行ったのだ。
入寮式の時に奏ちゃんにその事をたしなめられた通り、初対面の人見知りから来る拒絶の危険を冒して。



紫苑さまにも、千早ちゃんにも自分や身近な人を通して人に寄りかかるという事をこの方に知ってもらいたいのに…

「申し訳ありません。衷心よりお詫び申し上げます」

他人行儀を崩してくれない…紫苑さまはわかってくれなかった。
年度が一つ上という距離が遠すぎる、溝が深すぎる、予想していたことではあるけれど…


それでも、慈愛と寛容を旨として、頑なな上級生にも道を示そう。
「もし、この事で私に引け目を感じるというのなら。私のわがままを一つ聞いてもらえませんか?」

『わがまま』なんて…突然の白薔薇さまらしからぬ言葉に、紫苑さまは初めて、困惑の表情を浮かべなさる。

「5月末に、全生徒が参加するエルダースールの選挙を行います」
山百合会に所属している6人だけが知る、水野蓉子さまのもう一つの遺言。
『エルダースールを、非公式かつ姉のいない生徒のみの投票ではなく、全生徒参加型の公式のものとする』ことについて。

「その選挙方法の詳細を、紫苑さまに考案していただきたいのです」
そう水野蓉子さまが頼んだのは、十条紫苑さまが去年、入院して、事実上エルダースールの座を空席にしてしまっていた事も原因の一つだから…
久保栞の予測が正しければ、きっと紫苑さまはこの役目を果たしてくれるはずだ。

「わかりました、お力になりましょう…」
紫苑さまのその言葉に満足する。
これで紫苑さまは久保栞だけでなく、選挙管理を行う山百合会と関わりを持つことになる。
少なくとも、誰とも関われずに一年間を過ごすなんて事はなくなった。

「私に気を遣って下さるのは、薔薇さまに頼まれたからですか?」
ああ、水野蓉子さまの案じた通りだ。
紫苑さまはとても聡いお方、こちらの動機なんてすぐに見抜いてしまわれた。
おまけに『薔薇さま』と言った。『水野蓉子さん』ではなく。
水野蓉子さまと親しかったこの方の事だ、誰が紫苑さまに気を遣うよう指示したなんて見抜けないはずがないのに…
つまり、この人は水野蓉子さまに感じていた親しみを、私には感じてくれていないと言う事だ。

「それもあります。ですが私は…」
そう言って目を瞑り、再び信仰に導きを求める。
自分の内なる心を語ってよいものかどうかを…主に委ねる。

「『隣人を自分のように愛しなさい』」
十条紫苑さまの力になってあげたいと思うのは、水野蓉子さまの言葉だけじゃない。
教義に従う事が、久保栞の存在意義だから。

「ごめんなさい。貴女の事、誤解していました。
 佐藤聖さんの妹だから、あの人の印象が強くて…」
あ…そういうことでしたか。
そういえば紫苑さまは去年、ほとんど出席していなかった。
山百合会に入るのが1年生が終わる頃だった久保栞と接点がほとんどなかったから、久保栞のことをあまり知らなかったのだ。

「正反対…ですね。神様を恐れぬ不届き者と。神様しか頼れないからこそ強く在れる貴女と…」
信仰に生きる事を決意し、自己弁護に全く気を遣う事をしない久保栞にとって、こんな風に内面を理解されるのは心地よかった。
そして、普通の人にとって、それが不快極まりない事だと理解できるぐらいには、浮世離れしていなかった。

何より、紫苑さまがお姉さまと自分を理解してくれた事が嬉しかった。

「祈らせて下さい、貴女のこれからの学園生活に」
告解の締めくくりに、祈る。
この方にも、心安らぐ事のできる時が来るようにと。






あとがき
さすがは久保栞さま、十条紫苑さま相手に一歩も引きません。
そして、明かされるエルダースールの選挙。

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