雨の中の白銀公

「初日ににわか雨なんて…ほんとについてないなぁ…」
昇降口までたどり着いたところで、七々原薫子はつぶやいた。

「問題ありません、傘はあります」
乃梨子さんと別れた後、忘れ物に気付いて引き返し、昇降口でで、周防院奏さん…お姉さまと出会い。
お姉さまに付き添ってもらって教室へ戻り、こうやって傘を受け取る事ができたのだけれども…それを受け取った事を後悔する事になる。


「何考えてるんですか?」
…何事もないように傘も差さず無防備に、雨の中を歩き出すお姉さまを慌てて止める事になったから。


「何って…私は濡れても平気なのですよ」
「あたしが平気じゃないよ!傘は返します!」
そう言って無理に傘を握らせようとしたけれど…やっぱり受け取ってくれずに…

「じゃあ2人で入ると言う事で…」
折衷案を出すしかなかった。

「でも…薫子ちゃんの髪が痛むのは…」
「それがあたしにできる最大限の譲歩です!」
結局、強引に折り畳み傘を2人で遣う事になって…


「じゃあ、私が傘を持ちます」
「たまにはあたしにも格好ぐらいつけさせて下さい!」
お姉さまの身長が薫子とくらべてはるかに低いと言う問題を口にしないぐらいの気遣いを持つ事はできていて…

薫子が傘を持ち、そこにぴったりと小柄なお姉さまがくっついて下校する事になった。

そんなヘンな雰囲気を払拭したくて、薫子は尋ねたい事を聞いてみた。

「お姉さまは、厳島のご令嬢と知り合いなの?」
そんな薫子の質問に、隣で歩く小さな上級生は少し考えて…

「厳島貴子さんは私の演劇部の友人です…少なくとも私は友人のつもりですし…貴子さんもそう思っていると信じています」
やはり気になる。
片や資産家の厳島のご令嬢…片や孤児の周防院奏お姉さま。
どう考えても相性がよさそうにない…。

「『厳島のご令嬢』というのは、薫子ちゃんの認識なのですね…ですが…その認識を改めて欲しい。
 貴子さんも言っていたように、学舎において生まれの門地で人を見るのは適切な事ではありません」
やっぱり…そうなのか。
でも、薫子は身をもって知っている…たとえ校則で規定されていても…親の職業で人を見る者達がいることを…

「努力は…します。でも、あたしは今まで…」
その先を…続ける事は、薫子にはできなかった。

そして、不自然に言葉を切った事をとがめるどころか…先が知りたいと匂わせる事すらしない奏お姉さまが…いつしか心地よいと思えてしまっていた。

だから、もう少しで「優しくしないで!」と言ってしまいそうになった。
そんな理不尽を口にしたとしても、この小さな上級生は怒ったりしないと考えて…それが甘えだという事に気付いてがく然とする。

「私に言えない事でも、久保栞さまに頼るのもいいかもしれませんよ」
ちがう…これは…あたしが背負わなければならないもののはずだ。




リリアンの校舎と寮とはそんなに離れているわけじゃないけれど、ぴったりくっ付いての歩行となると意外と気を遣うものである。
互いに体格差も身体能力差もがかなりあって、歩くスピードが違っている分余計に…

だから、寮の入り口でお姉さまがいきなり立ち止まった時に、あわてて体の位置を修正しなければならなかった。

でも、お姉さまを傘の中に入れることよりもはるかに重大なもの…お姉さまが立ち止まった原因…が目に入って唖然とする。


妃宮千早さんが、脇の茂みから…出てきた。
小柄な女の子を抱えて…制服は植え込みの葉枝と雨にまみれて…しかも呼吸は荒く乱れて…

でも…そんな事は気にならないぐらい…千早の表情が異常だった。
笑っている…雨の中傘も差さず。
まるで…遠距離恋愛の恋人に再会したかのように懐かしそうに笑みを浮かべている!?

「ち…千早さん…な…何をやって…」
「私は…この子をかついで…寮へ…いか…なく…ちゃ…」

千早も雨に濡れているけれど、千早さんが抱えている女の子は更にずぶ濡れの状態で…
しかも意識を失っている!?


「ちーちゃんとは…またの機会……ふふ」
何か訳のわからない事をつぶやくと…呼吸が乱れているはずなのに…


ここまで非人間的な表情ができるのかと思うぐらい不自然な笑みだった。
直感で薫子は思い知った…その笑みを…決して忘れる事はできないだろうと…

「千早ちゃん…」
そんな千早さんの様子についていけないのはお姉さまもらしい。

いきなり…なんの脈絡もなく、千早さんは女の子を抱えて走り出した。


「な…ななな…何なの…何なんだよ!?あれ…!?」
寮のほうへ走っていく千早さんを見送る事しかできずにあっけにとられて、そんな声を上げてしまった。

信じられない…信じたくない…。
さっきのが、あんなのが妃宮千早さんだったなんて…

だって千早さんは、あんなに綺麗で。
クラスのみんなからも人気で…お嬢さま然としていて…
華道部に入ろうとするような才媛で…


「あれは…心理的外傷です…それもかなりの重度の…
久保栞さまが千早さんに気を遣うのはあれが原因だったんですね…」
混乱して…立ち尽くす事しかできない薫子に、
お姉さまがそんな事を言ってきた。

「薫子ちゃん…お姉さまとして命じます」
お姉さまはこちらに向き直り、反論を許さない口調で語ってきた。


「久保栞さまと御門まりやさまには私が話します…
 そして…薫子ちゃんは今何も見なかった、誰かに聞かれても余計な事を言わないように…忘れなさい」
口調は穏やかだけれど、目が全く余裕がない。

「は…はい…」
その必死さに押されて、うなづく事しかできなかった。

もしかしたら、奏お姉さまは。さっきの千早さんを見抜くように…薫子の内面も見抜いてしまっているのかもしれない。
そうだとしたら…薫子は…どうすればいいのかわからなかった。






あとがき
颯爽と登場、千歳さん。
さらにカオスな展開に。
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