異文化コミュニケーション? 「それでは皆様、ごきげんよう」 「ごきげんよう、また明日」 「ま…また明日…」 入学式を終えて、帰ろうとする頃には、薫子の精神力はすっかり尽き果ててしまっていた。 「…これから毎日この調子なのか……頼むから、誰か嘘だって言ってくれ…」 机に突っ伏し…自然と声が漏れてしまう…。 「…嘘だよ」 突然の声にがばっと体を起こすと、側に一人の少女が立っていた。 ストレートの黒髪…ただし薫子と異なり肩までの髪の…市松人形を思わせる子が、微苦笑を浮かべながら見下ろしている。 「多少は気は晴れた?」 「はは…一瞬だけ夢から覚める夢が見られたかな…」 その表情が…周りの他のリリアンの生徒のものとは違っているようで気が緩み…思ったことを口にしてしまう。 「…私は、 「私は 「ん?そうだけど…どうして…?」 そんな答えを返して、目の前の リリアン特有の呼び方ではない…更に…七々原さん「も」? 「実は私も…」 「へぇっ。そうなんだ…その割には落ち着いているみたいだけれど…」 そんな風に見えない、少なくとも今の状況に対応できているみたいだけど…。 すると、二条乃梨子さんは頭を抑えながら… 「『まあ、ずいぶん深いため息を吐かれているのですね』」 …トーンが不自然に上がった声を出した。 うわぁ…、乃梨子さんには悪いけど無理がありすぎる。 「郷に入っては郷に従えとはいえ…頭痛い…」 「慣れない事はするものじゃないよね」 けど、半日で参ってしまった薫子と違い、乃梨子さんは一応取り繕うことはできているみたい。 そんな…登校して初めての気を遣わない会話をしていると… 「歯に衣を着せぬ …そんな突然の尋常ならざる…しかし気品のある声に振り向くと。 朝に妃宮千早さんに公衆の面前で友情の証(キス)をして、教室を騒がせてくれやがりました異邦人の少女…えーっと星の王女…ケイリ・グランセリウスさんが手を差し出してきていた。 「私も今日が初登校でね、郷に従わなければならない者同士、仲良くしてくれると嬉しい」 「 突拍子もないケイリに怖気づくことなくその手を握り返す乃梨子さんは…見た目通りのしっかり者らしい。 薫子も一応、礼儀としてその手を握っておくけれど… 「私は そう、釘をさしておいた。 「君は千早に憧れているようだね…その気遣いを向けられる千早はきっと、果報者だ。 慣れない環境にもめげずに歩いていけるだろう」 「 ケイリは意外そうに尋ねる二条乃梨子さんの言葉を肯定する…でもなんだかケイリの言葉がひっかかる…。 「カオルコ。憧れは理解から最も遠い感情だ。覚えておいた方がいい…」 「千早さんのことを何か知っているの?」 「例えば…彼女は今、シュウシンシツという所へ行っている事ぐらいかな?」 「シュウシン室?」 なんだろう?その聞きなれない部屋の名前は。 「修身室、華道や茶道のための畳の部屋の事だよ」 二条乃梨子さんが説明してくれる。 「それは興味深い、日本特有の文化を見せてもらうとしよう」 そんな事を言いながらケイリは鞄を取って歩き出そうとする。 それを、乃梨子さんが止めた。 「修身室はもともと外界と隔絶するための場所、押しかけるのは歓迎されないと思う」 「詳しいんだね…じゃあ今日は場所をつきとめるだけにしておくよ」 乃梨子さんはすごいな、破天荒を絵に描いたようなケイリを相手に堂々と主張をするなんて。 「私も行ってみる、少しだけ興味はあるし」 「じゃ、あたしも」 二条乃梨子さんに続き、七々原薫子もケイリと一緒に修身室に行く事になった。 リリアンを歩いているうちに修身室を見つけ、その部屋を確認しようと近づいたとき… 「それにしても、君達は美人だな…」 ケイリがそんな事を言い出した。 「な…いきなり何言い出すの!?」 「ケイリみたいな美人がそれを言っても嫌味にしか聞こえないよ」 とうとつな言葉にに乃梨子さんと一緒に反論する。 「?…この国では美人というと、貴女達のような人のことを言うのではないかな?」 ああ…このヒトはこういう人なんだなー…と諦めてしまいそうになる。 「美人…というのは多分、この服をうまく着こなす人の事を言うのだと思う。 きっと、ケイリみたいに」 二条乃梨子さんはそう言いながら、自分の制服を指差した。 「それは君の認識かい?私では 「乃梨子さんの言っている事は正しい。それに…?ん?」 突然、修身室の扉が勢いよく開き、中からリリアンの生徒が走り出しそうな勢いで出てきた。 いち早く反応したケイリがその人の前に立ちふさがって… 「なるほど、大 そんな事を言いながら、その女性の手を取ってその甲に唇をつけた。 「っ!」 七々原薫子も、乃梨子さんも呆然としてその光景に見とれてしまう。 それは、その女性がケイリの言う通り、 すらりと伸びた背に、腰まで届く黒髪は薫子と同様…だけど… 雅ささえ感じさせる美しさに加え、その表情は困惑を帯びていながら柔和さを失っていない… いや、その困惑さえ幽玄な雰囲気を生み出している… もしこの女性が 「はじめまして、私はケイリ・グランセリウス。私は夜に在り数多星々を司る星の王女だ」 うわぁ…ケイリ…クラスメイトだけでなく全く見知らぬほかの生徒…しかも多分上級生…にまで言っちゃったよ…。 「私は 困惑の色を隠せないけれど、なぜかケイリのキスと自己紹介に落ち着いたのか…女性はそう名乗った。 「修身室の中で失言でもしたの?よかったら私と落ち着ける所に行かないか?」 ケイリ…それはいわゆるナンパですか!? 礼拝堂…そこは、薫子にとってはなじみのない…できれば関わりを持ちたくない場所だった。 宗教の儀式の場所…天国へ導く唯一の正答…そんな常識はずれのうたい文句が平然と許容される、現代社会にあるまじき告解の惑い場。 ケイリは『落ち着ける所』と言ったけれど。 いわゆる『大和撫子』な そんな薫子の心配をよそに、礼拝堂の一番前に紫苑さんを連れて行くなり、ケイリはひざをついて両手を合わせ… 「主よ…迷える子羊に憐れみを…こちらの紫苑に慈悲を給わん事を…。 なぜなら紫苑を知る人はもういない…紫苑を気遣うことのできる人はみんな…紫苑を置いていってしまった…」 そんな…祈りを口にした。 今まで見た事もないような真剣な表情で…一心に… …その様子は、とても敬虔なもの思われた。 薫子にとっての礼拝堂への先入観を壊してしまう程に。 「そんな…どうして…わかるのですか?」 紫苑さんは別の意味で驚き…そしてうろたえている。 「私もそんな経験をしてきたからね…」 そのエメラルド色の瞳は…全てを見透かしているようで… 「さっきの祈りに付け加えるなら、辛いあまりに… 何か取り返しのつかない事をしてしまった…といったところかな?」 …そんな事を、言い当てた。 「私は…人の心に踏み込みすぎてしまいました…」 十条紫苑さんは、ケイリの眼差しに…思う所があったのか…吐き出すように続ける。 「心に踏み込むのは重い荷物を持っていたり、つらい気持ちに耐えている人たちを助けてあげるためのもの…自分の寂しさを紛らわすためにしていいことじゃない。 その相手の名前は?」 「 千早さんと…そして瞳子さん…二人とも一年椿組だし、千早さんとは同じ寮に住んでいるし。 「ここに、あなたのことを何も知らない人が二人いる」 ケイリはそんな事を言って、二条乃梨子と七々原薫子を示してきた。 「ノリコ。カオルコ、歯に衣を着せぬ 異邦人の私に代わり、貴女達の忌憚のない意見を聞かせて欲しい」 ケイリはそう、話を振ってきた。 「言葉によって誰かを傷つけて…悪いと思っているのなら…もうそれでいいんじゃないでしょうか?」 乃梨子さんはそう答える。 「紫苑さんが何を言ったかは知りませんが…多分…次の日になったら忘れてますよ。 瞳子も千早も…前の日にかけられた言葉を気にしてなどいられないはずです」 乃梨子さんに引き続き、 「私は…そんな事よりも… そういった経験をした上で次の日をどう過ごすのか…その方が、ずっと大切だと思う」 そうであってほしい。 紫苑さんは、自分がどう欲しがっても得られない気品を持っている。 その人が過ちを気に病むのは見たくなかった。 「それでも紫苑さまが忘れられないのなら、及ばずながら忘れるお手伝いをいたしましょう。」 突然、礼拝堂の奥の扉が開き…そんな声とともに上級生と思われる生徒が出てきた。 その人は、この礼拝堂の雰囲気とあまりに合致している物だから、その人が久保栞さんだということに、すぐに気付く事ができなかった。 …そういえば礼拝堂の管理を任されていたんだったっけ。 「栞さん…」 「昨日…晴れてそちらの…薫子ちゃんのお姉さまになった奏ちゃんに言われましたよ。 『なぜ委ねてくれないのか』と… その身になって初めてわかるものなのですね」 そんな栞さんを見て、ケイリは… 「なんだ…私以外に紫苑のために何かをしようとしている人がいるじゃないか… 薫子、乃梨子、行こう。もう紫苑には私達は必要ない」 そう言うと。ケイリは紫苑さんと栞さんを置いて祭壇に背を向ける。 栞さんはそんなケイリに声をかけてきた。 「お待ち下さい。あなたは私にも用があるようにお見受けしますが…」 「私の用事は急ぎません。 今日の所は貴女にお会いする光栄に服しただけで十分です。 紫苑の事をよろしく」 ケイリがなぜか栞さんに対しては丁寧に話していることにあっけに取られながらも、ケイリの言う通り礼拝堂を後にした。 「結局、ケイリは何がしたかったの?」 リリアン女学園の校門、マリア像の前で手を合わせるケイリに薫子はそう尋ねてみた。 「『ケイリ…私の小さなお姫さま。よくお聞きなさい』」 すると、ケイリは唐突にそんな事を語り始めた。 その言葉は今まで聞いたケイリのどの言葉よりも深みがありすぎて… 「『これからあなたの生きていく道の上には、きっと多くの出会いが待っているわ……その中で、重い荷物を持っていたり、つらい気持ちに耐えている人たちとも出会うでしょう』」 …その言葉が戯曲や歌詞の一節とはとても思えなかった。 「『あなたは、その人達を助けてあげなさい……それがいつか、あなたの進む道を照らしてくれるはずだから』」 そう言ってケイリは着けていた小さな髪飾りをなでながら。 「…母の遺言に従った…」 そんなケイリは…普段のとらえどころのない破天荒さとは全く別で…泣いているようにも見えた。 言葉の意味にあっけに取られた二条乃梨子さんと薫子を尻目に、ケイリは歩き出し、校門のところで振り返って… 「 そんな事を尋ねてきた。 「わからない、けれど私はケイリのことを…尊敬…する…」 「私も…」 そんなことばを口にする事しかできなかったけれど… 「ありがとう。それではごきげんよう」 ケイリは満足したのか。別れの挨拶とともに笑顔を見せて姿を消した。 「つ…疲れたぁ…」 「うん…同感…」 残された乃梨子さんと二人で、大きくため息をついてしまった。 「でも、悪くなかった。異文化コミュニケーション…といった所かな」 「うん…大和撫子なんて、言われたの初めてだよ」 そんな風に思えるのは、あのケイリの人徳なのかもしれない。 「乃梨子さん。その…リリアンに不慣れな者同士、仲良くしてくれないかな?」 門の所で乃梨子さんと別れることに気付き、あわててそう切り出す。 「今更だよ薫子さん。私に断る選択肢があるとでも?」 そんな事を言いながら、差し出してきたの手を握りながら、門の近くのマリア像を横目で見てみる。 こんな出会いを恵んでくれたのなら、マリア様に感謝するのも悪くないかもしれなかった。 あとがき 乃梨子と薫子置いてけぼりだ… ケイリのキャラが強すぎて…この時の紫苑さまですら迷える子羊扱い… イベント進行は以下の通りっと… ・ケイリに振り回されるのを通して、リリアンに不慣れな薫子が乃梨子と仲良しに。 ・紫苑さまが栞さまに頼る。 ・ケイリが栞さまにファーストコンタクト。 |