櫻館の入寮式(前編) さわやかな小鳥のさえずりが、澄み切った寮に木霊する。 「親父のやつめ…余裕で間に合うとか…嘘ばっかり…まったく…」 ……… スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくり歩くのがここでのたしなみ。 もちろん、遅刻ぎりぎりで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない… 「これじゃまるで、時代遅れのスケバンだ……」 慣れないスカート丈に、何度も足を引っ掛けそうになりながら…乙女…というには少々はばかられる罵詈雑言を撒き散らしながら、全力疾走で駆け抜けていく少女が一人。 …年度初めにはどこにも例外があるようである。 「…これは、また。なかなか…」 どうやら目指していた建物らしいリリアンの寮の歴史物の映画にも出てくるような、典雅なたたずまいに…まるで今にも 「っ…七々原薫子っ、遅くなりましたっ……!」 息を整える時間も惜しく、全力疾走の勢いのまま寮の玄関に飛び込んで… 「あ…」 キャラメル色の髪…なんてレベルじゃない、なんだか輝く銀髪に特徴的な制服という装いが気品のようなものに溢れていて… しかもその側にはヘッドセットを着用した従順そうなお付きの人らしい少女、こんな組み合わせは海外の古めかしいお屋敷にでも行かない限りお目にかかれないと考えていたものだった。 そんなテレビの特集かドラマでしか見れないような二人の…優雅でありながら不安げなその様子に、玄関のドアを乱暴に開けて突入するという…行儀の悪い行為を働いてしまったことが今更ながらに恥ずかしくなる。 「私は、今日からこちらにお世話になります。妃宮千早と申します」 「千早さまの侍女で、度曾史と申します。よろしくお願いいたします」 お嬢さまの付き人らしき少女も丁寧に挨拶してくるのを見て、別世界に迷い込んだのではないかと本気で考えてしまった。 「え…う…?」 まともな言葉も発することができずにそんなやり取りをしていると…薫子の突入音を聞きつけたのか…二人の上級生らしき方が姿を現した。 「七々原薫子ちゃん。リリアン女学院寮へようこそ。歓迎します」 「あなた全力疾走してきたのね。史ちゃん、水を用意してあげて。 千早ちゃんは、由佳里・奏ちゃん・初音ちゃんの三人を呼んできて。入寮式を始めるわよ」 上級生2人の指示のもと、寮生全員が食堂に集まり…全員で食事の準備が整えられていくのを、薫子は眺めていることしかできなかった。 手伝おうとしたけれど、 「遅刻と全力疾走の罰よ。薫子ちゃんには準備はさせてあげない」 と上級生に言われ、椅子に座らされてしまった。 史という少女に出された水を飲んで落ち着いた後にようやく、疲れている薫子への配慮してくれたのだと気づいて更に恥ずかしくなる。 「それじゃあ、第百十二期、リリアン女学院学生寮の入寮式を執り行います。早速寮監の挨拶と全員の自己紹介からね」 2人の最上級生のうち、活発な方が、大人しそうな方を促して…入寮式は始まった。 「本年度の寮監督生になりました。 至らない所も多いのですが…だからこそ、家族としてみなさんと力を合わせていければ幸いです。一年間よろしくお願いします」 寮監といったら、寮生を厳しく見張ったり叱りとばしたりしそうだけれど…久保栞さんにそんな感じは見られない。 むしろ、すべてを受け入れて包み込むような不思議な感じがする。 「外部編入組の薫子ちゃんと千早ちゃんのために言っておくと…三人いる生徒会長の一人、 へ…ロサギガンティア? 「薫子ちゃん、リリアン女学院では三人の生徒会長さんはそれぞれ、 薫子の隣に座っている、大き目のリボンが特徴的な小柄な少女が説明してくれる。 「更に礼拝堂の管理も任されていますからね。生徒の皆さんの尊敬と敬慕と信頼の的なんですよ」 道理で…大人しいのにみんなが従うわけだ…。 「…そろそろ次に行きましょう。御門さん」 収拾がつかなくなりそうなのと照れくさから、久保栞さんは次の人をうながした。 次は、活発なほうの最上級生だ。 「はい、あたしは御門まりや。 リリアンで『まりやさま』って呼ぶのは穏やかじゃないので『御門さま』って呼ばれるのが通例だけど、寮生の諸君には『まりやお姉さま』と呼ぶ事を特別に許してあげよう」 第一印象から活発な人だと感じてはいたけれど…その言葉は薫子の想像を超えていた。 まりやお姉さま!? 「薫子ちゃん、信じられないかもしれないけれど…私たちは昨年度から『まりやお姉さま』とお呼びしているのですよ」 再び、隣の少女に教えられる。 「陸上部に所属していて…二つ名は『 「ちょっと栞、恥ずかしい二つ名は禁止!」 「私のことも 最上級生2人のやりとりに、寮生全員がつい笑ってしまう。 ま…まあ、2人が性格正反対にも関わらず、親密な関係だということがよくわかった。 「『 「まだ言うか!?収拾がつかないので、次!由佳里!」 先程の久保栞さんに引き続き、御門まりやさんも強引なパス回しを行った。 これでいいのか入寮式? 「はい、あたしは 「 三度、隣の少女に教えてもらう。 なるほど、御門まりやさん程ではないけれど、活発そうな印象の二年生ではある。 「次は奏ちゃんね」 上岡由佳里さんの言葉に、薫子の隣の小柄な少女が立ち上がる。 「はい、周防院奏、二年生です」 「ええっ」 思わず、薫子は声を上げてしまう。 だって、どう見ても薫子より年上には見えなかったから…。 「こら薫子ちゃん、まだ奏ちゃんの自己紹介の途中よ」 「あ…ごめんなさい」 御門まりやさんに怒られてしまったけれど、久保栞さんも周防院奏さんも微苦笑を浮かべるだけだった。その役割分担がすごく板についていて、不思議と引け目を感じずにすんだ。 「では、気を取り直して…周防院奏、二年生です。演劇部に所属しています」 「二つ名は…」 「…『白菊の君』」 あれ…二つ名を言われたのに、奏さんはうつむいたものの…何も言わない…? 「流れから察するに…言うなと言っても無駄なのです…」 そんな…小柄で儚いながらも、理知的で聡明な感じがする奏に、思わず見とれてしまいそうになってしまった。 「次からは一年生です。寮にやってきた順にいきましょう」 「じゃあ、 次は、いかにも温室育ちのお嬢さまって感じがする少女だ。 「は…はい、こ…今年から…寮に入ることになりました… 「幼等部からずっとリリアンなのね…大丈夫?」 「は…はい」 あそこまで震えてるとなんだかウサギみたいな印象を受けてしまう。 「次は、 「はい」 うわ…玄関で初めて顔を合わせたお嬢さまだ。 改めて、落ち着いてみてみるとすごく綺麗。特に、日本人離れした繊細な銀髪がどこぞのお姫様のような印象を与えてくる。 「 突然の出来事に驚いてしまいましたが…歓迎されているのはとても嬉しいです」 突然の…出来事? 首をかしげると隣の奏さんが四度補足してくれる。 「千早ちゃんは。今日、久保栞さまにキスされたのですよ」 へ…? 周りをうかがってみると… 御門まりやさんと久保栞さんは困ったような顔をして… 上岡由佳里さんと皆瀬初音さんと妃宮千早さんは顔を真っ赤にしてうつむいて… 周防院奏さんは楽しそうに笑っている… あと、表情を全く変えてないのは妃宮千早さんの付き人らしき子。 その変化から、奏さんの言った事が冗談ではないとわかってしまった。 「ええっ…その話ホントなの?」 思わず、声を上げてしまう。 「栞さまは敬虔なクリスチャンでいらっしゃいます。 キスは信徒にする挨拶のようなものですよ」 あ…そう…そうだよね…。 五回目の奏の補足に…薫子だけではく由佳里さん・初音さん・千早さんも安心したような表情を浮かべる。 「薫子ちゃん、何を想像しました?」 「…う…も…黙秘権を行使します!」 言える訳がない…あの久保栞さまが妃宮千早さんに迫っている所なんて…。 次は、ヘッドセットを着用した表情にめぼしい千早さんの付き人らしき子だ。 「次は私ですね、度曾史と申します。千早さまの侍女をしております」 え?侍女? 「身の回りの世話をする使用人さんのことですよ」 六度、奏さんが補足してくれる。 つまり、付き人も一緒にリリアンについてきたということですか? 見かけだけでなく、本当の意味で妃宮千早さんはお嬢さまならしい。 改めてこの学院の異常さを実感してしまう。 こんなところでやっていけるのだろうか? あとがき 七々原薫子。小説版「櫻の園のエトワール」に同じく遅刻しています。 また、3年生になっている「処女はお姉さまに恋してる 2人のエルダー」の時と比べて1年生時の薫子と初音のスペックはかなり低いです。 ※1 コバルト文庫「伯爵と妖精」シリーズより。主人公のリディア・アシェンバートのこと…のつもりです。 |