初日の終わりに

「久保栞さま、少しお話したい事があります」

妃宮千早さん、度曾史さんにまりやお姉さまが久保栞さんの部屋を去った後。
周防院奏さんが久保栞さんにそう述べる。

「妃宮千早ちゃんのことについてですが…」
奏お姉さまは…帰りにみたあのヘンな千早さんについて報告するつもりだ。

「本人には聞かせたくない事ですか?」
久保栞さんが薫子に気を遣うように聞いてくる。
薫子が、本人のいないところでの噂話を嫌うと知った上での確認らしい


しかし、次に久保栞さんが発したのはすごく衝撃的なことだった…

「そして、憑き物が憑いている事ですか?」

その言葉の意味を理解するのに…またしばらくかかってしまった。


「まさか…本当にミステリー1番ですか?」
「似たような物です。御門まりやさんも気付いてますよ」
奏お姉さまと栞さんの会話が分からないけれど…二人は何か別のことを心配しているらしい…
しかし、まりやお姉さまも気付いているって…

「食事中の、まりやお姉さまとの不自然なアイコンタクトはそれが原因でしたか…」
うわ…上級生の2人はいち早く、薫子の分からない所で意思疎通を行っていたらしい。

「過去…私が1年生だった時。幽霊騒ぎがありました。
 千早ちゃんにはそれと同質の物が取り付いている事に気付いたのは今日、帰ってきてからです。
 奏ちゃん、あなた達が見たものを話して下さい」


「はい。今日の帰り道で見たのですが…」
周防院奏お姉さまは、千早さんの異様な状態を説明し始めた。
雨の中、傘もささずに優雨ちゃんを抱えていた事…
その表情が普通じゃなかった事…


「しばらくして引っ込みましたし、千早さん自身がそのことに気付いていない…
 おまけに雨の中寝ている優雨ちゃんを見つけ出して助けてくれたから害はないでしょう…
 このことに関しては、ほうっておくという御門まりやさんに任せるつもりです」
栞さんはそう結論付け、今日の話し合いは終わりになった。



「薫子ちゃん、久保栞さまのことをどう思います?」
奏お姉さまの部屋に一緒に入ると、お姉さまはそんな事を聞いてきた。

「平和ボケ、宗教ボケしているイメージだったけど…すごく責任感があって行動力もあるし…何より包容力がすごい…」
失礼を承知で思った事をそのまま言うのは、奏お姉さまがそれを希望しているみたいだったから…
そして、奏お姉さまもそれを咎めることなく。微苦笑を浮かべて続けてくる。


「妃宮千早ちゃんの事は?」
「何でもできるのに謙虚で…優しくてさらにお茶目でもある…」
柏木優雨ちゃんへの応対を思い出して、妃宮千早さんは…すごい人だと改めて思い知る。

「完璧なんですね…私はそこに何か引っかかるものを感じるのですよ…完璧すぎる」
「例の…憑き物の影響じゃありません?実際そんな物があればの話ですけど」
大真面目に奏お姉さまと栞さんが幽霊とやらについて話していても、やはり薫子としては半信半疑にならざるを得ない。

「私には、あれが『演じた』結果に見えるんです」
お姉さまは演劇部だから、そう感じてしまうのだろうか?

「ところで、白銀公…というのは…?どなたが言い出したのですか?」
「ケイリ・グランセリウスという。外国の人が…」



「私と同じ演劇部の厳島貴子さんに小鳥遊圭さま。新聞部の山口真美さん、写真部の武嶋蔦子さん…」

結局…お姉さまとの学園の話題は、なかなか尽きず…。
結局、消灯の確認を行う久保栞さまとまた、顔を合わせる事になった。

名残惜しいけれど、久保栞さまの薦めに従ってお姉さまとの会話を中断する。
明日になればまた、顔を合わすことになるのだ。

自室に戻り、ベッドに横たわって天井を眺めて手を伸ばす。

目に映るのは、掌に刻まれた●●に特有の、●●の跡。

「そうか、リリアンじゃ、この手は必要ないんだ…」

今日一日で出会ったクラスメイト達。
初めてできた友達である二条乃梨子さんと、異邦人ケイリ・グランセリウス。
最上級生の十条紫苑さんと、聖職者の卵である久保栞さん。

奏お姉さまに、厳島貴子…厳島財閥のお嬢さま…を初めとするお姉さまの友人達。

新たに加わった柏木優雨ちゃんを初めとする寮生達…

この手を活用するべき相手は、誰一人いない。
それが、嬉しいと思う自分がいて…そのことに関しては、あの父親に感謝する。

そして…
「憑き物が憑いている妃宮千早さん…」
あのお嬢さまにも、薫子同様、何かただならぬ物があるという事らしい。

本当に、興味は尽きない。

いや…そもそも七々原薫子は…
こんな風に他者に興味を示す事はここ数年…なかったはずだ。

「会いたいな…」
明日になれば顔を合わすはずなのに…そう思ってしまうのは…
あの人が隠している内面を、見てみたいと思っているからなのかもしれない。



あとがき
ようやく一日、終了です。
白薔薇さま達は、幽霊に気づき始めています。

「そうか、リリアンじゃ、この手は必要ないんだ…」
それって…思いっきり必要とするフラグですよ薫子お姉さま!

掌に刻まれた●●に特有の、●●の跡。
令呪…とかではなく…薫子の過去に関係する何かです。

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