激変する日常



なんで、こんな事になってしまったんだろう?

3月下旬、高校生最後の春休みが終わりに近づき桜が咲くのを楽しみにしていた頃、二人の客を迎えるまでは、こんな事になるなんて思いもしなかったのに。






迎えた客は二人ともよく知った人だった。
一人は先月亡くなった祖父のお抱えの弁護士さん。
もう一人は、従姉妹の御門まりや。

その二人にリリアン女学院の入学案内を渡され、説明を聞いた時、鏑木瑞穂かぶらぎみずほは耳を疑った。




「編入って…編入も何も、僕は男で、リリアンは女学園なんですよ?!」
わかっているつもりだった…事務的な会話でこんな感情丸出しの声で話すものじゃないって…
しかし、弁護士さんの口から出た言葉はそれ程までに常識とはかけ離れた正気の沙汰とも思えない事だった。


だけど、我が従姉妹はこちらの様子などお構いなしで楽しそうに胸を張りながら…
「そこで、あたしの出番ってわけ」
全く迷いのない様子に、女装させる事が大好きだった事を思い出してしまう。


「女装して通えって言うの!?それがお爺様の遺言?…冗談です…よね?」
御門まりやはともかく弁護士さんは真面目な方で、すぐわかるような冗談を言うような人じゃないことはわかっている…けれども、そう聞かずにいられなかった。


「さ…左様に存じております。わたくしと致しましても前代未聞の遺言でございますが、
 生前光久様が『これは曲げても実行せよ』と涙ながらにお託しになられた遺言なのでございます……」
顔見知りの弁護士さんの涙ながらの説得と…



「あ…ちなみに四月から入学できるように手続き全般してあるから、安心してね。
 瑞穂ちゃんの高校の退学届けも、もう出してあるから…。」
などという従妹の御門まりやの裏工作に逆らえず…。



四月の日曜日、鏑木瑞穂かぶらぎみずほは御門まりやに伴われてリリアン学園の寮の部屋に立っていた。


「帰りたい……って、これが僕の部屋ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

自分にあてがわれた部屋に入って第一声がこれだ。先が思いやられる。
でも、見渡す限り少女趣味でアンティークでドールハウスのようでシックでピンクでひらひらで可愛らしい部屋……と言うのが素直な意見なんだから仕方ない。



「瑞穂ちゃんは女の子なのよ、かわいい部屋は当然じゃないの…
 それから、今日から『僕』って言っちゃ駄目、いつ男だってばれるかわかんないんだからね!」

リリアンの寮に連れてきたまりやが忠告してくれるけど、事の重大さに追い詰められる。
こんな所に一年近くもいたら気が違ってしまうんじゃないだろうか。
それに…なぜ隣にいる我が従妹はカミソリを手にしてやる気まんまんなのだろう…まさか…?


「も…もう…女装を始めるの?」
「な〜に〜、ほんとは今の格好のままで寮に来るのも冒険だったのよ。
 ふふ…さあ諦めはついたかしら…子猫ちゃん?」
不思議な事に…もう開き直ってしまったのか…指を鳴らすまりやを見てももう何の感慨も沸かなくなっている自分の立場が悲しい。


「…わかった、任せるよ」
「素直でよろしい。まずは、むだ毛処理からね。
 さあ始めましょうか、変態メタモルフォーズを」
ヘンな言い方だ、だいたいそれは昆虫がサナギを経て羽化する時に使う言葉じゃないか。



「キリスト教では主イエスを信じることによって心の底から新しくされることを変革メタモフォーと言うのよ〜」

ああ…イエス様…お恨みします…。





「それにしても、瑞穂ちゃんってほんとに男の子なの?
 ほんとに剃る所がないわね、ま、楽でいいけど………
 こっそり隠れてホルモン剤とか飲んでないでしょうね?
 それともどこかに男性ホルモン置いてきた?
 ……ひげはほとんど生えてないわ喉仏は目立たないわ
 …おまけにこのまつげの長さは何?
 女だったら間違いなくモデルになるために生まれてきたとしか思えなーい!
 ってな感じね…なんだか髪の毛もさらさらだし、
 どんどんやりたいことが増えていっちゃう…
 ん〜〜決めた!シャンプーもしちゃおう!」


死んだ母との約束を、父が母の死後もずっと僕に守らせてきた為、僕の髪は腰に届くほど長い。

その髪をまりやが俄然やる気になって洗ってくれているのは複雑だ…かなり。





「これで完了、ほら鏡見て。瑞穂ちゃん」

一時間ほどの作業の後、差し出された鏡にうつった自分の姿を見て呆然としてしまった。

「うわ…」

これが本当に僕なのか?
鏡に映ったのは紛れも無く女の子…しかも相当の美少女だったから…。

「このまりやさまの腕にかかればざっとこんなもんよ。
 リリアン広し言えどもあたしの美容テクにかなう者はない…ってね」
そういえば、進路にデザイナーを選択肢に入れていると聞いた。


「ま…もともとの素材がいいって言うのもあるわ。
 何よこのつるつるほっぺ…化粧もせずこんな美少女になるなんて女としては腹立つわね。
 一体どんなスキンケアしてきたのよ」
スキンケアって…毎日石鹸で洗ってるだけなんだけど。

「さて、次は服よ」
よかった、差し出されたのは普通のリリアンの制服だった。
だが、安心するのはまだ早かった。

「はい、ブラと胸パッド…」
「うわぁ…それつけなきゃ駄目なの!?っていうかこの胸パッドって何…!?」
手触りがものすごく…その…人間に近いんですけど…。

「ふふ…蛇の道は蛇でね、乳がんで胸を切除しちゃった人とか、胸の小さな人のためにシリコン製のものがあるのよ。
 セットで六万円もするから落っことさないでね。」
「ろ…六万円!?そんなにするんだ…っていうかそこまでしなくても…」

「そのおかげで男だってばれないで生活できるなら安いもんでしょ。
 何六万円ごときで大声上げて…瑞穂ちゃんは明治にリリアンを設立した鏑木家の御曹司でしょうが」
確かに…鏑木家は小笠原と並ぶぐらいの事業を展開しているいわゆる大実業家だけど…。

「でも…うちは質素倹約だし」
「ふーん、瑞穂ちゃんってば金持ちの癖に貧乏性だと思ってたら、小父さまの影響だったのね」
び…貧乏性…。せめて庶民的と言って欲しい…。

目の前の従姉妹は質素倹約などは庶民の楽しみなのだ〜とか言いそうだ…。

それに、いくらお嬢様学校とはいえ、リリアンにも庶民的な人はいるはずだ。




「はっくしゅっ」

「あれ、祐巳。風邪でもひいた?それとも花粉?」

「ううん、そういう訳じゃないんだけど」





「それにしても…女の私より細いウエストってどうなのよそれ…。
 髪は長くてさらさら…顔も控えめで端正だし、立ち振る舞いは綺麗だし…
 誰も性別は疑わないわね、このあたしが保証するわ」

何だか変身がよくでき過ぎて、今の自分が現実のものでないような気がする。
そんな事を考えていると丁寧にドアをノックする音と元気な声が響いた。



「まりやお姉さま〜。いらっしゃいますか〜?」

(いい?瑞穂ちゃん、最初のテストよ)

(テスト?)
(さっき教えた通り、口調はあくまで女らしく丁寧に。まずは部屋に入ることを許可して…)

覚悟を決める。


「どうぞ。お入りになって」

更に言葉遣も普段のものとは違う女性のものへと改変をして、不安と違和感に声が震えないように気を使いながら返事をすると、2人の少女が入ってきて…息をのんだ。

ま、まずい―――もしかして男だってばれちゃったのかな?

「すごく綺麗な人…」
訂正…どうやら見とれているらしい。



「じゃあまずうちの寮の子達を紹介するわね。
 二年生の陸上部の後輩で私のプティ・スール…妹の上岡由佳里と
 二年生の後輩の周坊院奏ちゃんよ」

「よろしくお願いします」
「よろしくなのです」
さすがはお嬢さま学校というべきか…
2人とも、目の前の人の本性など思いもよらず…礼儀正しくあいさつしてくる。


「そしてこちらが、三年生に編入することになった…私の従姉妹の宮小路瑞穂さん」
「よろしくお願いしますね」
鏑木の姓を名乗る事はできないので、母の旧姓である宮小路を名乗る事にしているのである。

「それでは、お茶をお入れしますです」
奏ちゃんが人数分の紅茶を入れ始めた。
危なっかしいけど、一生懸命なその姿はほほえましい。

そんな姿を見ていると、ここがお嬢さま学校だって痛感する。

それと同時に…本当に、うまくやっていけるんだろうか。
という考えを消すのに理性の大半を使わなくてはならなかった。




あとがき
ついにやってしまいました。瑞穂潜入、リリアンバージョン。
まあ、ほとんどおとボク原作通りですが…書いていてどれだけご都合主義でできてるかが実感できます。

コレを書いていて気付いたんですがタイムテーブルを使用してると戻るリンクが貼りにくいため
下の表示があります。

2012/7/22
ほんの少し描写改訂。


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