図書室の姉妹



「私達は帰宅組ですから、良かったらご一緒しませんか?」


全ての授業と掃除が終わり、部活組の人たちが去ってゆく中で図書室のことを尋ねると
紫苑さんがそう言ってくれたので、言葉に甘えて図書室に案内してもらうことにした。









「ようこそおいでなさいました十条紫苑じゅうじょうしおんさま。
 そして新しく招かれたミステリー7番の宮小路瑞穂みやのこうじみずほさん」


図書室の入口でそんなあいさつして蟹名静と名乗った図書委員に状況を思い知らされた。
リリアンかわら版『リリアンの七不思議』のせいで瑞穂の名前は想像以上に広まっているらしい。
それも、去年の成績トップというおまけつきで…。



「あのリリアンかわら版のミステリー特集は私も興味がありまして。
 ミステリー1番の音楽室のピアノと、ミステリー2番の図書室に本を返しに来る美少女の話は私も知っているの…そこで宮小路さん」

驚いた事に、蟹名静さんはすり寄るぐらいに顔を近づけてくる。
まずい…本能的に嫌な予感が…。



「…だから不思議だわ、あなたとは初めて会った気がしない。
 …今更私の前に姿を現すなんて…いい度胸ね…宮小路さん」

にんまり、ともにたりとも取れない悪魔のような笑みを浮かべて迫ってくる蟹名静さんに思わず後ずさってしまった。




「お戯れはそこまでにして下さい、瑞穂さんはまだリリアンに慣れていませんので」
そこに紫苑さんが間に入ってくれて助かった、蟹名さんがさっきのまま迫っていたら素の状態を表していたかもしれない。



「ごめんなさいね。記憶の中で顔と名前が一致しないとつい話をしたくなるの。
 図書委員の職業病というべきかしら…遠慮せずに何でも尋ねて下さいね」

さっきのは蟹名静さんの冗談だったのだろうか。
でも、さっきものすごく邪悪な笑みを浮かべたような気がしたけど。


気のせいだと思いたい…










利用時間や本の貸し出しについて蟹名さんに紹介してもらってから参考書が置いてある棚へ案内してもらうと、二人の生徒が散らばった本を棚に戻していた。

一人は新入生らしき、市松人形を思わせる大人しそうな生徒。
もう一人は、豪奢な金髪が特徴の綺麗な生徒だった。

「貴子、もう一年生に手を出すなんて、意外と手が早いのね」
「お姉さまがそれを言うのですか?」
お姉さま…という事は、蟹名さんが話しかけた映画女優もかくやという金髪を持つ貴子と呼ばれた少女は蟹名さんの妹なのだろうか。

どこかで見たことがあるような気がするけれど…。


「私の手が早いと言うの?
 誤解しないで、私は確実に射止めるまで遠くから罠を張るタイプよ」
確かに、蟹名さんの初対面の冗談は罠を張るという感じでした。

そんな事を思いながら床に散らばった本を手にとって見ると…この棚の不便さがわかってしまう。


「…この本棚を使いやすく並べ替えられないものでしょうか」
「瑞穂さん。なにか不便でも?」

リリアンの人はあまり気にしないけれど、瑞穂にとって問題があるように見えるのはかつて通っていた学校の参考書の棚が常時使われていたからだろう。


「教科や傾向が揃えられていません。
 おまけに学習指導要領に含まれない物まで…
 これでは欲しい物を見つけるのに時間がかかりそうです」
「それは盲点でした…使う人があまりにも少ないので」
リリアンは瑞穂がいた高校と違うと言うのはわかるけど、これだけの本があって有効に使われないのはもったいないと思う。



「この参考書は過去に卒業していったお姉さま方が残したものが年代・持ち主の順に並べられているのです。
 必要以上に手を触れる事には反対です」
蟹名静さんの妹らしい、厳島貴子さんが説明してくれる。
在校生のものをそのままの形で残す事にはある程度の意味があるのだけれども…

「そう言う貴子さんは。参考書を取り扱い易くしたいと思わないんですか?」
これは、紫苑さん。

「え…そ…そうですね、
 場所を変えたいか変えたくないかといわれればすごく難しい問題になるのですが…」
気のせいか…紫苑さんに対する対応が普通じゃないみたいだ、この貴子という子。

「貴子はめぼしい参考書を十五冊、取り出しやすい所に配置しています。図書委員特権という感じです」

楽しそうに妹の不手際を披露する蟹名さん…、お姉さまとしてそれはどうかと思います。


「おおお姉さま………!
 ……は…配置自体に罪はありません。
 私が問題視しているのは山百合会の薔薇さま方も多く寄付して下さったものを役に立たないからといって軽視することであってですね…
 そもそも、この棚全てを整理し直すには相当の手間と人員と知識が必要とされます」

確かに、今まで卒業生達が残した物を簡単に捨てたりする訳にもいかない。


「だったら、人員をできる限り集めて明日にでもやっちゃいましょう…今夜にでも電話して図書委員全員はもちろん、可能な限りのボランティアを集めて…」
でも、蟹名さんは妹と違ってやる気みたいだった。

「お姉さま…そんな急に…」
「できない…なんて返事はないわよね。
 私達は図書委員でここに新しく入った人達の本を扱いやすいようにして欲しいという要望があるのよ。
 加えてあなたは私が選んだ最高の妹…私が必要と判断した事を、あなたはできないと首を振るの?」

蟹名さんは最初に瑞穂に対してしたように妹の貴子さんにすり寄ってる、こういうのがリリアンの姉妹の関係というものなのだろうか…。

「…できます。そこまでおっしゃるならお姉さまの期待に応えて見せますとも。
 しかし、人数をそろえる事ができても選定できる知識を持った人はなかなか見つからないかと…」

そんなお姉さまに影響されて方針を転換する貴子さん…姉妹についてはまだわからない事が多い。


「その事については大丈夫、ここに二人。適任者がいるわ。
 去年の紅薔薇さまロサ・キネンシスに並ぶ成績でいらっしゃった十条紫苑さまと、評判の宮小路瑞穂さんよ」

蟹名さんはそんな事を言って協力を求めてくる。
初日からこんな事を頼まれて苦労が耐えないけど…

「私の知識が役に立つのなら、喜んで手伝いますわ」
「では、私も…」

紫苑さんが引き受けたのと、図書委員の仕事が大変そうだったので乗りかかった船とばかりに引き受ける事にした。



「ありがとうございます。では早速、瑞穂さんに頼みたいのですが…」





あとがき

瑞穂さま、蟹名静・厳島貴子スールならびに乃梨子ちゃんに遭遇するの巻。

参考書整理イベントは後々の展開に生かせるのだろうか…




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