初日の朝 「ふあ…、相変わらず早いわね、しおり〜」 「ごきげんよう。御門さん、瑞穂さん」 「ごきげんよう…」 リリアンの寮の朝は早い。 起床時間が決められているわけではないけど、栞さんとまりやの二人が朝一番に登校しているため 寮生の多くが二人について行くかららしい。 「御門さま、瑞穂さま。そちらにお座り下さい」 昨日来たばかりの部屋でまりやに手伝ってもらいながら身だしなみを整え、食堂に行くと栞さんをはじめとする寮生達が食事の準備をしたり談笑したりしていた。 さすがは 「ああ、言ってなかったね、座る場所は決まっていないのよ」 「そうなん…そうなの」 危うく「そうなんだ」と言い出しそうに鳴るのをあわてて方向修正…危ない危ない。 「言葉遣いが悪くても、寮では誰にも怒られたりしませんよ…」 「まあ、瑞穂ちゃんが慣れるまでは寮内でも丁寧語で話しなさいね」 「そうしてもらえると、助かる……助かります」 つ…疲れる。話すだけで緊張してしまう。 「まりやお姉さま、なんだか楽しそうですね」 「楽しいわよ、こんなに楽しいのは久しぶり」 食事の準備が終わり、まりやの隣に妹の由佳里ちゃんが座って話しかけていた。 「それにしても、御門さんがこんな親しい友人を外部にお持ちだなんて知りませんでした」 「幼馴染で従妹だからね。私は幼稚舎からずっとリリアンだからそうでもないと外部に知り合いはいないわ」 こちらも昨日までまりやに妹がいるなんて思いもしなかったし、栞さんのようなまりやと仲が良い人がいたのにも驚いてる。 「瑞穂さまはどちらの学校からいらっしゃったのですか?」 「私?私は快晴……」 「かいせいって、進学校の中で有名なあの快晴学園ですかぁ!?」 まずい、刺激が強い情報だったか…。 「すごいでしょ?しかも学年でトップクラスの成績だったんだから。」 まりや…勝手に話を大きくしないで…。 「でも、じゃあなんで、そんなすごい所からこんな時期にリリアンに転入していらっしゃったのです?」 う…それは、その……。 「お爺様の遺言」 あわてている間にまりやはすんなりと本当の事を口にしてしまう。 本当のことを話してしまってもいいのだろうか? 「ご覧の通り、瑞穂ちゃんは美人なんだけどね……さっきから言葉遣いがなってないでしょ」 心配をよそに、まりやは話を続けてるけど…言葉遣いって言われても、僕はもともと男な訳で…。 「でね、将来を心配したお爺さんが、リリアンで花嫁修業してくるように、ってね」 は…花嫁修業!? 「そうだったんですか、でも。私なんかより全然女らしいと思うんですけど。」 「そりゃ、外面だけはね」 そとづらって……なんか、酷い言われようだ。 「そうだったんですか、でもせっかく勉学でエリートの道を歩いていらっしゃいましたのに」 まりやを除く全員が悲痛な表情を向けてくる、けれど僕もそう思わなかったわけじゃないけれど…。 「そうね、…でも、お爺様の事は大好きでしたから、その願いはかなえてあげたい、と思いましたのよ」 お爺様は厳しかったけど、何一つ恩返しをできなかったのが悔やまれたから。 「瑞穂さま…優しいです…。」 感動と尊敬をこめられた視線でみつめられても困る。 …栞さんといいこの子達といい、リリアンの純真な天使達をだますのは罪悪感が大きすぎるよ。 「さて、そろそろいただきましょう。初日で遅刻するなどという事は笑い話の中だけにしなければなりませんから」 白薔薇さまが穏やかに全員に声をかけて手を合わせ、全員がそれにならい… 「主よ、今より我らがこの糧を得る事を感謝させたまえ、アーメン」 白薔薇さまの声を全員が復唱し、食事が始まった。 「登校初日につぼみたちに会えるなんて運がいいわね」 「よくないよ…よくありませんわ、思いっきり恥かいたじゃないですの…」 門の前で白薔薇さまを待っていた二人のつぼみや寮から一緒についてきた生徒達と別れてからまりやの案内で学園長室に向かった。 転校のあいさつのためである。 「いいの、瑞穂ちゃんの存在をつぼみにさりげなくアピールできたのだから…ふふ」 そんな会話をしながら 学園長室に入るとシスター姿の女性が迎えてきた。 シスター・上村。上村佐織…学園長先生である。 「初めまして、宮小路瑞穂さん」 「…初めまして…」 「あなたが…そう、顔立ちが幸穂さんにそっくりで……」 幸穂…瑞穂の母の名前のことだ。 「学園長、母の事をご存じなのですか?」 「ええ、覚えています……私の教え子でしたからね」 「母は、リリアンの卒業生だったのですか?」 「そう、知らなかったの…いえ、知ることができなかったのですね。」 母は、瑞穂が物心付く頃にはこの世の人ではなかったから。 「ふふ…それにしても、あなたも大変な事になりましたね?瑞穂さん……」 と…女装を眺めて楽しそうに笑われる。 もう開き直っているんだけど、さすがに言いたい事がある…。 「学園長も人が悪いです……学園で転入を拒絶してくだされば、こんな事にはならなかったと思うのですが」 「もっともな意見ですが・・・なにしろ、創立者の血縁の方のお頼みですし……それに」 遠い日を懐かしむように、学園長は目を細めて… 「見たかったのですよ、幸穂さんの命がちゃんと受け継がれているという事を、この眼で」 そう言われると…不満など言えるはずもない。 「年寄りは過去の思い出にすがって生きるものなのですよ、……さて、梶浦先生」 学園長の声で入り口から、一人の女性の先生が現れ…瑞穂を見て固まってしまった。 やっぱり女装が変なのだろうか? 「宮小路瑞穂です」 一応、あいさつをしておく…。 「まぁ…………あ、ごめんなさい。あまりに可愛くて、女の子にしか見えないものだから」 とてもおおらかな笑い方で、あいさつをするその先生は梶浦緋紗子と名乗った。 「あなたが男性だという事は私と理事長先生、そしてあなたの担任の梶浦先生しか知りません。」 先生も知らないのか、大変だ。 「私の事は緋紗子先生と呼んでくださいね」 「それではお行きなさい。朝の礼拝の時間です」 「ねぇ、瑞穂くん、あなた本当に男の子なの?」 教室へ続く廊下にて、緋紗子先生にそんな事を言って観察されると余計に傷付く…。 「あ、あらごめんなさい、確かにこれぐらいじゃないと男の子だってばれちゃうかもしれないわね」 もう昨日から何度もこんな場面にあって、すでに諦めムードなんですけどね。 「それに、瑞穂くんならばれないどころか、みんなにうらやましがられるわね、きっと」 「そうでしょうか」 確かに、下級生には受けが良かったけど…同学年の人からは疎外されないだろうか。 「でも、気をつけないとだめよ、女の子と男の子って、些細なところが違うから…何か気になることがあったら、私か御門さんに相談するのよ」 「はい……ご迷惑をおかけします」 「あら、いいのよ。可愛い子の悩み事は大歓迎。」 「可愛い」と言われるのはかなり複雑なんです。 そして、そんな会話をしてる間に…ついに三年菊組の教室についてしまった…。 「…と、いうわけで、今日から皆さんと一緒に勉強する事になりました。 宮小路さんです。さあ、ご挨拶を…」 『胸張って堂々とね!じゃないとばれちゃうぞ〜』とのまりやの一言がよぎる。 とりあえず、なんとかバレないようにしなくちゃ…うっかりバレたら僕の人生おしまいだよ……。 背筋をただして、みんなに見えないように控えめに深呼吸を一回。 「宮小路瑞穂です……よろしくお願いいいたしますわ」 お決まりの挨拶だって言うのはわかっているけど、心臓がばくばく鳴ってるし。 教室はざわついている。 決心したつもりだったけど…クラス全員が女の子という当たり前の事にさえも震えてしまう…やっぱりこんな女装なんてすぐバレるんじゃ…。 「まあ、なんて美しい方でしょう……」 えっ……? 「ほんと、同性の私たちですら見惚れてしまうくらい…」 「薔薇さま達に勝るとも劣りませんわね」 「そういえば、去年の期末テストで、ロサ・キネンシスが二位になってたミステリーの中で。一位だった方の名前は…宮小路瑞穂とありませんでしたか?」 「ええ、ミステリー7番の事ですわね、『謎の人物、宮小路瑞穂』でしたわ」 「それなのに…やさしげな雰囲気で少しもおごった感じがありませんわね 「素敵ですわね……」 どうしてそこまでほめられるのか全くわからないけど、指定された席に移動する。 その時、隣の…見た目は少年のような外見の生徒がおかしそうに笑いをこらえているのが見えてぞっとした。 「貴女はもしかして、御門さんの従姉妹?」 「え…あ…はい」 席についた後、小声でそんな質問をされてつい反射的に応えてしまった。 危ない…リリアンの言葉遣いに修正しないと。 「そう…さっき瑞穂さんにも聞こえていたかもしれないけれど、御門さんのおかげで貴女の名前を知っている人は多いわ。 慣れない初日から苦労する事になるかもしれない。 まったく、御門さんは相変わらずなんだから」 あきれた表情でそんな事を言って一枚の紙を差し出してきた。 「令ちゃんへ、素行の悪い瑞穂ちゃんへのフォローをよろしく、まりやより」 紙には、丁寧な字でそう書かれていた。 令ちゃんって…なれなれしい。 さらに素行が悪いってひどい言われようだ。 「何を考えてるのでしょうか?まりやさんは…」 「何も考えてないと思う…多分」 そんな事を言う隣の人は、髪が短くて凛々しいため女装する前の瑞穂よりボーイッシュな印象を与えてくるのでものすごく複雑な気分にさせてくる。 なにしろ、女装前の瑞穂よりも凛々しいのである。 しかし凛々しいその外見もなぜか何かに頭を抱えてる状態で、かすんで見えてしまっている。 「もしかして…同じような苦労をしてますの?」 「鋭いわね。私にも似たような従姉妹がいるの。 私は支倉令。間違っても令ちゃんって呼ばないようにお願いするわ」 「改めてよろしく。支倉さん…いえ、リリアンでは令さんですか?」 「言葉遣いもうまく対応できているのなら 御門さんから瑞穂さんのフォローをと頼まれていたけどその必要はなさそうね。 この調子だと…エルダースールになることもありえるかも」 「エルダースール?」 「あ、これは機密事項だった。いずれわかるよ。もう授業が始まるから準備しないと」 そんな言葉とともに令さんは、瑞穂の机に備品を並べてくれる。 でも、エルダースールと言う単語が頭から離れてくれなかった。 スールというのはまりやに聞かされて知っている。 リリアンにおける個人的な上級生と下級生のつながりの事。 しかし…エルダースールって…何? あとがき ここの辺りも「処女はお姉さまに恋してる」の原作に従う方向で… エルダースール…英語とフランス語が混在していますがそれはそれで勘弁してください… そして支倉令さま、瑞穂サイドに初登場です。 令さまと隣の席なんて、うらやましい事。 |