夕焼けの中での出会い



夕方まで化粧の仕方・言葉遣いの練習・リリアンの特殊な伝統などをまりやから学ぶと…、落ち着きを求めて外に出てみたくなった。

夕焼けを正面に見ながら寮から学校へと続く石畳の敷かれた並木道を歩いていると、心休まる葉擦れの音が響いてくる。
葉擦れの不思議な音を聞いていると瑞穂が抱えていた明日への不安も晴れてくれた。

「お爺様はどうしてこんな事を…」
考えても仕方のない思いにふけられるのも、この場所と風のおかげだろう。




すると突然…空気の中に香水のような香りが紛れてたような気がした。


風の吹いてくる方向に目を向けると…妖精か何かと思う程、綺麗な女性が――


「こんにちは…いえ、こんばんわ…かしら、もう夕方ですものね」

――リリアンの生徒がいた。



「…ごきげんよう」
気が動転していてもリリアン特有の挨拶を言えたのはさっきまでの訓練の成果だけど、情けない程声が震えてしまっている。


それ程、夕日に照り映えているその人は美しかった。
鋭い美しさ…背が高く腰まで届く艶のある美しい黒髪。
その姿は先程まりやから聞かされていた生徒会長の一人を連想させ…

「…ロサ・キネンシス……?」

…と思わず口にしてしまっていた。


「ふふ…夕焼けを後ろにすると、本当に小笠原祥子さんと間違われるみたいですね。お散歩ですか…?」
「は…はい…あなたは?」
「私は、待ち合わせです」
答えると彼女は眼を閉じて、並木の葉擦れに耳を傾けた。


「いい、音」


そんな彼女の無防備な姿と優しい声色に不思議な落ち着きを与えられ、瑞穂も素直に眼を閉じ音に耳を傾ける事にしてみた。


「そうですね……落ち着ける、いい音です」
目の前の女性もこの場所も、心からそう思える程綺麗だった。

「風はいいですね、自由で」
「え?」


「今も葉を揺らし、枝を揺らしているように。どこにもあって、どこにでも行ける…でしょう?」
「…ええ」

その人の不思議な雰囲気に、ついリリアンの言葉遣いを忘れてしまったことに気付いたけど。
構わないとも思ってしまった。











「あっ!」


突然、別の人の声が聞こえたので二人がふりかえると。
リリアンの生徒がもう一人いた。


まずい。

こちらを見て、驚きに目を見開いている。
あの表情、まさか女装がばれたんじゃ…。


「すみません……つい、驚いてしました…お二人があまりにも絵になっていたので」


心臓が凍りそうになる反応はよしてください…見知らない方。



「絵になっていた…ですか、栞さんにそういってもらえるのは光栄ですわね」


その栞さんと呼ばれた生徒も明らかに普通の生徒とは違った雰囲気を持っている。
年齢が変わらないはずなのに、一目及ばないと理解させられた。


一言で表すなら、聖女。
穏やかな表情の中に心が洗われるような神々しい白い何かを感じさせる。
内面を見透かされそうな目で見られたからついばれたかと恐怖してしまったけど、気付かれてはいないようで助かった。
何より、驚いている表情でも清らかさが損なわれていないのが不思議。



「失礼ですが…あなたは宮小路瑞穂さんですか?」
「え…あ…はい」
駄目だ…この人、今まで会った事のないタイプだからうまく反応ができない。
このままじゃすぐにばれるんじゃ…。



「ようこそリリアン学園へ。
 私は久保栞、白薔薇さま…生徒会長の一人を勤めています。
 御門さんから話を聞き、あなたが訪れるのを心待ちにしていました」
そんな親切な歓迎の言葉に、やっと不安がおさまってくれた。


「栞さん、どういう事ですの?」

「瑞穂さんは御門さんの従姉妹の方です。明日から私達三年生に編入します」



栞さんの答えに満足したのか、鞄からプリントの束を取り出して栞さんに渡している。
背の高い女性の待ち合わせの相手は栞さんだったようだ。


「まとめておいた資料です。みなさんで検討してくださいね」
「ありがとうございます、確かに受け取りました」

生徒会長…リリアンでは薔薇さまか…となれば、事務的な仕事も多いみたい。



「ごきげんよう瑞穂さん。また、会えるような気がします。」
そう言い残し、一人目に出会った女性は去っていった。


「これから一年、楽しくなりそうです。あの十条紫苑さまがあんなに晴れやかなのは久しぶりに見ますから。
 さあ、一緒に寮へ戻りましょう」



そんな事を言っていきなり手をつながれてしまった。
「あっ、は…はい」
びっくりして声をあげてしまう。
こんな事でいいのだろうか?



ふり返ると、栞さんが十条紫苑さまと呼んだ女性ははこちらをじっと見つめているのが目に入った。










「白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)よ。久保栞さまがお戻りになられたわ」
「お帰りなさいませ、白薔薇さま」


寮の玄関に着くと、数人の生徒がまるでスターを迎えてるかのようにそんな声をかけてきたのにまた驚いてしまう。


「白薔薇さま、早いですね。瑞穂さんも一緒でしたか」

まりやもやって来て今までとは違う丁寧な態度であいさつしている。
さっきまでの砕けた態度が嘘のような態度だ。
『猫かぶり歴が長い』と言っていたのは本当だったんだね。



「学園長先生が新しい寮生をよろしくとおっしゃりまして。
 それと、私の前だからといって正式な呼び方をすることはありませんよ。
 ほら、『瑞穂ちゃん』が困惑しているじゃありませんか」
まりやが瑞穂をどう呼んでいるかを知っている程、親密な仲なのも意外。



「第一印象は大切です。それに同学年だから『瑞穂ちゃん』は不適切ですよ」
「それもそうですね…」
瑞穂・栞さん・まりやの三人で並んで歩いてゆく。
どうやら、部屋の場所が近いらしい。



「白薔薇さまは日曜日はお勤めに行っているのよ、シスター志望だからね」
「まだ至らないところが多いのですが…」
その言葉が謙遜だという事がわかってしまう。
この人比べれば誰だって、発展途上になってしまうだろう。


部屋の前に着くと、三人の部屋が久保栞・宮小路瑞穂・御門まりやの順で並んでいる事に気が付いた。

「瑞穂さんの部屋は私とまりやさんの間ですか。
 まりやさんの従妹となら、文字通り『仲間』になりたいものです。よろしく、瑞穂さん」

別れ際にそんな言葉をかけてロザリオの巻かれた手を差し出し、握手までしてくれた栞さんは本当にいい人だった。










自分の部屋という安息の場所に入り、緊張がやっとほどける。

部屋の第一印象にはショックを受けたけれど、全体がピンクと白で統一された家具・机・床などはシックで彩りが華美なわけでもなく清楚な深窓の令嬢の部屋みたいで悪くない。

そんな事を考えながら最も意外だった事を我が従妹に聞いてみた。



「まりや、あの人とずいぶん親しそうだったけど…」
「栞との付き合いは今年で三年目だし……あの子にはかなり特別な事情があるからね」
生徒会長の一人でありながらお勤めをするシスター志望の寮生、特別な事情があって当然と言えなくもない。

「何て言うかな…一年生の時は弱々しい雛鳥だったのに。
 今は立派過ぎる巣立ち前の若鳥だったりするから見守ってきた身としては複雑なのよ」
互いを支え合うのが当たり前、そんな不思議な雰囲気が二人にはある。


「まりやはいい友達を持ったね」
「あの子が瑞穂ちゃんに親切なのは、あたしが栞に色々と吹き込んでおいたのもあるわよ〜。
 きっと、寮の雰囲気に戸惑っていると思ってるから好都合な事ね…ふふふ」



それって壁一枚隔てた所にいる人をだましている事になるんじゃないだろうか…。


親友のはずなのに栞さんをだますことをなんとも思っていない目の前の我が従妹だけど。



初対面から気遣ってくれて、仲間だと言ってくれて、握手までしてくれた白薔薇さまをだまし続けなければならないのは正直つらい。



僕に明日はあるのだろうか…






あとがき

紫苑さまと同時に栞さま登場。

栞さまが目にした光景はこれの夕焼けバージョンです
思わず声をあげてしまっても仕方がないと思いますが…どうでしょうか?

異様に仲がいいまりや嬢と栞さまですが、二年も同じ所で生活して一緒に登校していれば
自然と打ち解けるもの…と今は考えてくださいな…




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