仏様とマリア様の鑑賞 「栞をお姉さまと呼べるなんて、うらやましいな〜こいつ〜」 乃梨子の前で歩いている御門さんが、案内している志摩子さんになれなれしく話しかけている。 年下とはいえ、マリア様と見まがう白薔薇のつぼみに向かって、リリアンの三年生が言うことだろうか? 一方、白薔薇さまこと栞さんは住職夫妻…志摩子さんの両親と話すことがあるからと寺の奥へ入っていった。 志摩子さんは乃梨子の要望の幽快の弥勒を見せてあげるようにとの住職の指示に従って、乃梨子を案内する…はずだったんだけど…。 「佐藤聖さまからもそんな事を言われました。それと、聖さまはあなたをうらやましいとも言ってました」 「あの人そんな事言ってたの?今は楽しいけど以前の栞を見守るのって大変だったのよ」 お寺と住宅をつなぐ渡り廊下を通り過ぎる間、ついてきた御門さんが志摩子さんに話しかけて、まったく話に入っていけずに置いていかれている。 「その大変な事を好んでするなんて、やっぱり御門さまはお姉さまのことが好きなんですね」 「まーね」 不思議なことに二人はある程度分かり合っているらしく、会話も弾んでいる。 いわば栞さんのオマケでしかない御門さんが、ちゃんとした目的を持って訪れた乃梨子よりも楽しんでいるのは面白くない。 でも、奥座敷に近づくと、御門さんが会話を急に手で制したのには驚いた。 この人…あれだけ騒がしいのに締めるところは締めるんだ。 奥座敷の中で沈黙が場を支配して始めて御門さんがいてよかったと思った。 だって、志摩子さんと二人っきりならものすごく気まずい雰囲気になっただろうから。 言葉が将来の関係を変えてしまうお見合いイベントとかみたいに。 そばに御門さんという仲人みたいな人がいても、幽快の弥勒が入っていると思われる箱を開ける志摩子さんの姿・行動・雰囲気全てが乃梨子の目に焼きついてしまうし。 でも、箱が開けられると…その場にいる二人の事なんかすっかり忘れて、弥勒像に心を奪われてしまった。 「きれい…。心が、洗われるみたい……」 夢にまで見た幽快の弥勒には、間違いなく仏が住んでいる。 乃梨子には頭ではなく心で理解できた気がした。 「そう。それはきっとあなたの心が純粋な証拠よ」 志摩子さんは静かな笑みをたたえて言った。 なのにもう一人の側にいる御門さんは… 「参ったな…私にはちょっと合わないみたい」 …なんて…いい雰囲気を壊してくる。 「なんだか自分の嫌な所を思い知らされるのね。 超甘ったれて育てられた事とか、わがままの塊みたいな所とか今まで気にしてこなかったあたしの悪いところが見られているみたいで… とても正視していられない」 自分がわがままの塊みたいとか表現する前に、思ったことを口に出すのをやめてください。 「あたしはパス、これ以上目にすると決心が鈍りそうだから」 なんて事を言って座敷を去っていく御門さん。 それはつまり、これから悪いことをするって事なのでしょうか? 「お姉さまが御門さまに救われたと話す理由がわかったような気がします。表裏のない方です」 楽しそうに笑う志摩子さんを見てぎょっとした。 楽しそうだけど、何かを懐かしみながら置いていかれた子供のような寂しそうな表情も浮かべてるから。 「それにひきかえ、私は…お姉さまはこうして貴重な時間を割いて来て下さるのに…」 「気にする事ではないんじゃありません? さっきだって栞さんが在るのは志摩子さんのおかげだって栞さんが言ってたじゃないですか」 「佐藤聖さまは、もういらっしゃらない、私はもう栞さまの役には立てないの」 まずい…事情がうまくのみこめないけどとにかくまずい。 初めて見る志摩子さんのつらい表情に、話しかけることがない。 「ごめんなさい、あなたに言ってもしょうがないことでした」 気まずい沈黙が重たい…。 うう…失って初めてわかる大切さ。 御門さん、ほんっっとーにいい雰囲気作ってくれてたんだなぁ、この沈黙に比べると…。 「あなたは今日偶然お姉さま達に会ったみたいだけど、今日のお姉さまの様子を聞かせてくれません?」 「は…はいっ!喜んで!」 …ぜんぜん落ち着けそうにない。 「どう?進展はあった?」 「ええ…、真面目な話なのに初めから笑われっぱなしでしたよ」 お寺を出た後、帰りのバスを待っている時、御門さんが尋ねると、栞さんが視線で抗議してる。 そりゃそうだ、家庭訪問にそんな服を着て驚かない親はいない。 「なんだかよくわかりませんが、期待していたより穏便に話ができました。 結果よければ全て良し、冗談もここまで徹底すれば許します」 「ありがとう。そんな栞が大好きよ〜」 御門さんは相変わらず反省の色全く、なし。 気まずい雰囲気に志摩子さんとはうまく話せなかった乃梨子と違って、栞さんと住職夫妻は順調に話しをしたみたいだった。 明るい御門さんとはちがって、見送りに着いてきた栞さんの妹、志摩子さんは気まずそう。 気付けよ栞さん。今日一度も話しかけられてないあなたの妹はかなり寂しがってるよ…。 「お姉さま、どのようなお話を?」 「一年がたった私達についてですよ。あなたの事を頼まれました」 そんな風に、事務的なやり取りしかしていない。 御門さんとの会話のほうがよほど明るいのはなぜだろう? 「…お姉さま」 なんだか志摩子さんは不安におびえるように栞さんに話しかける。 本当に姉妹なのだろうか?この二人。 「私は、重荷ですか?」 やっぱり、 志摩子さんは遠慮している気がする。 「一年前に言った通り。あなたは大切な機械です」 ガツンと頭を殴られたような衝撃に襲われた。 な…なんて事を…志摩子さんだって、うなだれてじゃない。 本気でリリアンの姉妹のあり方について考えたくなる。 「あなたに負担をかけたくない。だからしばらく山百合会を休みなさい、そして考えなさい」 理解できないけど、何か重い事を言って、栞さまはバスに乗り込んだ。 「よくあんなバカみたいな事言えたわね」 バスの中で御門さんが乃梨子の言いたかったこと言ってくれる。 「賽は投げられました。これから大変ですが何とか乗り越えるしかありません」 どうも、栞さんには考えがあるらしく、乃梨子の不安もなりをひそめてくれた。 「じゃあ…暗い話題はこれまでにしてあげる。 話は変わって従姉妹の事なんだけど来るのは次の日曜日よ。 もしリリアンの雰囲気に慣れられなかったらフォローをお願いしたいわ」 「ええ、何度かあなたから聞きました、『瑞穂ちゃん』でしたか?」 「そういえば栞にも話したことあったわね…」 二人は努めて話題を変えるけど。乃梨子には忘れられない。 奥座敷で二人の時に見せた、志摩子さんの姿。 自分を役に立てない重荷のように感じている、置いていかれた子供のような寂しい表情。 そのことが頭にいっぱいで、二人に一言も話さず別れてしまい。 白薔薇さまに仏像鑑賞という特殊な趣味を知られたことを心配し出したのは家に帰ってからだった…。 あとがき シリアスなのはいけないと思います… とでも言わんばかりの難産でした。 御門まりやが栞さまの親友をやっていますが過去を明かさないこの時点で果たして受け入れられるかが問題かと…。 そしてこの時点では栞さんファンに爆弾を送られそうな予感が… (この作品自体投擲爆弾食らわされそうな題材なんですけどね…) 2012/07/21 再編集、といっても大した変更はなし。 |