休日 旅は道連れ、世は情け?


「向かいに二人、座ってもいいかしら?」
目的地のお寺に付く前に腹ごしらえをしようと、乃梨子が駅前のファーストフードで昼食を待っているとテーブルの向こうから女の人が声をかけてきた。


知らない人と相席で食事をするのは落ち着かないけれど、混雑しているお昼時。
四人掛けのテーブルに一人で座っている乃梨子としては快く了承するのがマナーというものだろう。

それに、楽しみにしていた仏像・幽快の弥勒を見れると思うと落ち着きがなくなって舞い上がってしまい、小寓寺の最寄の駅に着くだけでアイドルのコンサート会場に着いたような気分になってしまっている。
こういう時、一緒に食事をする見知らぬ他人は気分を落ち着かせてくれるだろう。



「ありがと。連れが一人、後で来るわね」
了承の意を伝えてから、律儀に礼を言う目の前の少女を観察してみる。

ファッションにお小遣いを使わない乃梨子にもセンスがいいとわかる白いジーンズに黒いカッターシャツ。
そんな服装もショートカットの髪も楽しそうな表情も活発そうな印象を与えてくる。

さっきからの態度はなれなれしいと言えなくもけれど、悪い印象はない。



正面に座ったその女の人は「こっちよ〜」と手招きをした。
どうやら、乃梨子の後ろに連れの人がいるらしい。



「小寓寺までバスで十五分ですよ。この時間なら門限を気にする事はありません」

いきなり…後ろの人が思いも寄らぬことを言った。
小寓寺までバスで十五分…つまり後ろの人は行き先が同じって事だろうか?


乃梨子が驚いて振り向くと、トレーの上に二人分のメニューをのせた女の人が席に寄ってきている。
着ているのは黒を基調としたちょっと豪華な服。
さすがにフリルやら鈴やらは付いていないが…リリアンの制服のゴシック調を数段階引き上げた…日本人離れした気合の入った出で立ちである。
そんな姿で小寓寺を訪れるなんて、普段着を着ている乃梨子からすればお寺をなめているとしか思えない。


でも、そんな服装も着ている人に比べれば些細な事だ。
今まで見たこともないような清らかさと意志の強さを感じさせる女の人なんだから困る。

まるで、桜吹雪の舞い散る中で出会った、白薔薇のつぼみロサ・ギガンティア・アン・ブゥトンとか言われていたあのマリア様と同じ…いやそれ以上に神々しい白い何かを感じて圧倒されてしまいそう。

おまけにその人の持つ特有の雰囲気と、気合の入った黒い服がものすごく似合ってる。

服を選んだ人は、着ている人の長所をより良く見せるやり方を知りつくしているに違いない。

でなければあんな…着る人を間違えれば周囲の人の失笑を買う事間違いなしの服を着せられるはずがない。
首と右手にかかったきれいなロザリオも服飾と見事に調和している、認めたくはないけど…。


そんな乃梨子の困惑をよそに、奇妙な二人組は向かえに座って手を合わせ…

「「主よ、今より我らがこの糧を得る事を感謝させたまえ、アーメン」」

なんか、キリスト教のお祈りを捧げてた。
どうして…、どうやったら、これからお寺に行く人達がキリスト教のお祈りを捧げるなんて事になるのだろうか?


いや、待て…、ショートカットの方の食べてるホットドッグ、ソーセージの三倍の体積の唐辛子ソースがかかってる。
あんなものがもしかして美味いのか。
あれを食すのは舌をようじで千本刺しにして、塩をぶっかけるのと同意のはずなのに。


「ふふ…寮じゃこんな物食べられないもんね〜。ジャンクフード万歳〜」
「私はパンと新鮮な野菜のほうが落ち着くんですが、たまにはいいでしょう」


相席してきた二人の女の人が実は同じお寺に向かっていて、その人たちがやけに気合の入った服を着ていて、お寺の参拝客なのにクリスチャンで…もう訳がわからない…。

用心しながら…いや、もう何に用心しているのか自分でもわからないけど、ともかく用心しながら観察を続けてみる。

食べてる人いわく、ジャンクフードも残るはあと二口、あの人本当にアレを完食する気?

そう思った時、迎えのショートカットの人は不意に食べるのを止めて、こちらを見てきた。



視線が合った次の瞬間…



「――――欲しいの?」

「――――いるか!?」

…つい、全力で返答しちゃった…。



クールダウンクールダウン…。
そもそも、仏像を見れる興奮を抑えるために二人の相席を了承したんだ。
更に混乱させられてどうする…。


できれば関わりたくないけれど…行き先が同じならまた遭遇することだし。
土地勘のない場所をうろつくリスクを回避できるなら越した事は無い。


だから、全力の返答に首をかしげる二人に向かって…

「小寓寺までご一緒していいですか?」

…乃梨子は「旅の恥はかき捨て」の言葉を実践する事にした。





「景色は楽しめましたか?」
「はい、おかげさまで」


小寓寺の山門が遠くに見える停留所でバスを降りた時、乃梨子は偶然出会った二人に感謝した。
もし一人だったら目的地を通り過ぎる事が心配でバスの中から風景を楽しむどころではなかっただろう。
店で会った時にはどうなるかと思ったけれど、御門まりやさんと久保栞さんの二人は不案内な乃梨子配慮してくれていた。


ショートカットの少女は御門まりやさん。
名前の割には砕けた印象を与えることから察するに名付けた人はきっと、過保護に育てすぎたんじゃないだろうか。


黒い服の少女は、久保栞さんと名乗った。
ただでさえ目立つ格好なのに、自然体で全く隙がないから印象が強烈すぎて困る。

きっと敬虔なクリスチャンなんだろうけど、もしかしたら自分の服飾がどんな物なのかわかっていないのかもしれない。
今まで言いたくて言えなかった素直な疑問を口にしてみよう。



「どうして、そんな異様な服を着ているんです?」

「この服がそんなに異様ですか?
 御門さん…気楽に話せる服をと頼んだはずですよ。
 まさか私に不適切な服を着せてお戯れになったのではないでしょうね?」

…御門さんの仕業だったんですか…
でも自分の服がどんな印象を与えるか全くわかってなかった栞さんも栞さんだ。
ものすご〜〜く似合ってますけど……。


「いや〜、なんとなく着せてみたかったのよ〜。
 ま、細かい事は気にせずに、いざ小寓寺へレッツゴー〜」
反省の色全くなく、御門さんはただならぬ速さで駆け出したのを見て驚いた。
速い…異常なまでに走る姿勢が整ってるあの人。
まるで走るために改造された、人間の動きじゃないみたいだ。


「さすがは陸上部一のスプリンター、きれいなランニングフォームです」
呆れるのを通り越して感心してしまってる栞さん、明らかに貴女の感心するところは間違いです。
一体どうして、この二人が小寓寺を訪れるのだけは、もう考える気にならない。





栞さんは小寓寺をよく知っているみたいだった。
先頭に立って山門をくぐり、掃き掃除をしている寺男に声をかけ、通いなれた場所のように乃梨子と御門さんを本堂へ導いた。


「ご住職がいらっしゃるまで、ここで待ちましょう」

普通なら本尊の安置されている本堂で待とうなんて思わない…はずだけど…栞さんは本尊の正面にたどり着くなりで物思いに沈みはじめた。
まるで、勝手を知っているかのようだった。
クリスチャンなのに…本当にわからない人だ。


「阿弥陀如来像ですか…すばらしいですね」
栞さんを理解する事はあきらめて、思ったことを口にしてみる。
蓮台を含めれば2mを超える、時代を感じさせる本尊は乃梨子にとって大きな感銘を与えてくる。


「本当、来た甲斐があったわ」
クリスチャンの御門さんにも、仏像のよさがわかるらしい。


「御門さんがここに来た目的は、願をかける事でしたね。
 もう何を願うのか教えてくれませんか?
 その願いが私にも関わると聞いて以来、気になってますので」
二人が願をかけるのなら教会のイエス様がふさわしいと思うけど。

「次の日曜日…私たちの住んでいる寮に従姉妹がやってくるのは話したわよね、それも特例の三年生の編入生として」
この二人はやっぱり、同じ学校に通っている友達なんだ。

「はい、私いとっても興味深い事です。仲間が一人増える事になるのですから」
「でも、ちょっと特異な子で、うまくリリアンになじめるかどうかわからないの。
 だからその子のために仏さまにもすがりたい気分なのよ」

!?

今、何て言いましたか?


『リリアンになじめるかどうかわからない』

そんな乃梨子の混乱はその場に本堂に響いた声にかき消される。


「身近な人のために祈る、それは古今東西を問わずに人の中にある良き習慣です。
 本尊を気に入ってもらえたようで私も嬉しい」
背後からの声に振り返って目にしたのは先程入ってきた入り口にたつ袈裟姿のお坊さんと、後ろに控える和服姿の女性。
このお寺の住職さんだろう。




「姉上殿、お待ちしておりました。今日はずいぶんと気合の入ったお召し物で」

あ…姉上どのぉ?
駄目だ…もう頭が痛くなってきた…。


「不本意ですが…不適切な服で訪れた事を深くお詫びいたします」
「そう固くなる事はありませんよ。ところで、そちらのご婦人方は…?」
「こちらは私の悪友、御門まりやです」
『悪友』の部分を強調する栞さまは服の事を根に持ってる。
まあ…あんな服を勧められて怒らない人というのは、なかなかいない。
むしろ皮肉の一つだけで済ませているだけ、できた人だ。

「ひどい。それが服を貸してあげた友に言う言葉?」
「そちらのお嬢さまのお勧めでしたか、あっはっは…冗談がわかっていらっしゃるな」
笑って済ませる住職さんも砕けた性格をしているみたい。


「そちらはもしや、二条乃梨子さんでは」
「あ、はい」
突然話しかけられて背筋を伸ばして返事をする。
「あなたが…志村さんからご婦人とは聞いていたが、これ程若い方とは思わなかった」

そんな事を言う住職のそばを、お坊さんの後ろにひかえていた二人の女性が…栞さんの方に進み出るのを見て、
乃梨子は固まってしまった。


(何で、ここにこの人がいるの!?)
そう思わずにはいられない。


リリアンの桜吹雪の中で出会った妖精さん。
生徒会の…いや、リリアンでは山百合会…の白薔薇のつぼみロサ・ギガンティア・アン・ブゥトン



「栞さん。志摩子がお世話になっております」
「こちらこそ、今の私があるのは志摩子のおかげです」


白薔薇のつぼみロサ・ギガンティア・アン・ブゥトン、志摩子さんは栞さんと向き合って…。
「よく参られました、お姉さま」


(ええ―――っ!!)
ここが阿弥陀如来の安置された本堂じゃなかったら
間違いなく叫んでしまっていただろう。


リリアンに不慣れな乃梨子でも姉妹スール制度の事は耳にはさんでいる。
正確には、頼みもしないのに教えてくる同級生がいるからなのだが…。

住職に「姉上どの」って言われてた栞さん、志摩子さんのお姉さま、白薔薇のつぼみロサ・ギガンティア・アン・ブゥトンの志摩子さんの姉。

リリアン女学園の生徒会長の一人…白薔薇さまロサ・ギガンティア



仏像鑑賞という自分の趣味を呪いたくなる。
なんて事故。
白薔薇さまロサ・ギガンティア白薔薇のつぼみロサ・ギガンティア・アン・ブゥトンを訪問する現場に偶然居合わせちゃったなんて…。





あとがき
2012/7/21
ほんの少し改訂。
乃梨子のスタンスは変わらないので、ここはあんまり変更はなし。

乃梨子、マリみてに登場しないはずのキャラに遭遇するの巻


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