整理作業 図書室は、静寂こそ美徳とされる空間である。 できる限り物音を立てないように、無駄な会話などもってのほか。 でも、今日この時は例外だった。 本を調べる少女達は互いに話し合い。 「志摩子さま。この本はどう思います」 隣には図書委員でもないのに参加している松平瞳子さん。 乃梨子も図書委員ではないけど…理由を聞くと「友情ですっ」などと言いきってた。 「あとで三年生の方に回したほうがよさそうね…奏ちゃんの所に回して」 正面には、「環境整備委員会の仕事の一環だもの」という理由で参加していらっしゃる志摩子さん。 「思ったより難しいのですよ」 隣にはリボンが特徴的な…周坊院奏さんもいた。 体格が小さいのには同情するけど…手際が悪い。 そして、気がつくと編入生の宮小路瑞穂さまをじっと見つめている. どうやらそれが目的らしい。 まあ見とれたくなるのもわかる。 瑞穂さまはリリアンの中でも美人の域に入る容姿だし…選定作業が異様に早い。 そういえば蟹名さまがグループごとに渡した、瑞穂さまが授業中に作成したものらしい整理作業の手順のためのメモは不思議なぐらいよくできていた。 「瑞穂さまはと前の高校でトップの成績だったのですよ」 浮かんだ疑問に答えるように、隣の奏さんが応えて来た。 「そんな人が…どうしてリリアンにやってきたの?」 「言葉遣い等が悪い事をを嘆いたお爺様がリリアンに編入するよう言い遺したのようなのです。瑞穂さまはお優しい方ですから、その夢はかなえてあげたいと思いましたのですよ」 大切な人の夢をかなえたいと思うのは素晴らしいけれど。 孫を犠牲にする遺言を残したりのも信じられない、それに従う瑞穂さまもヘンだ。 「その持ち上げ方は駄目ですよ。腰を痛めます。」 その瑞穂さんは張り切り気味の図書委員にそんな注意をなさってる。 「あの…どうすればよいのでしょうか。」 「荷物を胸元に抱えてから…背筋を伸ばして…足の力を使って立ち上がる…こうです」 「ありがとうございます」 「女の子なのだから腰を大事になさい」 奏さんは「私も言われたいのですよ〜」とでも言わんばかりの表情をして惚気ている…。 「盲点だったわ…瑞穂さん。みんなに教えていただけません」 すかさず図書委員の蟹名静さまが全員に知らせなさる。 「あぎうっ!」 突然の奇声に振り向くと…瑞穂さんの正面でヘンな人…もとい十条紫苑さまが紅薔薇のつぼみに後ろから抱き着いていらっしゃる。 不思議な事にあきれながら目の前の志摩子さんに視線を向けると。 手際よく作業していたさっきとはうってかわって手が止まり。 目を見開き、口元を押さえて驚いていた。 「し…志摩子さん。志摩子さん?」 「どうしましたか白薔薇のつぼみ?具合でも悪いのですか?」 「あ…え……あ…あら、ごめんなさい。ちょっと考え事を…」 そんなに衝撃的だったのだろうか?さっきの紫苑さまの行為は。 気にせずに作業を再開しようと再び目の前の本を取ろうとすると…。 「のがぁあっ!」 「乃梨子!」 後ろからの完全な不意打ち…全く警戒しておらず気配も感じられなかった乃梨子が犠牲者二号にされてしまうのでした…。 「し…紫苑さん〜」 非難するように名前を呼ぶ瑞穂さま。 「瑞穂さんもやってみたいですか?抱き心地は良好ですよ」 「無茶な事言わないで下さい、セクハラで訴えられます」 「それもそうですね」 そんな事を言いながら通りすぎる上級生二人…宮小路瑞穂さまと十条紫苑さま…。 最上級生があれでいいのかリリアン学園。 正面では志摩子さんがなぜかため息をついてうなだれてる。 セクハラ精神攻撃をくらった後に作業どころではないので、疑問に思っていた事を志摩子さんに聞いてみることにした。 「三年生も紫苑さまに敬語を使っているみたいですけどなぜでしょうか?」 「あの方は体調不良で出席日数が足りなくて一年留年なさっているの、だから誰にとっても年上でいらっしゃるから…みんな遠慮してしまうのね…」 「でも、宮小路瑞穂さまだけ編入生だからその事を知らないから気楽にお付き合いなさっているの…悩みを抱える人は事情を知らない友達を求めるものなのね」 志摩子さんにもそんな人がいるのだろうか。 志摩子さんの視線の先にはさっき抱きつかれていた紅薔薇のつぼみがいる? なんだかさっき紫苑さまが紅薔薇のつぼみに抱きついてから元気がないみたい。 ここはとっておきの話をしよう。 「志摩子さん…実は昨日、白薔薇さまと話しました」 「えっ……」 また驚く志摩子さんを見てこの人も動揺するんだなと改めて思う。 あと、やっぱり白薔薇さまが大好きなんだなと…。 「志摩子さんと別れたいのではなく縛りたくないって… 互いに捕らわれてしまったような関係には絶対になりたくないって言ってました」 「そ…そう…、お姉さまは相変わらずなのね…」 自分を落ち着かせるように胸に手を当てて志摩子さんはため息をついてる。 「ひょっとして栞さんはいつも『ああ』なんですか?」 「ええ…一年前に私を妹にしたときからそうよ…、私もああなりたいと思っているのだけど」 栞さんを思い出したのか志摩子さんはうっとりして思い出に浸っているみたいな志摩子さんを見て、栞さんが志摩子さんを突き放した気持ちも理解できてしまった。 志摩子さんは本気で栞さんに心酔しちゃってる。 正直。この人には絶対にああなってもらいたくない。 栞さんみたいな…自分というものが欠損したみたいな人には…。 あそこまで徹底されると納得してしまうけど、あれは全く違う世界の人みたいだし…。 「いけません。志摩子さんは真似しちゃいけません」 「乃梨子…?」 言ってしまって、自分が失礼なことを言っている事に気づいてしまったけど…言い出した以上止めるわけにはいかない。 「だから…あんなのは志摩子さんじゃないと言うか…、栞さんはそういう志摩子さんがイヤなんじゃないかと…。 つい頼られると助けたくなってしまうとか…『閉じ込めてしまうような事は嫌なんです』って栞さんが…」 とぎれとぎれに訳のわからないことを言ってしまうけど 「…あなたがそう言うなら、きっと正しいのね」 よかった、志摩子さんはなぜか納得したみたい。 そんなこんながあって 整理作業が一段落終わった時には夕日が沈みかけていた。 「…残りは去年と一昨年の分ですか…ここまでしたからには、今日中に終わらせて見せます。 お疲れ様でした。家が遠い人はもう帰りなさい」 志摩子さんも帰り、リリアンの近くに住んでいる人だけになった。 作業も終わったので、蟹名さま・紫苑さまが 「この参考書を使っていた人がどんな人だったか当ててみてください」 「前の紅薔薇さまが使っていたものですわ」 なんて言って、「水野蓉子」と書かれた参考書を瑞穂さまに手渡した。 ようするに、参考書を見てその持ち主の性格を判断すると言う事ですか。 編入したての瑞穂さんは薔薇さまのがどういうものなのか実感が沸いていないみたいけれど…物を見る目以上のものがあるらしく…。 「…いい物を使ってます、この書き込み具合から推察すると…表に出さずに水面下で足を動かして優雅に泳ぐ白鳥みたいな方でしょうか…」 蟹名さん・紫苑さんが上品に笑いだした。 「当たらずとも遠からず…的を得ていますわね」 「そう思います。じゃあ、こちらはどうかしら」 次の参考書には…鳥居江里子と書かれている。 「書き込みがほとんどなくて努力の跡が見られない…だからといって怠けているわけでもない…。 自分の限界を知って、それに不満を持つでもなく満足…いや…納得している…のかしら?」 「すごいですね、だいたいあってます」 「それじゃあ、これを見れば驚かれるのでは?」 「……典型的なガリ勉派だな…たくさんいたぞ…こういう人……」 あれ…内藤克美と書かれた本を観察しながら瑞穂さまはさっきまでとは別の人みたいな口調でつぶやいてる…。 「瑞穂さん。減点三」 「あっ……」 紫苑さまの注意に瑞穂さまはあわてて口を押さえてるけど、口から出た言葉は戻せません。 どうやら、今のが瑞穂さまの飾らない素の口調だったみたい。 「それがリリアンに来た理由ですか。たしかに修行が必要な口調です」 と…これは蟹名さま。 「快晴高校では、女性でさえこの参考書とあなたの口調が普通ですの?」 「快晴!?」 思わず…声をあげちゃったけど仕方がない。 だって快晴高校って…名門の…手の届かない場所だったから…。 そんな所からなぜリリアンにやってきたのだろうか瑞穂さまは…。 「奏さんは祖父の遺言と言ってましたけど…そんなのは勝手すぎますよ。 せっかく順調な道を歩んでいた孫の将来をどうして変えてどういうつもりなんでしょうか?」 また興奮して失礼な事を言ってしまった。 「私は後悔していないわ。 だって、今日こういう形でみなさんの役に立つ事ができたもの…それに…」 困った事に、瑞穂さまはそんな事気にも留めなていないようだった。 「こうやって乃梨子ちゃんとも会う事ができたもの」 明らかに使う所が間違っているそんな言葉をかけてくる瑞穂さまだけど。 そんな事を言われて嬉しくないはずがなくて。 やっと…リリアンに来て良かったかもしれないと思う事ができたのであった。 あとがき もはや遠慮容赦一切無用状態の指の命じるままにあまり考えずに打ち込んでいる園樹です。 参考書の整理作業オンリーの今回のお話、乃梨子の回りの人物描写をしておきたいので書きましたが…上手く説明できているのでしょうか…。 そして瑞穂さま…手を出すのが早すぎます。 この話の中でも紫苑さま・奏ちゃん・図書委員の他に乃梨子にまで手を出しております… 恐るべし。 |