初入室


自分のクラスへの初入室、それは女装してお嬢さま学校に通うというありえない場合を抜きにしても、運命の分岐路と言っていい、重要な時である。
なにしろその短時間で、クラスにおける第一印象が決まってしまうのだから。

そんな事を何度も実感させられてきた要因…嫌と言うほど目立つ日本人離れした銀髪…に御門千早はほとほと愛想がつきていた。

既に決めている。
これから三年間。騒がず目立たず、地蔵のようになって生きていこうと。


しかし、そう決めていても、一人の友達もいないまますごせるほど、御門千早は強い心の持ち主じゃないことも理解していた。

なにしろ、一度試したことがあるのだから。

せめて、会話に困らない程度には愛想を振っておかなくてはならない。
目立たず黙さず、そのジレンマに悩まされる度。御門千早は思う。


人間は嫌い…自分も嫌い…と。


入室した直後に感じたのは、前の学校と同じ疎外感の混じった視線だった。
予測していたし、望むところでもある。

もとより、正体を偽っている身としては、見ず知らずの女生徒に話しかける気はなかった。

「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「先日はお茶会に招いて頂き、真にありがとうございました」
「未熟なお手前で恥ずかしゅうございました」

…こんな周囲のやり取りを聞いてはじめて気付く。
高等部一年生達には中等部から顔見知りの間柄が多いらしい。


なら…以前感じていた、腫れ物に触るような…微妙な感触も納得がいく。
やっぱり…リリアンの女生徒たちも…僕の…人並みではない外見に嫌悪を抱いているらしい。


「やぁ、撫子なでしこの園に咲きながら、微かに毒を隠し持つ竜胆りんどう…という感じだね」
突然、お嬢さま学校には場違いとも思える声に思わず振り返ると、日本人ばなれした外見のリリアンの少女が千早を見つめていた。

薄い褐色の肌と、エメラルドのような透き通った瞳、美しいブルネット…と日本人離れした…しかし千早とは違った印象を与える少女だった。

「この国のことわざでは、今の貴女の表情は、鳩が散弾銃で頭を砕かれたと表現するんだね」
「いや…それだと目も当てられない大惨事でしょう…散弾銃でなく豆鉄砲ですわ。
それより…」
端的に表現しすぎて聞き捨てならない事を言われた気がする。
でも、話しかけられたのは望むところだった。

「ごきげんよう、妃宮千早と申します」
話しかけられたら名乗る。それは御門千早にとって最も無難な選択肢のはずだった。



「はじめまして、私はケイリ・グランセリウス。私は夜に在り数多星々を司る星の王女だ」


……その言葉に、教室が静まり返った。


突然の穏やかならざる自己紹介。
その尋常ならざる物言い。
クラス中の生徒達は各々の会話をやめてしまい…上品に取り繕った仕草をするのも忘れて、こちらに注目してきている。

目立ちたくない千早としては頭を抱えたくなってしまった。
注目を集めるような軽挙妄動は控えてもらいたいのに…。


「外国人は日本語を話せないと思われているせいかな?
 今のところ私達は話しかけられる事はなさそうだ。
 そんな同類同士、仲良くしてくれると嬉しい」

日本人離れした外見・名前・物言いとは異なり、流暢な日本語を話せている。
しかし、見せる表情には日本人らしからぬ優雅さがあり、その言葉そのものが、容姿に対して強い違和感を感じさせた。

「皆さんは…私と貴女が日本語を話せないと思って…遠慮しているというの?」
確かに、そんな事態には何度か遭った事があるけれど、それは相手が少人数だった場合だけ。
クラス全員という多人数に『外国人』といして敬遠されるなんて、初めての体験だ。

「それは決して悪い事じゃない。人にはそれぞれ固有の世界があるからね。私のように。
千早は千早らしく振舞えばいい」

千早の動揺を察することなく、貞淑という言葉とは無縁の言葉を投げかけてくる。
そんな、わずらわしく感じるはずのなれなれしさが…不思議と心地よく感じられるのは、この女生徒の態度に親しみが感じられるからなのかもしれない。

だから、差し出された手のひらの…白磁のように滑らかで柔らかい感触を感じても…ケイリと名乗った女生徒を拒絶する気になれなかった。

「それに貴女は美しい。浮き世にはもったいないくらい。刺激的で甘美な色彩を帯びた、可憐なるひと」
雰囲気に飲まれたせいだろうか?
そんな事を言いながら、ケイリは顔を寄せてきて…


あれ?この感触は…。


唇が…触れた!?


しかも、今回は…頬ではなく…唇?!





「友情の証だ、白銀公」


そんな事を言って特徴的な微笑みアルカイック・スマイルを浮かべるケイリに、『僕は男だ――っ!!』…と叫びたかった。

それをやったら一瞬で身の破滅…だと分かっていてもその衝動を抑えるのに苦労した…。



さらに教室が…なぜか煌びやかな黄色い歓声に包まれて…もう…逃げ出したい…。
さっきまでの疎外感や視線が完全に反転し、好奇にあふれた表情が向けられてる。


そんな様子を見かねたのか、皆瀬初音みなせはつねさんがあわててケイリさんにつめよって…

「い…いけませんよケイリさん。口付けなんて軽々しく行っては…ロ…白薔薇さまロサ・ギガンティアでさえ、頬だったのにっ!…」

…火事場に燃料を投下した。




白薔薇さまロサ・ギガンティアが千早さんに…キス?」

うう…いままでこの容姿のせいで普通じゃない反応をされる事はあったけど…

「なんて…うらやましい!…」

クラス中の全生徒…しかも全員女子…に注目されて…

「どういうことですの?千早さん!?」

机の周りを何重にも囲まれるなんて事はなかったよう…。




あとがき
ケイリ――――――ッ!!
何をやってくれやがりますか…あの人は…。
一応小説版で薫子にキスした描写はあるけれど…こっちはこっちで大問題です。


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