白薔薇さまロサ・ギガンティア茉莉花まつりかの君と

「ここで待ちなさい。あなた達抜きで栞と話すわ」

夕食のために下りて行った時、食堂の前でまりや従姉さんに止められ、史と千早は食堂の前の扉で待つことになった。





「ずいぶん大胆なことをしたものね、白薔薇さまロサ・ギガンティア
食堂の前の扉の前から、食堂の中の会話が聞こえてくる。

「ええ…告白室の中ならいざ知らず…寮の玄関で…しかも初対面の子に語るような内容ではありませんでした」
会話の相手はやはり、久保栞さまだった。

「でも、だからこそ。あの子には、私達という味方がいるということを早く教えておきたかったのです」
「まあ…千早ちゃんのためにやったっていうのはわかったわ。
でも、ああいうのは事前に一言欲しかったわよ」
栞さんもまりや従姉さんも、やはり最上級生なんだと思い知らされる。
でも…栞さんがそこまで心配するほど、僕は問題児に見えるのだろうか?

「寮監として、梶浦緋紗子先生から千早ちゃんのことを聞かされています」
えっ…梶浦先生。まさか僕の正体を話したのですか!?

「不登校だったとか」
あ…そっちですか…。なるほど、それで心配をしてくれているのですね。


「ええ、家庭事情もあって、あの子を取り巻く環境はあまりにも複雑なのよ。
あたしも以前はできる限り手は尽くしたのだけど…見るに見かねて手の出しようがなかった…というのが正直なところよ」
まりや従姉さん…心配してくれていたんだ…。
それにしても、まりや従姉さんや梶浦緋紗子先生がここまで込み入った事情を語るなんて、栞さんはよほど信頼されているようだ。
聞くところによれば、寮監で、白薔薇さまロサ・ギガンティアで、しかも礼拝堂の管理も任されているという。絶大な信頼があって当然と言えなくもない。


「あの子は出来すぎた子…だからこそ自分の過ちを正すのを恐れてる」
「なるほど、そこの傾向は以前の栞に似ているわね」
違う…。決して貴女と同じであるはずがない…。
性別からして違うんだから。

「ええ…だからこそ、何か予想外の偶然でも起きない限りは立ち直るのは難しいでしょう」
「その『予想外の偶然』に自分でなろうとしたのね。だからあんな似合わないことを…まあ。悪いことではなかったわ」
「私にとっては、御門まりやさんが、予想外の偶然でしたからね…『茉莉花まつりかの君』」

え?『茉莉花まつりかの君』?それって周防院奏さんの『白菊の君』のような二つ名では?

「…恥ずかしい二つ名で呼ばないでよ」
「御門さんもさっき、私のことを白薔薇さまと呼んだでしょう?」
「そりゃ、悪かったわよ、『栞』」
やはり、まりや従姉さんと久保栞さんの2人はずいぶん親密な関係のようだ。『付き合いが三年目』なだけのことはある。


「あたしは思うんだけど…千早ちゃんって…栞が会った頃の佐藤聖さまにも似ていない?」
「あっ…」


「…………」
「…………」


まりや従姉さんの言葉にしばらく2人が沈黙する。
佐藤聖…一体誰だろう?

「久保栞さまのお姉さまで、先代の白薔薇さまです。
 とても陽気で、人気の高い方だったとか…」
隣で史が説明してくれる。けど、陽気って…僕はそんな風にも見えるのだろうか?


「言われてはじめて気付く事ってあるものですね…あの日本人離れした見かけ…人を疎まずにいられない独特すぎる想い…まさしくあの頃のお姉さまのものです。
 私はあの方を愛していた…だからつい…初対面の千早ちゃんにあんな行為に及んでしまったのかもしれません」
愛していた…ってなんかものすごく深刻な感じに聞こえる。
あと、そんな話を聞くことのできるまりや従姉さんとの関係も。

「そう気を落とすことはないわよ。
千早ちゃんも貴女のこと、愛してやまないようになるわ。
そうさせるだけの魅力が貴女にはあるのよ」
「そうでしょうか?皆さんが優しいのはわかりますがそこまでは…」
「自信持ちなさいよ。貴女がキスして嫌がる『女の子』なんてこの学園に存在しないんだから」
そう…いないかもしれない…『女の子』は…あくまで…『女の子』は…。


「まりやお姉さま、貴女は悪魔です…」
史が本人に聞こえないように、僕の気持ちを代弁してくれた…。





「ところで…話題は変わりますが。今日寮にやってきた新入生は三人ですか?
私は四人だと聞いていたのですけれど…」

「ああ、あたしも気になってた。
皆瀬初音みなせはつねちゃんは由佳里と奏ちゃんがお世話してる。
そして妃宮千早きさきのみやちはやちゃんと()度曾史わたらいふみちゃんはあたしが概ねの注意を聞かせたのだけれど…七々原薫子ななはらかおるこちゃんはまだ到着してないわね」
最上級生らしく。寮生全員を把握しているまりや従姉さんだった。


「食事も入寮式もみなさんで囲んで行ってこそ価値を増すもの…私達という家族であり味方がいることを示すためにも、初日に仲間外れを出すのは避けたいですね」
「せめて到着時刻がわかればね…連絡先は分かってるからそろそろ確認しようかしら?」





そんな会話を聞いていると。後ろの玄関から、突然けたたましいドア音とともに玄関に少女が飛び込んできた。

「っ…七々原薫子ななはらかおるこっ、遅くなりましたっ……!」
全力で走ってきたのか、特徴的に長い髪は乱れ、荒い息をついている。


「あ…」
七々原薫子ななはらかおること名乗った背が高い少女は、印象的な切れ目の瞳をこちらに向けて呆然としている。

もしかすると…女装がばれてしまった!?

「私は、今日からこちらにお世話になります。妃宮千早と申します」
「千早さまの侍女で、度曾史と申します。よろしくお願いいたします」

黙っているわけにも行かず、挨拶をする。

「え…う…?」
七々原薫子さんはリリアンの生徒に似つかわしくなく、荒い息をつき、髪も服装も乱れている。
更に、呆然として千早をじっと見つめている。

どう応対したものか迷っていると…玄関の音を聞きつけたのか、食堂から栞さんとまりや従姉さんが出てきた。

「七々原薫子ちゃん。リリアン女学院寮へようこそ。歓迎します」
「あなた全力疾走してきたのね。史ちゃん、水を用意してあげて。
千早ちゃんは、由佳里・奏ちゃん・初音ちゃんの三人を呼んできて。入寮式を始めるわよ」

薫子さんの態度が気になるけれど、まりや従姉さんの指示に我に返り、他の寮生達を呼びにいくことにした。

それにしても…傾向が違いながらも遅刻した下級生に対するフォローを忘れない二人の息の合ったその様子は紛れもなく「お姉さま」だった。




あとがき
恐るべし栞さん、千早お姉さまの心の痛みを遠からず当てています。
あと。七々原薫子。小説版「櫻の園のエトワール」に同じく遅刻しています。

御門まりやの二つ名は「茉莉花まつりかの君」だそうです、ドラマCDの内容だとか…やはりあれだけのスペックを持っているから称号があっても不思議ではありません。


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