二日目の朝

「ごきげんよう」
そう声をかけ、同じクラスの皆瀬初音さんや、七々原薫子さんと一緒に1年菊組に入室する…

「ごきげんよう。皆瀬初音さん。七々原薫子さんに白銀公」
すると、比較的早くに登校した生徒達が、挨拶を返してきた。

そして、その生徒たちの視線は妃宮千早・七々原薫子・皆瀬初音の3人に寄り添うように入室する、小柄な少女に向けられる。

白薔薇さまと一緒に寮生全員が登校する例に漏れず、妃宮千早達と一緒に登校していた、柏木優雨である。
意外にも、本来なら袖を通す事などなかったはずの制服に身を包むという体験は、優雨にとって事の外新鮮だったらしく、表情の薄い優雨は珍しく上機嫌での登校だった。

「はくぎん…こう?」
昨日登校しておらず…妃宮千早の二つ名を知らない柏木優雨ちゃんが首を傾げる。


「妃宮千早7さん、その方は?」
昨日登校していなかった柏木優雨ちゃんに疑問を持ったクラスメイト達が、早くも興味を示してくる。


「今日から一緒のクラスになる、柏木優雨さんです」
登校二日目の女性としての挨拶をする。
声が微かに震えているけれど、本人以外にそれに気づいた人はいない。

「優雨さん。リリアンにおいては二つ名を拝名する人がいるのよ」
「そう…ちはやは白銀公でもあるの…」

どうやら優雨ちゃんも、千早のその二つ名を気に入ったらしい。
朝起きてから、優雨ちゃんには『天使さま』と呼ばないように注意をした。
けれども、『白銀公』と呼ばないようにはできそうにない。

「リリアンの二つ名について、多くを知っているわけではないのですが…
 二つ名という物は、こんなにも早く普及する物なのですか?」
素直に、疑問に思ったことを聞いてみる。

「せっかくクラスに素敵な方がいて、ぴったりの二つ名が進呈されたんですもの。
 二つ名で呼ばないともったいないでしょう?」
つまり、二つ名という物は基本的に稀なものであり、その呼び方で呼ぶことが珍しくて楽しいから呼んでいる…という事なのだろうか?

そんな思考は、ある程度予想されていた…突然の声に中断された。

「優雨…まさか優雨っ!?どうしてあなたがここにいるんですのっ!?」
その声に振り向くと、本を読んでいた松平瞳子さんが慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。

「ごきげんよう。瞳子」
「ごきげんようじゃありませんわよ!あなたの体は…」
そんな瞳子さんの前に立ちはだかって静止する。
新年度早々、優雨の前で騒ぎを起こさせるわけにはいかない。

「落ち着いてください瞳子さん。それ以上は駄目です」
正面から…目を覗き込むように見つめ…落ち着くように促す…
とっさに、日本人離れした外見を利用した…いわゆる威圧…人を静めるための手段をとってみた。

「これが落ち着いてっ…いえ…」
…予想したよりも早く止まってくれる。
リリアンにおいてもこの方法は有効ならしい。

「…取り乱して申し訳ありませんわ…。でも説明してもらえますか?」
「そのつもりです、柏木優さんから頼まれてます」
柏木兄妹と、松平瞳子さんは従姉妹同士。
第一に説明の必要があるという事は昨日の打ち合わせの段階で教えてもらっていた。


「優お兄さまにお会いしたの?」
「ですから決して、優雨さんの独断でここにいる訳ではないのです」
…目を離した隙に、たった一人で寮にやってきた挙句、雨の中で寝てた事については伏せておかなきゃいけないようだ。


落ち着きを取り戻した後、一通りの説明を終え…前日のように余裕のある表情に戻った松平瞳子さんなのだけれど…

「どうして優お兄さまは、私に声をかけて下さらなかったの…瞳子をのけ者にするにも程がありますわよ」
そんな事を言って、誰かを恨むような視線を遠くに向ける。

「瞳子さんが『そう』なることが、分かっていたからではありませんか?」
昨日一日を通して…修身室で紫苑さんと向かい合っているときですら、瞳子さんの気品は損なわれる事はなかった。
それが、優雨さんを前にして揺らいでいる。

「それをのけ者にしていると言っているのですわ」
教室で、他のクラスメイト達が順次入室してきているのに、感情を抑えていない。


「とうこは、私が来るの…嫌?」
そんな瞳子さんを誤解したのか…優雨ちゃんが揺らいだようにそんな問いかけをしてくる。

すかさず瞳子さんに『ここは、協力して欲しい』と目線で伝える。
もっとも、その必要はなさそうだけれども…

「優雨のことを咎めている訳じゃありません。リリアンに通う事が優雨の希望なら、叶えてあげたいですわ」
なんだか瞳子さんが変だ…
昨日のイメージだと、瞳子さんはこうもストレートに表現する事はしないと思っていた…
少なくとも、もっと婉曲的な表現を使うものだと思っていたのだけれど…


「不思議、瞳子ちゃんって…もっと静かな方だと思ってた」
…と、これは幼稚舎の頃から一緒だったらしい皆瀬初音さん。

「優雨には隠し事が通用しませんのよ」
確かに…頓着がないのにとても機敏な優雨に対しては…当てこすりや小手先の理屈は捨てて…思いをストレートにぶつけるべきなのかもしれない。
しかし、それは社会や組織を構成する人として、とても勇気のいる選択のはず。
考え付いても普通はやらない…勇気や大胆さ…あるいは子供のような向こう見ず…が要求される行為のはずだ。

それを教室で平然と行うあたり、松平瞳子さんの柏木優雨ちゃんへの友愛の情がうかがえる。
もしかして柏木優さんがあえて、松平瞳子さんに教えなかったのは、松平瞳子さんに対する信頼ではなかろうか?


「千早さんがいてくれてよかったですわ…多くの方々が優雨のことを『難しい性格の子』…とさじを投げてしまったのです」
『難しい性格の子』…その判断は…無理に周りと同じように振舞うよう強要してしまい、優雨をますます頑なにしてしまったのだろう。

「そういうことなら。私達にできる事があれば遠慮なさらず、何でも申し出て下さいね」
教室内で臆面もなくと身内会話をしたことで、自然とクラスメイト達も事情を察してくれていた。

柏木優雨ちゃんをクラスに溶け込ませる事は、思いの他うまくいきそうだった。




あとがき
瞳子さん……いくらなんでもツンデレすぎるだろう…
アニメを見返してるとそんなオーラがプンプンします。
そしてそれが優雨


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