気遣いから広がる輪 「あの人じゃない。ほら、あの噂の『白銀公』」 「きっとそうですわね」 朝の入室後の騒ぎは、初日の間に噂になってしまっていた。 この容姿のせいで遠巻きに眺められることになり、その視線が全部誤解を含んでいる事が、いつも以上に千早をさいなんでくる。 ようやく放課後になって今日一日の事を振り返る余裕ができたけど… 思い出してみると更に寒気がしてきた… なにしろ別のクラスからさえも人がやってきて…遠巻きに眺められて…。 「初日に 祝福ってアレですか!?あのだまし討ちっぽい挨拶代わりのキスですか!? 「私はすぐにわかりましたわよ、あの天使さまのようなお姿…間違いようがありませんもの」 「それに、立ち振舞いも春風のように優雅で…」 「『白銀公』…なんて素敵な…お似合いの二つ名でしょう…」 「初日にして二つ名を拝名なさるなんて…」 「きっと しかも尾ひれまでついてる…。 当たり障りのない対応をしてきて…必死に笑顔を保つので精一杯だっただけなのに… 「すごいです! 千早さんって、本当に北欧の血を引いていらっしゃるのね!」 「いえ、すごいという訳では…私はただ単に、血を引いてるだけですし…」 「ですが、こんな綺麗な…銀色の髪をしていらっしゃって!」 「あ…ありがとうございます」 休み時間は…ずっとこんな調子で、興奮した少女達に詰め寄られていた。 「誰かに、嘘だって言って欲しい…」 何気なく出てしまった独り言、それは返されることがないと思っていたけれど… 「嘘ですわ」 そんな、突然の返答に驚いて振り向くと… 「ごきげんよう。妃宮千早さん…それとも白銀公と呼びましょうかしら?」 肩までの短い二本の縦ロールという特徴的な髪型の、明朗快活そうな少女が立っていた。 名前は確か… 「できれば名前でお願いしますわ… 実際、暇を見つけては誰よりも積極的に千早に話しかけてくる行動には、正直うんざりさせられた。 けれども…。 「そう、お疲れのご様子ですわね…ご苦労さまです」 途中から、瞳子さんは今まで出会った中の誰とも変わっている事に千早は気付いていた。 「昼休みは助けていただきありがとうございました」 昼休み…それは突然、千早を取り囲んでいた生徒の口から発せられた。 千早も何度か耳にした事のある、特殊すぎる…そして羨望の的になる容姿から来る悪評…。 やはり、どこにでもやっかみというものはわくもので…リリアン特有の上品かつ婉曲な表現で『両親の本当の娘ではないのでは?』という疑問が出てきてしまった。 千早自身、その手の噂は慣れっこになってしまっているので、否定しようとも思わなかったけれど、瞳子さんは毅然としながら品を失わず…『北欧の血を受け継いでいる』とその意見を打ち消してくれた。 その事で気づいたのだけれど、千早の容姿から来る過激な噂や悪評の火種になりそうな話題の火消しを買って出てくれている…今まで出会った事がない種類の人…悪く言えばお節介…のようだ。 そのような事があり、警戒を怠る事はできないけれども、松平瞳子さんとは比較的気軽に話す事ができていた。 「申し訳ありませんけど。みなさんの様子だと、千早さんは放課後も引っ張りだこですわよ」 しかし、瞳子さんのが口にしたのはあまり聞きたくない事だった。 それは…勘弁して欲しい。 今ですら…無理に作った笑顔のせいで顔が引きつりそうだというのに…。 もちろん、その考えを表情や態度に出したりはしないけれど、松平瞳子さんには、千早の内心はわかっているらしかった。 「千早さんとお話したい人たちも、先約があるならきっと諦めてくれますわ。放課後に何か予定があります?」 「いいえ…あいにく…」 初日では、とても放課後に予定を入れるどころではなかった。 …かといって、寮に逃走…というのも社交性のなさを浮き彫りにしそうで今後のためによくない。 「よかったら放課後にご一緒しません?静かで落ち着ける場所に招かれていますの」 「それは。ぜひともお願いしたいのですが、よろしいのかしら?」 招かれている、という事は松平瞳子さんは客の立場であって…、一緒に人を連れてきていいかは相手が決める事だと思うのだけれど…。 「拒まれる理由はないはずですが…念のため話を通しておきますわ……」 拒まれる理由…心当たりがありすぎて目まいがする。 性別とか…不登校とか…内心とか…。 もっとも、そんな事、目の前の少女は夢にも思っていないだろうけど…。 「えっ?瞳子さん…ちょっと!?」 松平瞳子さんは…これまた特徴的なリリアンの少女を…引っ張るようにして少し強引に連れてきた。 この一年椿組において特徴的な…というのは特徴的な順に挙げると… 一番はケイリ・グランセリウス…そして、認めたくはないが次は僅差で妃宮千早。 そして、二人が目立ちすぎて騒ぎにならなかったものの…ケイリと千早に続くのは…松平瞳子さんが連れてきた少女だった。 豪奢な金色の髪をツインテールに結い、碧い目をした小柄な外見…ケイリや千早とは違った意味で異邦人じみている。 「ほらほら淡雪さん。千早さんと話たいっておっしゃってたでしょう?」 「そんな強引に…ま…いっか。はじめまして妃宮千早さん。私は その容姿を見れば… 「はじめまして…私のせいで騒ぎに巻き込まれてしまったようですね」 他クラスから『白銀公』の噂を聞きつけて遠巻きに眺めてきたリリアンの少女達の中には、冷泉淡雪さんを『白銀公』だと勘違いして声をかけたり騒いだりした人も居たのが思い出される。 『白銀公』の意味を考えれば間違いに気付きそうだけれど、勢いで他クラスにやってくる少女達に判断力など期待できず…更に 「あ…千早さんは悪くないから、謝らなくていいの。それに、慣れている事だもの。 ところで瞳子さん、用事というのは何なの?」 「私と一緒に、妃宮千早さんも修身室にお連れしたいのです」 つまり、松平瞳子さんはこの少女に修身室…華道部や茶道部の部室に招かれていて、そこに千早を加えようとしているのか。 「いいわよ、部活見学者は大歓迎… 「呼びましたか?」 会話を聞きつけたのか、もう一人のリリアンの生徒がこちらにやってきた。 薫子さんと同じぐらい長く…更に整った黒髪が特徴の少女だった。 純和風の雰囲気を醸し出していて…なるほど修身室にいるのが絵になりそうな感じがする。 「 「こ…こら、うたちゃん!」 そのやり取りに、二人が顔見知りなのだと推察する。 「『もしかして、日本の方ですか?』…とでも言うつもりでした?」 ちょっとからかってみたくなって、千早や淡雪が今まで言われてきたであろう事を言ってみる。 「そ…そうじゃありません…」 あわてて必死に否定しようとするその様子に、淡雪さんの真面目な性質に気付く。 「似た特徴を持つ人同士、気が合うかもしれないって期待するものですよね。わかります」 そんな淡雪さんをさえぎって、さっきの発言は本心でない事を告げておく。 「む…意地が悪いわよ、千早さん」 そんなやり取りに思わず噴きだしそうになった瞳子さんは話題を変えた。 「こちらの 華道か…。 幸か不幸か、多少の心得はある。 更に、指導できるのが顧問や部長だけ…という状況になりやすい、熟練者の少ない華道部部室なら…避難所としては申し分ないかもしれない。 部活にのめり込んで災いの種を呼び込むつもりはないけれど、性別を偽っている身としてはうってつけではなかろうか? 「ありがとう。入部するかはわからないけれど…見学させてもらいますわ」 あとがき これで、千早が華道部メンバーならびに松平瞳子嬢と友情フラグを立てました。 瞳子のキャラが変わっているような気がしますが…その理由はおいおい判明させないといけませんね。 松平瞳子嬢の魅力を私に引き出せるか疑問ですが、ここはあえて不可能に挑戦させてもらいます。 |