内部協力者と入室 「我慢すると体に悪いですよ、まりや従姉さん」 僕のその言葉が引き金となって、目の前のまりや従姉さんはリリアンの淑女のものとは思えない声で笑い出した。 塞いでいた笑いを完全に開放した反動か…立っていられなくておなかを抱えて悶絶している。 「まりやお姉さまっ!まりやお姉さまっ!気を確かに!?」 その尋常ならざる様子に上岡由佳里さんはまりや従姉さんの背中をさすりはじめる。 彼女の必死の表情は真剣そのもので、まりや従姉さんがいつも誰かを振り回さずにいられないのだいうことを思い出した。 「あ……は…はぁ…はぁ…、あたしは大丈夫だわよ…由佳里…」 呼吸が困難なほどの笑いの発作をようやく抑えてまりや従姉さんはやっとそれだけ言った。 「本当に大丈夫なのですかまりやお姉さま。ワライダケでも食べたのではありませんか?」 ワライダケ、食してしまうと強い幻覚症状が現れ、正常な思考が出来なくなり、意味もなく大笑いをしたりするようになってしまう毒キノコのこと…か。 確かにさっきのまりや従姉さんの笑い方はもはや正気のそれとは思えない。 あと…気持ちはわからなくもないけど、人の顔を見て笑うのはあまりにも失礼というものじゃないだろうか? 「あ〜ごめん。余計な心配をかけたわね。もう心配ないわ。 由佳里、あたしはこの2人と、とてもとても大事な話があるから。すまないけどクラッカー片付けてから奏ちゃんと一緒に 「お2人とも、まりやお姉さまのお知り合いなんですね。任されました」 きっと上岡由佳里さんは、まりや従姉さんに巻き込まれてあんな事をしていたのだけれど…片付けを一人で引き受けるぐらいにはまりや従姉さんを慕っているらしい。 それとも、さっきの笑いで、ただならぬ事情があるのを察してくれたのかもしれない。 どちらにせよ、ちょっと意外だった。 まりや従姉さん、リリアンでは上級生してるんだ。 「ここが、貴方の部屋よ。内装や家具は完備で、荷物ももう届いているわ」 まりや従姉さんに連れられて、二階の部屋に案内され… 「っ……!」 その部屋のあまりのデザインに、一瞬意識が遠いところに行ってしまった… まりや従姉さん…何が『内装や家具は完備』だよ!? 壁紙や照明の類は華美かつ しかも染みや汚れ一つないことから新品なのだろう。 極め付けなのはクイーンサイズの天蓋カーテンつきベッド…天井まで届くそれはどうやって仕入れて運んで据え付けたのか疑問に思うような代物である。 「とにかく、まずは状況を確認しましょ。 リリアン女学園学生寮の三年生として貴方達を歓迎するわ」 まりや従姉さんはそう言って、部屋の中の応対用の椅子を薦めると、あらかじめ用意していたらしいお茶をカップに注ぎ始める。 独特の配合のハーブティー…常温でも香りを楽しめる配慮がなされている飲み物によって、少なくともまりや従姉さんは来訪者2人を歓待する意図があるのだと察することができた。 「で…一体どういうことなのかしら? 不登校をやらかしたとは聞いてたけど変体女装趣味に走ったなんて聞いてないわよ」 顔見知りに対して歯に衣を着せることのないのも相変わらず。 でも、ストレートなのは変に気を回されるよりもはるかにマシだ。 「まりや従姉さんは、母さんが心の病気なのは知っているね」 「ええ、妙子おばさまの…かなり前からのアレでしょ。詳しい症状までは知らないけどね」 「リリアンに通わなければ、勘当すると言われたんだ」 普通の人なら、莫迦莫迦しいと本気にしないような内容。 だけれど、 まりや従姉さんはおおよその事情と深刻さを察してくれたのか、大きくため息をついた。 「あー…そういうことか。千早ちゃんも大変ね。あたしがこの寮にいるという事前調査を怠るほど、差し迫っているなんて」 『リリアンに、転入したらいいと思うの』 無邪気で嬉しそうな母さんの地獄的な提案から始まった…この事態をわかってくれたみたいだ。 「申し訳ありません。御門まりやさまがリリアンにいらっしゃることは知っておりましたが、まさか寮に住んでいらっしゃるとは思いもよりませんでした…」 まりや従姉さんの家なら十分通学できる範囲だし、そうでなくとも専属の運転手を雇うぐらい簡単なはずだ。 「史ちゃんに責任はないわ。あたしは実際、中等部までは家から通っていたもの。 その先入観が先に立って確認しなかったのね」 そう言いながら、こちらをうかがってくるそのまなざしに冷や汗が流れる…間違いなく楽しんでる。 「あたしは史ちゃんが来ることは妙子叔母さまに聞いて知っていたけど…まさか千早ちゃんまでやってくるとは夢にも思わなかったわ。 おかげでせっかく用意したクラッカーも無駄になったわね」 「御門まりやさま。本当は千早さまがこちらに編入なさることも知っていたのではありませんか?」 「知るか!あたしだってそこまで黒くないわよ。」 確かに…まりや従姉さんなら、母さんの策略に賛同して裏工作の片棒を担ぐぐらいやりかねない…と思うけれど。さすがに僕を一目見た時の大爆笑は演技じゃなかったはずだ。 「この部屋の模様を見るに…史は疑わざるを得ません。まりやさまの趣味が色濃く反映されているように感じます」 さすがは史、侍女として客人の趣味趣向を知っている者ならではの言葉だ。 「確かにこの部屋はあたしの趣味が8割だけど…これは史ちゃんのために用意したつもりだったの」 敵わないな…とばかりにため息をつくまりや従姉さんが意外なことを言う。 「史のため…ですか?」 「あたしは史ちゃんがこの部屋に来るって妙子叔母さまに聞かされてて。 妙子叔母さまは『いつもがんばってくれてる史ちゃんのために、キュ〜トでラブリ〜でとってもフェミニンな部屋を』ってお願いしてきたから…こう…」 再び部屋全体を見渡してみる。 なるほど、まりや従姉さんにとっては。この部屋は史の普段からの勤労に対するご褒美のつもりだったのか。 それならこの『キュ〜トでラブリ〜でとってもフェミニンな』趣向もうなずける。 「申し訳ありません。史のためにこのような部屋をご用意してくださったのに…疑って…恩を仇で返してしまいました」 「結局千早の部屋になったんだから謝る必要なんてないわ。千早が来るなんて知ってたら…」 なにやら考え込むまりや従姉さん。 「その、『知ってたら』の続きを是非ともお聞かせ願えますでしょうか?」 「でもこの部屋を見て千早ちゃんが男だなんて誰も思わないなら結果オーライでしょ」 相変わらずプラス思考かつマイペースな従姉に、ようやく彼女が味方なんだと言う事が実感できてくる。 「その胸はシリコン製のパッドか…接着剤に肌に貼り付けるタイプ…まあ基本よね…」 …訂正、まりや従姉さんはこちらの女装姿を茶菓代わりにしてハーブティーの香りを楽しんでいる。 相変わらず、性格が悪い。 「千早ちゃん…その女性メイクは自分でやったの?」 ぐっ…落ち着いたと思ったらいきなりの詰問タイムですか…。 「そうです…」 「ほとんど注目してなかったとはいえ…このあたしをして クラッカーを構えてた時、まりや従姉さんは史に注目していたとはいえ、隣にいた千早の事も視野に入れていたはずだ。 その時点では気付かず…その顔を注視して初めて気がついた…ということは…。 「あたしが保障してあげる。もとの素材がいいのもあるけど…少なくとも外見だけなら、千早ちゃんはばれる事はないわ」 保障されても…もとの素材がいいって言われても…大爆笑された身としてはとても腹が立つ…。 「その技術の習得は一朝一夕でできるものじゃないわね。史の使用人メイクとは根本からして違う…誰に教わったの?」 さすがはまりや従姉さん。化粧の仕方を教えたのが史じゃないって見抜いたか…デザイナーを目指しているだけの事はある。 「こ…これは母さんが…」 白状すると…その時の忌まわしい記憶がよみがえってきてしまった。 スキンケアにヘアメイク・コーディネイトなど…一週間かけて嬉しそうに教えてくる母さんの姿が… 「さて…これから寮についての規則を教えるわ。 特に、千早にとって気を配らなければならない事も多いから、心して聞きなさい」 まりや従姉さんの説明は、男性として寮で暮らすことの要点も網羅していてとてもためになるものだった。 その説明を聞きながら、学園長室での あの先生が御門千早の本名と、寮に同姓の生徒がいることを把握していなかったとは考えにくい。 こうやって事情を簡単に話せる「味方」と寮で対面することを、あの先生は予期していたのだろう。 だったら言ってくれればいいのに…あの先生も一筋縄じゃない。 「―お風呂は『入浴中』の札をかければ誰も入ってこないと考えていいわ」 「御門まりやさま。少しよろしいでしょうか?」 寮生活における注意をわかりやすく…しかも女装して潜入してる観点からまりや従姉さんに教わっているうちに、史が質問する。 「史ちゃん。リリアンではあたしは『御門さま』と呼ばれているの…でも、寮生なんだから『まりやお姉さま』でお願い」 「よろしいのですか?その呼び方は 「 リリアンに来る前に、史から教えてもらった言葉にそんなものがあったけれど…。 「リリアンにおける。上級生が下級生を監督する制度のことよ。 姉が妹を導くように、一人の先輩が特定の後輩を正しい学園生活が送れるよう指導するの」 「特色を申しますと、お互いに気に入った生徒同士が、上級生から下級生にロザリオ授受の儀式を行って、姉妹の契りを交わすのです。 そして、上級生は下級生から『お姉さま』と呼ばれます」 「そう、変わった制度もあるものね」 …だとすると、まりや従姉さんも。ロザリオ授受の儀式を行ったのだろうか? あまりにも似合わなすぎてその様子が想像しにくいのだけれども… 「千早く〜ん。何を想像したのかね〜?」 しまった、つい表情を読まれてしまった…この人は相変わらず…鋭い。 顔を近づけて迫ってくるまりや従姉さんにどう対処しようか迷っていたら、突然、ノックが鳴り、ドア越しに声がかかる。 「まりやお姉さま。栞さまがお戻りになられました」 「お…今日は早いのね。貴方たちも来なさい。寮監のお出ましよ」 寮監…というと、やはり最上級生の方なんだろう。 この寮で一番立場が上の方とこれから会うことになるのか、しっかりしないと…。 ドアを開けると、小柄な儚さを感じさせる少女がいて、先ほどドア越しに声をかけてきたのがこの子だったのだと知る。 「御門まりやさまの事を『まりやお姉さま』とお呼びするのは上岡由佳里さまだけではないのですね? 史は侍女の職業上、人の情報を扱うことが得意で、この少女のことも知っていたみたいだ。 小柄なのと、髪を飾る大きなリボンが特徴的だ。 「はい…寮生はみんな『まりやお姉さま』と呼ぶのです。 …私の事をご存知なのですか?」 周防院奏と呼ばれた少女は驚き、頭についた大きなリボンが揺れる。 「演劇部の『白菊の君』の事は中等部でも知れ渡っております。 ご一緒の寮に住む事ができて光栄です」 「あ…できれば、あまりかしこまらないで普通にしてもらいたいのですよ、 …身に余る恥ずかしい二つ名もできれば遠慮したいです」 「『白菊の君』?そんな称号をみなさんはお持ちなのですか?」 「各部活動のトップアスリートや何かの催しとかで目立った活躍をした一部の生徒だけよ」 まりや従姉さんがちょっと複雑な顔で疑問に答えてくれる。 なるほど、まりや従姉さんにも二つ名があるんだ。 「わかりました、周防院さま。 そろそろ 史の口から出た言葉に唖然となる。 ロサ・ギガンティア? 「寮監の称号よ。三人いる生徒会長の一人の二つ名でもあるわ」 な…なんですかその仰々しい二つ名は…。 薔薇の三原色の一つだったと記憶しているけれど…? あとがき 千早お姉さまと御門まりや、互いの事情を確認するまでもなく、大まかな事情を把握しています。 そして、あの部屋は実は御門まりやが史のためにあつらえたものでした…という事にしておきます。 2011/05/11 御門まりやが御門千早の家の説明を少しだけ聴くことにしました。 |