「これは御門のお嬢さま、お久しぶりです。 突然の訪問でお騒がせした事を平にご容赦ください」 来訪の約束もなく、名乗りもせず、要件も伝えず、白薔薇さまへの取次ぎだけを要求して玄関で待っていた居座った女子寮への来訪者(男)は… こちらの警戒が無駄になるようなかしこまった態度で深く頭を下げた。 第一印象では不審者とは思えない。でも、警戒を解くわけには行かない。 「柏木優。アポイントメントもなしに男子禁制女子の寮に何しに来たのかしら?」 それに対し、まりや従姉さんはトゲを隠そうともしない笑みを浮かべて寮の扉に立ちふさがるように応対する。 でも言葉に隠されたまりや従姉さん特有の『慣れ』を感じて確信する。 まりや従姉さんはこの来訪者を知っている!?…名前は柏木優というのか!? 「駄目だよ御門のお嬢さま。そんな事を言うと隣の新入生が無用な警戒をするじゃないか。 モナ・リザのような表情が引き締まる様はとてもで端正で…眼福の極みだけれどね」 …こいつ。こちらが最悪の事態を想定している事に気付いてる…おまけに男に言ってはならない事を… 「新入生とわかってて女性が気に触る言葉をかけるのは感心しないわね。 不法侵入と合わせて警察に突き出されたいのかしら」 対するまりや従姉さんはかなり攻撃的だ。 寮官代理としての立場もあるだろうけれど、この柏木優という男にも問題があるんだろう。 「さっちゃんから君の事はよく聞かされているよ。 あとリリアンで警察云々を聞くのはこれで2度目だ。」 今度は社交性を感じさせる笑顔を浮かべ、意外な事実を述べてくる。 その笑顔が言葉の割に自然体だから恐ろしい… あれは話術の一種…警戒していない人を簡単にだますことのできる悪質なものだ… 「姉に配慮して貴方を警察に突き出さなかった福沢祐己はここにはいないわ。 さっさと用件を言いなさい、さもないと大声を上げるわよ」 声を上げる必要はなさそうだけれど、もしまりや従姉さんが声を上げれば…史が外部に通報するはずだ。 お互いにそんな事態は避けたいはず…つまりまりや従姉さんのこの言葉はブラフだ。 「僕の妹…柏木優雨がリリアンの寮に住むことになった」 まりや従姉さんの脅しに屈したのか…両手を広げた大げさなジェスチャーを交えて…目の前の青年はそんな事を話し始めた。 改めて観察すると、まりや従姉さんや千早とだいたい同世代のようだ。 「ただ、体が弱い上に難しい子でね…詳細を話して…優雨の事をお願いしようとして来たのさ」 馴れ馴れしさを感じるけれど…一応、理に適ってはいる。 「寮生の新入生リストにはそんな子は載ってなかったわ…もしかして訳あり?」 目の前の青年はともかく、寮生になるかもしれない子を寮官代理として邪険に扱うわけにもいかなかったからだろうか? さっきまでの敵意丸出しの態度から一転して、まりや従姉さんは話を進める。 「そ…その方を信用するのですか?まりやお姉さま…」 まりや従姉さんの態度があまりに意外だったので、フォローと…目の前の青年に『私怯えてます』のアピールもかねて…そんな事を言ってみる。 「女子寮は男子禁制、やむを得ない事情で入寮するときは教師立会いのもと名簿に記入がルールなのよ…」 …千早が寮にいることを黙認しておいてよく言う。 そんな事情をおくびにも出さないまりや従姉さんに、つい呆れるのを通り越して感心してしまった。 「ただし…保護者は基本的に出入り自由…それにこの男が世間体かなぐり捨てて女子寮にやってくるという事は ちょっとした緊急事態なんでしょ?」 「実は…目を離した隙に失踪したと連絡があってね、ここに来てると踏んだのだけれど…来ていないのかな?」 まりや従姉さんの推測は正しかったらしい、柏木優さんはうなづいてそんな事を言ってきた。 目を離した隙に失踪…って… 「新年度早々、警察に失踪届けを出すのも印象が悪すぎるから、必死なのね。その子の外見は?」 「かなり小柄で細い…あと、さっちゃんみたいに長い黒髪が特徴的だ」 柏木優という青年の言葉を聞いて… 『史よりも小柄で細くて…髪が長い人でした…紅薔薇さまのように…』 抱いた違和感の正体に気付いた時… 『雨が降っているのに隠れんぼだなんて…見間違いでしょうね』 まりや従姉さんがこちらを振り返って… 千早と同じ結論に行き着いていたみたいだった。 『体が弱い上難しい子でね』 気が付けば…走り出していた。 まりや従姉さんの静止の声が耳に入ったけれど…その声はとても遠いものに感じられて。 『リリアンの寮の脇の茂みに這っていた不審な女性を見たような気がするのです…』 (どこだ…) リリアンの寮の脇の茂み…、外観維持のために整備が行き届いた茂みを一つ一つ探していく… 雨が激しい…でも、濡れるのなんて気にならない。 気にならないぐらいに…御門千早は焦っている? (ちーちゃん…) 茂みをかきわけ、雨に濡れた制服に葉枝が取り付き、手が傷つくのも気にならない。 この体を突き動かす衝動は… (左から2番目と3番目の間に…) 走って呼吸が乱れているのも忘れるぐらいに… あの時の無念は… (横たわって…いるんだよ…) 走ってきて呼吸が乱れているのも忘れるぐらいに… 御門千早を…壊して… その少女は、土砂降りの雨にもかかわらず。隠れるように…祈るように身を横たえていた。 上から見下ろす千早に反応し、うっすらと瞼を開くと 「天使…さま…」 そんな事を、つぶやいた。 「こんな所で…何…を」 「だいじょう…ぶ。ずっと、まもってる…わたしは…雨が…すき…だから」 それは…『あの時に動かなくなったもの』に似ていて。 「だから…このまま、ねむらせて…ほしい…」 その言葉を聞いて…御門千早の意識は途切れた。 あとがき まさかあの2人が兄妹になるとは思わなかった… 千歳さんの憑依現象、ここに再発。 |