再会は突然に


「たとえば…貴方ならどちらを選ぶ?」

樹齢二千年を超える最古の桜となり、夜な夜な善人も悪人も問わず人々の血を吸い続ける運命と…

わたくし、今日からジェンダーチェンジして乙女男子なる半端な存在じゃなくて本当の……正真正銘の女の子になります」

なんていう運命。


人間は嫌い…本気で…一つ目の運命も悪くないって思うぐらいに…。

でも、人として家族として、決して譲れない一線がある時点で選択肢ですらなくなるもの。

だから、選択の余地なんて…あるはずもなかった。





「不登校だという話だったから、もう少し繊細な子なのかと勝手に思っていたのですが…少し『繊細』の方向が違うみたいね」


学園長室に通され、梶浦緋紗子かじうらひさこという女性の先生と一通り話を済ませている間も、この状況を受け入れることができず。目に映るものは何もかも、現実離れしているようだった。


「はあ…一体どんな楽観的な話を聞かされていたのかは知りませんが、できるならその愚行にとっとと気付いて、今からでも取りやめて欲しいものなんですけど」」

そして、目の前の妙齢の女性にも不審の目で見ずにいられないし、とげのある言葉もつい口に出してしまう。。

いくら僕が悪いとはいえリリアン女学園…こんな「お嬢様学校」で性別を偽って三年間生活しなきゃいけないなんて…正気の沙汰とも思えない。

「ええ、こちらとしても前代未聞のことなのだけれど…でも…」
梶浦先生は目を閉じて考えてた後、言った。

「教育者としては迷える子羊を放って置くわけにはいきません。
 信仰者としてはせっかく与えられた機会を逃すわけにはいきません。」

「…どういう、意味ですか?」

目の前の女教師の心からの言葉という事はわかったけれど…意味がまったくわからなかった。
リリアンの生徒ならば理解できるのだろうか?

「不登校を繰り返した貴方に、その質問をする権利はありません。違いますか?」
「っ……」
その事実をを持ち出されると…つらいものがある。

「教育者として貴方へは一つだけ、貴方は、貴方の矜持にかけて。他の子を傷つけないように行動すること」
「不登校をするような人間に、そんな教示があると本当にお思いですか?梶浦先生」
「あるわ」
梶浦先生は、正面からこちらを見据えて断言してくる。

「傷つけられたことがある人は、人の痛みがわかるようになるのよ。今の貴方のようにね」
その言葉に、ただうなだれることしかできない。


「貴方の性別のことを知っているのは私と、学園長先生、そしていま貴方の横にいる度曾わたらいさん…三人だけです」

状況について説明されている時にも…緊張のせいか現実味が沸いてこない。

「…以上です。わかりましたか?」
「わかりました」
「二人の荷物はもう寮に届いています。また、寮監の久保栞さんには伝えてあります…場所は度曾わたらいさんがわかるわね?」

「はい、大丈夫です」
「では。お行きなさい……今日からあの寮が新しい『家』です。あなたがたに平安と祝福がもたらされますように」

平安と祝福を……か。今の状況にこれほどかけ離れた言葉もない。
そんなことを思いながら、学園長室を出ようとすると…

「待ちなさい」

梶浦緋紗子先生はこちらを呼び止めた。
その様子に、今までの事が全てなかったことにされるのではと、少し期待してしまう。

「信仰者としても貴方に一つだけ…もっとも貴方はこれを聞くこともできるし、聞かないこともできる…聞くか聞かないかを選びなさい」

変なことを聞くものだ、その言葉の意図がわからずつい黙ってしまう。
「貴方はわかっていない…信仰者としての言葉は聞く者の心に刻まれるもの。
 聞かなかったことにする事はできません」

そんな言葉は、精神的に追い詰めてくる悪意のこもったものしか知らない。
それでも、どうしても、期待して、先を促してしまう。
大嫌いなはずなのに。

「貴方を取り巻く状況は謎めいていますが、『真実な方』は決して耐えられない試練をお与えにはなりません。(※1)
 貴方をここへ導いた運命はきっと、貴方の味方です」

…どうやらこの先生にはこちらの考えていることはお見通しらしい。
平安と祝福を望めないなら……せめて希望を持てというのだろう。



この時に緋紗子先生の言葉の意味を知ろうとしなかったのは
信仰者の言葉を、教育者の言葉と軽く考えてしまったことへの、


罰だったのかもしれない。






侍女であり、今年からリリアンの女学園の一年生となる史と一緒に…ついに寮の玄関先に立つ事になってしまった。


「ここが……」
「はい。今日から三年間。千早さまにお住まい頂く学生寮です」
扉の前で、深く呼吸をして落ち着こうとしたけれど、喉に何かが詰まったみたいな不快さが残る。


母さんは『とてもいい所』と言ったけど…ここの人たちが性別を偽る人間にやさしくしてくれるほどいい人たちとは思えない。
これから三年間。騒がず目立たず、地蔵のようになって生きていこう。
でも、この時点まで自覚していなかった何かが引っかかる。


これは、予感だ。
これ以上進めば…この扉の向こうに在る者によって…僕は破滅することになるという。
それでも、進むしかない。

意を決して、扉を開ける。



「はじめまして〜、こんにちは〜、ようこそ〜。それからついでにごきげんよう」
扉が開けて中に入ると、少し日焼けした明るい感じのリリアンの生徒が元気に4通りの挨拶をしてきた。

しかし、何か変だ。その人は後ろに手を回している。
まるで何かを隠すかのように…

「私は上岡由佳里。あなたは度曾史わたらいふみちゃんで間違いない?」
「はい。私が度曾史わたらいふみです。」
上岡由佳里と名乗った少女は、なぜかはわからないけれど、史をご指名だ。


「じゃあ、これをどうぞ」

上岡由佳里と名乗った少女は、後ろに回していた手を差し出し、その手にあるものをこちらに向ける。
小さな円錐形の紙容器にヒモ…それが何なのか認識する前に…

ぱんっ

火薬の弾ける音が鳴り、銀色の線が舞う。
硝煙のにおいがする、パーティー用クラッカーのようだ。


「寮にようこそ〜!」
突然、横合いの階段から、そんな声がかかる。
そちらを見ると、別の少女が巨大な筒を向けていた。

あれってまさか…ステージ仕様のクラッカーじゃないか!?

あっけに取られているうちにクラッカーから爆発とともにすごい量の線が飛び出し、視界が金と銀で覆われる。

普通あんな物をここで使うか!?

「まりやお姉さま、やっぱりやりすぎですよう。史ちゃんが固まってます」
え…まりや…おねえさま?

「史ちゃんの毛だらけの心臓はこの程度で止まったりはしないわよ。お久しぶり史ちゃん。ようこそ歓迎するわ」
毛だらけの心臓・・・史をそんな風に表現する心当たりは一人しかいない。
しかし、その人は決して、顔を合わせてはいけない人のはずだ。
そしてこの声は…聞き覚えがある。

その巨大クラッカーを炸裂させた破天荒極まりない少女は、史の側にやってきて語りかけて…僕はその顔を認識し…。


…運命を呪った。

玄関で待ち構えていた少女に輪をかけて活発さを感じさせるショートカットの髪。
愉悦を絶やすことのない、それでいて、不思議な気品のようなものを感じさせる表情。
その顔は、知りすぎるぐらいに知っているものだった。

「…神さま。もう少しだけ史に時間をください」
「ちょっと史ちゃん、何を祈っているのよ?」
「お願いです、この史の悪夢から消え去って頂けないでしょうか?」
「あちゃー。特注品のクラッカーDXはやりすぎだったか…史ちゃんがここまで壊れるなんて…」
違う…史をあそこまで動揺させているのはアナタの存在そのものです。


その人は、今の史と会話が成立しないと判断したのか、こちらに向かって…

「ごめんなさいね、史ちゃんををびっくりさせようとして…結果的にあなたも巻き込ん…
…!?………!!!」

不自然に言葉が切れ…その表情はみるみる厳しく困惑と疑念に満ちたものになっていく。



「ぶっ…くっ………く……」

目の前には、見知った従姉妹。
歯を食いしばり…胸に手を当てて必死で笑いをこらえている。

これで…何もかも終わりだ…。
いっそのこと、この導火線に火がついた爆発物は…さっきのクラッカーのひもを引っ張るように、爆発させたほうがいいかもしれない…


「我慢すると体に悪いですよ、まりや従姉さん」
僕のその言葉が引き金になって…



「あっははははははっはははははぁ!!」


リリアンの淑女のものとは思えない大爆笑が、寮に響いた。






あとがき

千早お姉さま、まりやお姉さまと再会です。
期待しないでお待ちください。

※1 聖書 コリント人への手紙 10章 13節
神は真実な方ですから、あなたがたを耐えられないような試練に会わせることはなさいません。

2011/05/09 緋紗子先生との会話を修正

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