聖女をお出迎え

「お帰りなさい。白薔薇さまロサ・ギガンティア
「お帰りなさいなのです。白薔薇さまロサ・ギガンティア
「お…お帰りなさいませ。白薔薇さまロサ・ギガンティア

玄関には既に、上岡由佳里さんと周防院奏さん…あと一人の新入生らしき少女がいて…各々が思い思いに出迎えの挨拶をかけていた。
迎えられていた女性は普通の生徒とは違った雰囲気を持っている。

「お帰りなさいませ。白薔薇さまロサ・ギガンティア
「…お帰りなさいませ。白薔薇さまロサ・ギガンティア
「お帰り〜栞」

史にならって千早も挨拶をしておいた。
まりや従姉さんの挨拶が砕けた感じなのは、本人の性格ではなく付き合いの長さや親密さによるものなのかもしれない。


「ただいま、皆さん…そして新しく入った人達…」

白薔薇さまロサ・ギガンティアと呼ばれた久保栞さんは理知的でありながら…幸福を精一杯噛み締めるような…不思議な笑みを浮かべて挨拶を返し、周防院奏さんと上岡由佳里さんの隣にいる新入生らしき生徒の前に立つ。

「栞さま。こちらが新入生の…皆瀬初音みなせはつねちゃんです」
「こ…こんばんは…」
皆瀬初音と呼ばれた気弱そうな少女は上岡由佳里さんに紹介されるけれど、久保栞さんに近くで見つめられ、うつむいてしまう。

「はじめまして、初音ちゃん。私が白薔薇さまロサ・ギガンティアだからといって、かしこまることはないですよ。
顔を上げて、私を見てください。
親や生まれた場所が違っても、私のことを家族と思って下さるのなら…」

皆瀬初音さんはその言葉に驚いて顔を上げ、久保栞さんの笑みを間近で見て驚きと安心と嬉しさに満ちた複雑な表情になる。

他の人がそんな事を言えば、初対面の人に対して馴れ馴れしい…と反抗回路に切り替わりそうなものだけれど…久保栞さんなら不思議と悪い感じがしないと思ってしまう。



そんな初音さんに満足したのか、今度はこちらを向いて。初対面のリリアンの新入生二人…妃宮千早きさきのみやちはや度曾史わたらいふみを確認してきた。

「簡単に紹介しておくわね、栞。
この子達は妃宮千早ちゃんに度曾史ちゃん。あたしの知り合いとその侍女よ」
「妃宮千早ちゃん…御門まりやさんを知っているのですね…そう、貴女が…」
なぜか久保栞さまに違和感を感じる。まりや従姉さんの紹介を聞いてはいるのだけれど、会話に反応して表情が全く変わってないからかもしれない。


「私は久保栞です。御門まりやさんにはすごくお世話になりました」
驚いた…リリアンの生徒会長の一人に、あのまりや従姉さんがここまで信頼されているなんて…。

「妃宮千早ちゃん。あなたは御門まりやさんと…姉妹のような関係だと思っていいのでしょうか?」
その質問の意図が分からず…その目にこちらの内面を見透かされているように感じてしまう。
でも、その印象が今まで会ったどの人とも違ったものだからだろうか?
不思議と恐怖は感じない。

「どうして…そんな質問を…?」
そんな微笑にほだされたのか、つい。思ったことを口にしてから。質問を質問で返す非礼に気づいてしまう。

「梶浦緋紗子先生は、貴女のことを『迷える子羊』とおっしゃりました。
そんな貴女に愛があるのかどうか、確かめてみたくなりまして」
僕と…まりや従姉さんの関係…。愛といえるものがあるだろうか?
そんなこと、言葉で説明できるものじゃない…。


どう答えればいいのか分からないで困っていると、栞さんはうなずいて…

「よかった…それはきっと、家族愛に近くて、貴女の身近な人達全員へのものなのでしょうね」


…言い当てられてしまった。

僕と…母さんと…史と…もう戻ってこない人のことを…。

…適切な言葉を当てはめられてしまった。



「わからない…よりどころという意味でなら…あるけれど…」
栞さんのその言葉が正しいとわかっているのに…それを認めたくないと…認めれば大切な物が壊れてしまうと…本能的な恐怖を感じてしまって、震えた声でそんな事を言ってしまう。

言ってしまってから、嘘ではないにしろ、この人の前で偽証に近い発言をしてしまった事に罪悪感や自己嫌悪を感じる。


でも栞さんは、そんな様子も予想していたかのように柔らかな表情を変えない。

「でしたら差し上げます。耳を貸してくださいな」
よく分からないけれど、栞さんの言葉に従って…微笑むばかりの久保栞さんの口元に耳を近づけてみる。

「あなたに、安らぎを…」


頬にやわらかい感触…

唇が…触れた!?


周りの人たち、史ですら、魂を吹き飛ばされたというような顔をしている。
まりや従姉さんでさえ、同じだった。








「千早さまは嫌がりませんでした」
「だって、信徒にやる挨拶みたいなものじゃないか!?」
「理由になっていません」
「付き合いが三年目のあたしの知る限り、栞がリリアンに来てからキスなんて一度もないわよ」
予想できたことだけど…部屋に戻るなり。史とまりや従姉さんの糾弾が始まった。
内容はもちろん、久保栞さんの…さっきのキスである。


「役得だと考えたように見えます」
「モノにしようと考えたくせに」
「いやそれは誤解です」
人間、敗北するとわかっていても主張しなければならないことはあるものである。


「それにしてもヘンだな…栞はあんな過激なことをしないと思っていたのだけど」
「史が推測しますに、姉妹スール以上に親密な関係だという噂である…まりやお姉さまの影響かと…」
更にまりや従姉さんの意外な事実…。
この明朗快活にしてがさつなまりや従姉さんが、あんな繊細な…あの生徒会長と親しいなんて…。

「うぐ…史ちゃん…あなたはいい子だけど…。たまに心に深く言葉を突き刺してくるわね」
「申し訳ありません。善処いたします」
確かに、それは僕も思います。


「でもこうなったらなおさら、栞には絶対バレないようにしないと。
あの子は優しいけど、同時にものすごくデリケートなんだから。
栞が男とキスしたなんて知ったら自殺モンよ」

じ…自殺モンって…大げさな。


「史の聞く所では、あの方はすごく敬虔なクリスチャンでいらっしゃいます。
 あのような形での男女の接触は絶対に禁忌のはず…お気をつけくださいませ」

って…本当に自殺ものなのかもしれないの!?





あとがき
久保栞さまの聖女パワーが炸裂…

最近壊れた久保栞さましか書いてなかった影響か…迷える変態子羊千早ちゃんに、過激なアタックを仕掛けてます。


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