新たな妹達?

「寮生は、全員来る事になっているのかしら?」
紅薔薇さまロサ・キネンシス小笠原祥子おがさわらさちこさまが確認をなさる声が、薔薇の館の二階に響く。

「はい、今日は全員出席していますから」
答えるのは、白薔薇さまロサ・ギガンティアの久保栞さま。

「山百合会メンバー以外が8人か…そんなイベントはバレンタイン以来だね」
楽しそうに…黄薔薇さまロサ・フェティダ支倉令はせくられいさま。

「令、浮かれないの。貴女の言動一つが山百合会の評価に結びつくのよ」
「未来の薔薇の館の一員になるかも知れない子達が来るんだよ。祥子は心躍らないの?」
そんな風に言い合う紅薔薇さまロサ・キネンシス黄薔薇さまロサ・フェティダだけど、程よくバランスが取れているからかえって安心する。

「二年生は上岡由佳里かみおかゆかりさんと周防院奏すおういんかなさん…一年生は皆瀬初音みなせはつねちゃん・妃宮千早きさきのみやちはやちゃん・度曾史わたらいふみちゃん・七々原薫子ななはらかおるこちゃん…そして柏木優雨かしわぎゆうちゃん…」
久保栞くぼしおりさまの妹にして白薔薇のつぼみロサ・ギガンティア・アン・ブゥトン藤堂志摩子とうどうしまこさんが確認をとっていく。

「七々原薫子ちゃんは、周防院奏さんの妹になったみたいだよ」
不肖、小笠原祥子さまの妹にして紅薔薇のつぼみロサ・キネンシス・アン・ブゥトン…私…福沢祐己ふくざわゆみが新着情報を付け加える。

「中でも妃宮千早ちゃんは…『白銀公』だなんて呼ばれているらしいわね
 周防院奏さんの話によると…」
更なる情報を述べるのは、支倉令はせくられいさまの従姉妹にして妹、黄薔薇のつぼみロサ・フェティダ・アン・ブゥトン島津由乃しまづよしのさん。
『白銀公』…なんて、特徴的な二つ名。


「『一目見ればその理由がわかるけど千早ちゃんは…いや、やめておきます。
 私の言葉が、本人を前にした感動を妨げるといけないから』なんて…どういう事なのよ…」
島津由乃しまづよしのさんが、周防院奏さんから聞いた情報をそのまま伝えてくる。


そうこうしているうちに、階段のきしむ複数の音…

すぐに全員、余所行きモードに切り替え完了。

次いで、丁寧なノックの音が響いてくる。

さあいらっしゃい、新たな妹達。

「どうぞ、お入りになって」
優雅に…丁寧に…そしてほんの少しの厳かさを加えた声をかけるのは、薔薇の館を代表するお姉さま。


「失礼致します」
少し上ずりながらも洗練された…新入生らしい初々しさの混じった声と共に、
扉を開けて、異邦人じみた美少女が姿を現して…


…思わず、見とれてしまった。

(何て綺麗な…銀色の髪…)

一目見て、わかってしまった…この子が『白銀公』なんだ。


その日本人離れした外見のリリアンの制服を着た少女は、薔薇の館の雰囲気と調和して…物語の中からでてきたような印象を与えてくる。



「人の顔を見つめるのはあまり適切ではなくてよ」
小笠原祥子さまの声に、我に返り、あわてて周りを見渡す。

見とれていたのは福沢祐己だけでなく、島津由乃さんと支倉令さん…黄薔薇姉妹もだったらしい。


「ごきげんよう、驚いたでしょ?」
そんな声と共に、次は御門まりやさまが入ってくる。
その表情から推察するに…本来なら白薔薇さまロサ・ギガンティアを除く寮の最上級生の御門まりやさまが先頭で入ってくるという予想を裏切り。
外見が特異な『白銀公』に最初に入室させるという…なんともお茶目なイタズラをやらかしてくれたらしい。

寮に住んでいる白薔薇さまロサ・ギガンティア、そして異邦人を見慣れている紅薔薇さまロサ・キネンシスにはあまり効果がなかったみたいだけれど、
少なくとも3人は、視線を釘付けにされてしまいました…

「まったく…御門さんの遊び好きには恐れ入るよ」
…と、これは支倉令さま。
そんなやりとりをしているうちに、他の7人も次々に入室してくる。

そのうちの2人は祐己もよく知っていた。
同級生の上岡由佳里さん、陸上部所属の御門まりやさまの妹。
同じく同級生の周防院奏さん、演劇部に所属している『白菊の君』。

そして、周防院奏さんの隣にいる背の高い新入生は、昨日遠目に見た七々原薫子ちゃん。

残りは白銀公こと妃宮千早ちゃんに…
大人しそうなのは皆瀬初音ちゃんと度曾史ちゃん…そして…

あれ…?あとは例の柏木優雨かしわぎゆうちゃんだけのはずだけど…あと2人?

「ごきげんよう、祥子お姉さま」
縦ロールが特徴的な子は、そんな事を言って祥子さまの前に進み出た。

「あなたは寮生じゃないはずだけれど…瞳子ちゃんは何をしに来たのかしら」
小笠原祥子さまの話し方から推察するに、この瞳子ちゃんは祥子さまと知り合いらしい。
どうやら招かれざるお客様が一人、紛れ込んだみたい。

「祥子お姉さまのお顔をも見たかったのもありますけど、優雨を放っておけませんもの」
『祥子お姉さま』と…『優雨』…随分親しいらしい。
あと、その呼び方は妹としては内心穏やかでいられない。

「相変わらず仲がいいのね」
しかし…身内特有の馴れ馴れしさは更に続く…


「ごきげんよう、さちこ」
柏木優雨かしわぎゆうちゃんと思われる、小柄な新入生はいきなりとんでもない挨拶を口にした。

さ…祥子…よりにもよってお姉さまを呼び捨て…
先代薔薇さま達…水野蓉子さまや佐藤聖さまならわかるとして、一年生が…紅薔薇さまロサ・キネンシスを呼び捨てだなんて…

言われたお姉さま…祥子さまですらあまりの言葉に固まってる。
しかし、それがただの開幕でしかなかった事を、目の前にやってきた優雨ちゃんによって思い知らされる事になる…

「あなたが、ゆみ?」

今…何と言ってくれましたかこの一年生…?
あまりに予想外だったせいで…自分の名前を呼ばれた…しかも呼び捨てだった…ということをとっさに理解できなかった…
どうやら柏木優雨かしわぎゆうちゃんも、柏木優かしわぎすぐるさん同様、一筋縄ではいかない性格をしているみたい。

「私はゆみに会いたかった。さちこは会う度にゆみのことを話してたから」
祐己の動揺などお構いなしに、柏木優雨ちゃんは意外な事を口にする。
小笠原祥子さまは、優雨ちゃんと会う度に祐己のことを話していた?
え…自分はどういう風に言われていたのだろうか。

「え…じゃあ、祥子さまは何と…」
「ゆみがいると元気をくれる…」
「余計な事は聞かなくていいの祐己」
停止から解けた小笠原祥子さまがすかさず優雨ちゃんを止めてきた。

不機嫌を装っているけれど、明らかに焦ってる。
黄薔薇さまロサ・フェティダと御門さまは笑いをこらえているし…。

「さちこは照れてるから気にしないで」
侮り難し優雨ちゃん。祥子さまの不機嫌の混じった無表情を見抜いた上で的確にフォローしてくれた。
もっとも、山百合会に入りたての頃ならともかく、今の祐己にそんな気遣いは必要なかった…


それよりまずい事に…さっきの言葉はお姉さまにとってはフォローどころか…
祥子さまのことを理解していて、しかも目上の人…たとえば前紅薔薇さまロサ・キネンシスの水野蓉子さま…ぐらいしか言ってはならないはずの…
心の防壁を取り去る危険句だ…

「誰が照れてるのかしら?」
うわ…お姉さま。
一年生6人を前にして…うち2人は顔見知りとはいえ…不機嫌モードはまずいです…

「悪意がないのは紅薔薇さまロサ・キネンシスもわかっておられます…
でも、いけませんよ、悪意がない分、悪意をはるかに上回るショックをあたえてしまうものなのです」
「そうなの?ごめんなさい」

さすがは、白薔薇さまロサ・ギガンティア
こういうときの不適切な発言は更に事態を悪化させる事を承知の上で、言葉を選んでフォローしてくれた。

「ずいぶんとうまく打ち解けたものね」
「御門さんをはじめ、寮のみなさんのおかげでもあるのですけれど」
事実、矛先が白薔薇さまロサ・ギガンティアに向いたけど、それも円滑に流してくれる。


「では、気を取り直して、新たな妹達の事情を聞かせてもらいましょう」
黄薔薇さまロサ・フェティダが切り出して、まず、柏木優雨ちゃんについて尋ね始めた。


昨日、柏木優雨かしわぎゆうちゃんが寮にやってきた事にいての経緯を御門まりやさまが説明なさる。
驚いた事に、昨日柏木優かしわぎすぐるさんが寮にやってきて簡易の手続きを行ったらしい。

「女子寮への突然の訪問なんて…あの人は何を考えているのかしら…」
その点において、祥子さまは心中穏やかではないらしい。

「緊急事態でしたからね、実際その判断は間違っていませんでした。
 優雨ちゃんのことについて気をつけるべきこともいくつか聞きましたし」
「気をつけるべきこと…といっても、私達が気を遣うことはあまりないんじゃない?」
令さまが確認してくる。

「え…でも、今まで医療施設に居たって…」
つい、そんな事を言ってしまうけれど、どうやら素人考えらしかった。

「そう心配する事もないわよ祐己さん。
 活動範囲はリリアンと女子寮との間に限られるし、四六時中誰かの目に触れるわ。
 体調を崩しても誰かがすぐに気付くことができる」
由乃さんが経験者らしくそんな事を言ってくる。

「それに、白薔薇さまロサ・ギガンティアの事だから万に一つの間違いもないように、
 登下校は寮生の誰かが付き添う取り決めを昨日のうちに作ったんでしょ」
祥子さまがそんな事をおっしゃり、栞さまはうなずく。
白薔薇さまロサ・ギガンティアの手際の良さにも驚いたけど、それを見抜く祥子さまにも驚かされる。
紅薔薇さまロサ・キネンシス白薔薇さまロサ・ギガンティア、性格が合わないんじゃないかと思ってたけど…何だかんだでお互いの事がわかっているらしい。


「何かあった時、責任を取らなければならないのは白薔薇さまロサ・ギガンティアよ…なんて事を口うるさく言うまでもないわね…
 強いて言うなら…私の従姉妹をお願い…といったところかしら」
その言葉に、祐己を含む薔薇の館のメンバーを含む全員が一斉に祥子さまにいぶかしげな視線を向ける。

…あの小笠原祥子さまが、こんな風に『頼み事』をするなんて…

「貴女達、私を独裁者みたいに思っているのかしら?」
初対面の寮生達にとっては微苦笑に見える物憂げな感じだけど、
山百合会メンバーには内に秘めた怒りが分かってしまう…絶妙な表情を浮かべてそんな事を言う。

「祥子お姉さまは私的な事情をリリアンに持ち込まないと思ってましたわ」
瞳子ちゃん、親しいのは分かるけどその呼び方は…

「今回の事は、仕方なく…よ。瞳子ちゃんや千早ちゃんを見る限り、その必要もなさそうだけれど…」
瞳子ちゃんに対してそう言って、柏木優雨かしわぎゆうちゃんの隣にいる松平瞳子まつだいらとうこちゃんと妃宮千早きさきのみやちはやちゃんを観察なさる祥子さま。


「『白銀公』…ね。正直、驚いた。失礼を承知で言うのだけれど…妃宮千早きさきのみやちはやちゃんが入ってきた時夢でも見てるのかと思ったもの」
「リリアンの制服もアレだけど、夜のほうはもっとすごいわよ。令」
黄薔薇さまロサ・フェティダに対して、御門まりやさまはそんな事をおっしゃる。

夜の方って…何だろ?…
「ああ、あの寝巻き…」
「あのお姫様ナイトウェアね」
「確かに…」
そこで、納得したかのように七々原薫子ちゃんや、上岡由佳里さん達。


「へえ…私服はもっと映えるんだ…見てみたいわね」
黄薔薇さまロサ・フェティダ即日勧誘キャッチセールスはご遠慮願います」
「人聞きの悪い事を言わないの。」
黄薔薇さまロサ・フェティダと、御門まりやさまも相変わらず…あと、妃宮千早ちゃんの私服は確かに見てみたい…

…寝巻き…お姫様ナイトウェア…覚えておこう。
そんな事を考えてると…

「ロサ・フェティダって…何?」

そんな…今までの会話とか…山百合会の存在意義とか…が破壊されかねないな爆弾発言が、七々原薫子ちゃんの口から飛び出した。



この間、6秒…



「薫子ちゃん…その事については。奏ちゃんから聞いたのではありませんか?」
気まずい沈黙からようやく、白薔薇さまロサ・ギガンティアが立ち直って尋ねる。

「教えましたが、共学だった中学校とあまりに違うあまり頭から抜け落ちているようです」
と、困ったように確認する奏さん。

「薫子ちゃん。お姉さまから教わった事をすっぱりさっぱり忘れるとは何事?」
見かねたのか、頭を抱えて御門まりやさまが注意なさる。

「まりやお姉さま、後でまた教えればいいのですよ」
「奏ちゃんは優しすぎる」
周防院奏さんと御門まりやさまの主張が食い違うけれど…


「リリアンの右も左も分からない外部編入の新入生に、山百合会のことを一回で覚えろというのは酷よ」
あれ?
あの小笠原祥子さまが新入生の肩を持った…?

「…やけにつっかかってくるじゃない。そんなに私のやる事なす事が気に食わない?」
ケンカ売ってるんですか御門さま!?…もっと言いようがあるでしょうに…

ああ…あの栞さまが『連れてくるんじゃなかったかな』というような感じの目で見てます。


「お姉さまも。リリアンや山百合会に入りたての頃は手を焼いたと聞いているもの」
そういえば、小笠原祥子さまのお姉さまにして、前の紅薔薇さまロサ・キネンシス水野蓉子みずのようこさまも中学までは共学だった。

あの水野蓉子みずのようこさまでさえ苦労したリリアンの理解、それを即座に行えというのは小笠原祥子さまの言うとおり酷というものだろう、

「薫子さんは知識よりも実践で習得するタイプのようです…こうやって本人を目の前にして人となりを感じて知っていけばいいと思います
 それに、私も久保栞さま以外の薔薇さまのことが知りたい」
七々原薫子ちゃんと同じ外部編入組みの妃宮千早ちゃんがそんな事を言ってくれる。


「では、改めて自己紹介といこうかしら…優雨にも説明しておかなくてはいけないし…」
『白銀公』の二つ名を拝名するその容姿の珍しさが功を奏したのか…
小笠原祥子さまは、あっさりと御門まりやさまに対する矛先を納めて、話を進めなさる。



「まずは私からね。」
そんな経緯で始まった山百合会メンバーの自己紹介だけれども…


「私は紅薔薇さまロサ・キネンシスの、小笠原祥子おがさわらさちこ…」
「え…もしかして、小笠原って…まさか…」

開幕いきなり波乱が発生した…

か…薫子ちゃん…今度は無知ですまされないよ…。
よりにもよって紅薔薇さまロサ・キネンシスの自己紹介を途中でさえぎるなんて…
小笠原祥子さまは校内で自分の家のことを持ち出されるのを極端に嫌う。

しかし、それは序の口だった…

「薫子ちゃん。一昨日と昨日に言った事をもう一度教えて差し上げましょうか?」
周防院奏さんの口から薫子ちゃんの発言を認識するやノータイムで…凛とした演劇ボイスが飛び出した…
あと…表情も演劇仕様の時の形容しがたいものになってる…

「あ…いえその…ごめんなさいっ!」
角度45度の見事なまでの最敬礼…無駄に凛とした声での謝罪…
…本当にこの姉妹、一昨日が初対面だったのだろうか?


「締めるべき所では締めるのね、見直したわ」
小笠原祥子さまにとっても、本年度最速のできたて姉妹スールのやりとりは意外だったのか
七々原薫子ちゃんの問題発言など忘れたように笑ってる。
お姉さまは気難しい所があるけれど、人の努力を無視できるほど冷たい人でもないのである。

グラン・スールになったらしっかりする傾向があるのって本当だったのね」
そんな風に感心する御門まりやさまだけど…

「御門さんと比べたら誰だってしっかり者に見えるわよ」
「謙虚さという点で薫子ちゃんの爪の垢でも煎じて飲めば?」
「あと、その傾向は御門さんにはあてはまりません」
「アンタらには優しさとかないの!?」
紅薔薇さまロサ・キネンシス黄薔薇さまロサ・フェティダ白薔薇さまロサ・ギガンティアの三薔薇さまの容赦のない口撃に思わず反論する御門まりやさま…自業自得です。

「さて、次は私…黄薔薇さまロサ・フェティダをやっている支倉令はせくられいというの」
小笠原祥子さまはあまり多くを語りたがらない事を察して、支倉令はせくられいさまが続けなさる。

「山百合会の他に剣道部にも所属している…と言うより。
 剣道部から前の黄薔薇さまロサ・フェティダに引き抜かれた…といったところかな?」
こちらは祥子さまとは一味違って、ちょっと崩した感じ。


「私…久保栞くぼしおりはこの薔薇の館では白薔薇さまロサ・ギガンティアを拝命しています…寮のみなさんへの自己紹介は済んでいますから次は祐己ちゃんどうぞ」
寮監生である久保栞さまは寮生達の顔見知りになっているようである。
だとすると、次はつぼみ3人だ。

「私は福沢祐己ふくざわゆみ紅薔薇のつぼみロサ・キネンシス・アン・ブゥトンです。去年の10月から山百合会に入ったから、この中じゃ一番所属期間が短いかな…」
お姉さまみたいな気高さも、黄薔薇さまロサ・フェティダみたいな快活さも、白薔薇さまロサ・ギガンティアみたいな清らかさも持っていない身としては。
当たり障りのない事を述べるしかない。

「私は島津由乃しまづよしの黄薔薇のつぼみロサ・フェティダ・アン・ブゥトンよ。黄薔薇さまロサ・フェティダの従姉妹でもあるの。よろしく」
白薔薇のつぼみロサ・ギガンティア・アン・ブゥトン…つまり久保栞さまの妹で、藤堂志摩子とうどうしまこです。
 他に所属しているのは…環境整備委員…です?」
そんな、つぼみ達のが自己紹介の後に…。


「さて、次は寮の新入生の番ね、趣味とか聞かせてもらえると有難いわ。
 この部屋に入ってきた順でお願い」
令さまがそんな風に続けた。
どうやら、目ぼしい一年生をピックアップするつもりらしい。
それに…入ってきた順っていうことは…トップバッターはあの『白銀公』?

妃宮千早きさきのみやちはやです。趣味は…色々ありますが強いて言うなら華道と料理です」
か…華道と…料理って…ものすごくオールマイティーじゃないの!?

「まさしくお姫様だね。その銀髪は隔世遺伝?」
そしてやっぱり令さまは『白銀公』に興味津々のご様子。

「はい、二代前に北欧の方がいまして…」
妃宮千早ちゃんのあの銀髪は、海外の血統によるものだったみたい。

「見事なものね」
小笠原祥子さまも内心は同じらしい。


次は、ヘッドセットを着用している表情の乏しい小柄な新入生が進み出た。
で…その子は普通な外見だったけど、その子が『白銀公』以上に強烈だったなんて思いもしなかった。

度曾史わたらいふみと申します。千早さまの侍女をしております」
「侍女…?」
途端、小笠原祥子さまの表情が険しくなるけど。
意外にも、度曾史わたらいふみちゃんは全く動じない。

「侍女って…まさか…あのお手伝いさんみたいな…」
「今の時代、そんなもの形式でしかないわ。主従というより姉妹のようなものよ。
 史ちゃんは文句言う時は言うし」
驚く令さまに、御門まりやさまが補足なさる。
…って、要するは二人はまがりなりにも主従関係であるからして…

「ほ…本物の良家のお嬢さま!?」
思わず、そんな風に声を上げてしまう。

「小笠原祥子さまのプティ・スールやっておいて、今更何驚いてるのよ」
あきれたように、こっちを見てくる由乃さん。
そりゃそうだけど、小笠原祥子さまには確か…同年代の侍女はいないわけでして…

「お手伝いはいるわよ…年は離れてるけど」
うっ…妹の不出来に頭を抑えながらお姉さまがそんな事を言ってくる。
ヘンなところで負けず嫌いの祥子さまらしいといえば、らしいけど。


柏木優雨かしわぎゆう、小笠原さちこさまと、とうことは従姉妹」
柏木優雨ちゃんが割り込む形で、そんな事を言ってくれる。
あ…上級生に対する呼び捨てがあまり推奨されないって気付いたんだ。

『あの』柏木優さんの実妹だから警戒してたけど、根はいい子らしい。
ただ…柏木優さんも根以外に問題がありすぎるのだけれども…。

柏木優雨かしわぎゆうちゃんはもう大体説明が終わっているから、次」


次は、話題沸騰、最速のできたて姉妹スールの妹、背が高くて髪の長い…
「えっと…七々原薫子です。趣味は…今は止めているけど剣道です」

「ふうん…姿勢がしっかりしてると思ったらやっぱりそうか」
支倉令さまが、七々原薫子ちゃんに対してそんな事をおっしゃる。

「リリアンには剣道部があるのだけれど…入部する気はない?
貴女なら多分、エースを狙えると思うの」

うわ、令さま…薫子ちゃんの右手をつかんで真面目に誘ってる…
そして、隣の由乃さんがただならぬ視線を向けてる…
あと、七々原薫子ちゃんは呆然として令さまを見てる…

「何ギラギラした目で新入生を見てるのよ令ちゃん!勝手に勧誘しないの!」
由乃さん由乃さん、勝手によそ行きモード解除しないで…という視線を送るけど。
由乃さんは気付いてくれない。
何より、『令ちゃん』はまずいです。

「失礼な。濁点だくてんは余計だね…と言いたい所だけれど…
 大人気なかった…最速の出来立て姉妹スールを誘うのはマナー違反だってわかってるつもりだったのだけど…」
…とはいえ、お嬢さま学校のリリアンにおいて、剣道部は敬遠される傾向にある。
つまり、部員の確保は…特に新年度の初めは…かなり重要な問題みたい。
もっとも、本年度は剣道部のエースである支倉令さまが黄薔薇さまロサ・フェティダを勤めているから、その心配は杞憂のはずなんだけれども。


「興味があれば、いつでも剣道部に来るといい。道場は万人に開かれているから」
「それ栞のセリフでしょ。『教会は万人に開かれてる』」
そして、格好良く締めたつもりで、御門まりやさまが呆れて付け加える。

次は…色白の…大人しそうな子だ。
柏木優雨ちゃんと比べれば健康的ではあるけれど、深窓の令嬢といった雰囲気を感じさせてくる。
あれ?でもなんか見覚えがあるような気がする…

「み…皆瀬初音みなせはつねですっ。幼稚舎からリリアンに通ってますっ……」
どもりながら、そんな事を言う。
まあ…高等部に進学した途端、薔薇の館につれてこられたらこうなって当然。
全く動じてない妃宮千早ちゃんとかが特別なのだ…と思いたい。

「やっぱりあなた、幼稚舎からずっと私達の一つ下だったのね。
だとしたらどうして高等部に入ってリリアンの寮に…あ…ごめん」
これは、由乃さん。
お嬢さま学校であるリリアンにおいて寮に入る子たちは、何らかの特別な事情がある傾向が強い。

例えば久保栞さまや周防院奏さんのように…親がいないとか…。

そんな一年生の家庭事情を詮索するという配慮に欠けた事をしてしまったことを謝った由乃さんだけど…
ちらりと…由乃さんがほんのわずかに久保栞さまと周防院奏さんに向けた視線を見て…思う。
…多分、由乃さんのさっきの発言は故意だ。

「し…死別とかじゃないですっ。理由はお父さんとお母さんの海外転勤なんですからっ」
皆瀬初音みなせはつねちゃんはそんな風に慌てて応えるけれど…
付き合いが密接な祐己には先程の発言の意図がわかってしまった…つまり誘導尋問である。

「由乃だってギラギラした目で新入生を見てるじゃない」
濁点だくてんは余計!」
そんな由乃さんの意図を令さまも感じ取ったのか…呆れたように言う令さまと、焼き増し発言をする由乃さん…ただし、さっきとは立場を変えて…。
相変わらずの、黄薔薇姉妹の会話を聞いて確信する。
珍しく、由乃さんも新入生に興味津々らしい。


そんなに、妹探しにおいて周防院奏さんに先を越されたのが悔しいの?
由乃さんらしいといえば、らしいけど…


「次に行きましょう」
放っておくと長くなる事を見越して、久保栞さまが先を促す。
あれ、でも寮生は全員自己紹介が終わっているはずだけれど…

松平瞳子まつだいらとうこちゃんは寮生じゃないわ」
瞳子ちゃんには酷だけど、遠まわしに『勝手に入ってきたのだから控えなさい』と述べる祥子さま。
公私混同のけじめをつけるのは祥子さまらしいけれど…。


紅薔薇さまロサ・キネンシス、あまり新入生達を困らせてはいけません」
「仲間外れはあたし達の望む所じゃないわ」
でも、寮生を代表するお二人…久保栞さまと御門まりやさまが異を唱え…

「そういう訳で瞳子ちゃん、どうぞ」
令さまがうながす…ほぼ満場一致で、瞳子ちゃんに番が回ってきたみたい。

松平瞳子まつだいらとうこです。演劇部に入部する予定ですの、
 この場の中では祥子お姉さまと、優雨と親戚です」
柏木優雨ちゃんが、祥子様に対する呼び方を改めたと思ったら…今度は瞳子ちゃんの『祥子お姉さま』が、気になって仕方がない…

「そして妃宮千早きさきのみやちはやさんとは、昨日お友達になれた所です」
「気が早いのね、初日に外部編入の子と仲良くなるなんて」
確かに…
初日に姉妹スールになった周防院奏さんと同じぐらい、積極的だ。
あ…周防院奏さんといえば…。

「演劇部の『白菊の君』と、部活動をご一緒できるのを楽しみにしていますわ。周防院奏さま」
この場にいる、周防院奏さんも演劇部である。
去年の文化祭において素晴らしい演技を見せ…裏で色々と問題のあった山百合会主催の劇の埋め合わせをしてくれたのだった。

「あまり期待しないで欲しいのですよ」
もっとも、周防院奏さんは、久保栞さんと同じくらい控えめな性格をしている。
なんていうか…自分を前に出すタイプの瞳子ちゃんとは正反対の印象を与えてくる。

例えば、祐己の前に薔薇の館にいた、祥子さまの妹だった人ように。


そんな、祐己の考えに反応してしまったのか、あってはならない発言が飛び出した。

「ところで、たかこはどうしているの?」
…いきなりな、問題発言に、山百合会メンバー全員の表情が厳しいものになってしまう。
大まかな事情を知っている周防院奏さんや、御門まりやさまも気まずそうだ。

そんな悪意のなさ過ぎる発言をかますような子は一人しかいない。
くだんの、柏木優雨ちゃんである。

小笠原祥子さまの前で、かつての妹だった厳島貴子さんの事を話すのは禁忌タブーの中の禁忌タブーである。
小笠原祥子さまの姉である水野蓉子さまでさえ、扱いに困っていた程の。
それをなんの予告もなくばっさりとやってしまう柏木優雨ちゃんは…悪意がなさ過ぎる分タチが悪すぎる…。

皆瀬初音ちゃんでさえ驚いている。
ああ…やはり去年の10月にリリアンを震撼させた…小笠原祥子さまと厳島貴子さん姉妹スールの破局の知らせは、中等部にまで届いていた…

「貴子さんとは、どなたの事ですか?」
気まずい沈黙の中、事情を知らない妃宮千早ちゃんも、そんな事を言った。

まずい…この白銀公までその話題に興味を持ってしまっては収集がつかなくなってしまう…


しかし…
「祐己の前の私の妹よ、去年の夏休みまで、薔薇の館にいたわ」
小笠原祥子さまが、貴子さんの事を話してる!?

「でも。貴子は家族の方に反対されてしまった…結局、私の妹を辞めなければならなかったの」
しかも、一年生の前で裏事情まで話してる!?


「驚きましたよ、紅薔薇さまが厳島貴子ちゃんの事を話すなんて…」
「私は貴子ちゃんの家族の反対によるものだったなんて知らなかったのだけれど…」
祥子さまを良く知る薔薇さま達にとっても、驚きだったみたい。

そんな山百合会のメンバーの心配に反して、祥子さまは断言する…
「貴女達、私を何だと思っているの?互いに別の人を姉妹スールに選んだ今ではもう済んだ事よ」
…一方的にロザリオを返した厳島貴子さんを許した…と。


「それに。新しい妹達を迎えるに当たって、いつまでも過去の事を引きずっているなんて知れたら
 卒業したお姉さま方に笑われてしまうわ」
もちろん、前の白薔薇さま…佐藤聖さまはともかく、前の紅薔薇さま…水野蓉子さまは厳島貴子さんの事で笑ったりなどするはずがない。

一年生への、山百合会への敷居を下げる気遣いも感じられる。
やっぱり、お姉さまは素敵だ。


そんな、快調なお姉さまの事もあり、薔薇の館に新入生との会話が自然と弾んでゆく。
柏木優雨ちゃんの事も含めて、心配は無用だと思うのだった。







あとがき
メインキャラの大半、ここに終結。
タイムテーブルの人物欄がえらいことになっております。
1つのタブに14人…ネタですか?
まさかこの中に男が一人混じっているとは思うまい…

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