放課後の予定は? 「ごきげんよう」 そう声をかけて2年松組に入室すると…周防院奏さんの机を囲むようにクラスメイト達が話の輪を咲かせていた。 その話題は、すぐにわかった。 「素敵です…妹と一つ屋根の下なんて…」 「まるで本当に、実の妹のようね」 …周防院奏さん…きっとクラスで唯一『お姉さま』と呼ばれるようになった人の実体験談である。 「しかも会って初日にロザリオ授受なんて…」 「思ったよりも大胆ですわね」 最速のできたて姉妹のことは、もう教室中に知れ渡ってしまっているらしい。 「イメージだと、奏さんってかなり妹を甘やかしそうだけど、その辺りどうなのよ?」 お姉さまの支倉令さまに甘やかされまくってる…由乃さんがそれを言う? 「少し耳に痛いです。今日も薫子ちゃんを起こしに行きましたし」 そして再び飛び出す爆弾発言 「妹を…」 「起こす?」 「それって…」 「なんて…」 リリアンにあるまじきざわめきが2年菊組に広がっていき… 「「「「うらやましい」」」」 声をそろってることは置いておいて… なんだか奏さんによる惚気劇場になってない? 「盛り上がりに水を差すのは悪いけど…ここで解散よ、 ほら、由乃さんもこうやって不機嫌に解散を促してる… あれ?『祐己さんが来たら』? 「申し訳ありません。みなさん…由乃さんと祐己さんに話さなければならない事がありまして…」 そうやって立ち上がり、由乃さんと一緒に祐己の方に向かってくる。 どうやら。奏さんは、祐己のことを待つ傍ら、妹のことを話していたらしい。 「今日の放課後、私達寮生は全員、薔薇の館を訪れる事になっているのです」 廊下…ではなく、他の人に聞かれないよう中庭にまで出て、奏さんはそんな事を言ってきた。 「あれ?年度初めに寮生による薔薇の館訪問なんてあったの?」 福沢祐己は、去年の秋に山百合会に入ったので年度初めの行事は未体験である。 しかし、ここ最近の山百合会での連絡事項では、そんな予定はなかったはずだけれど。 「寮生の代表である寮監が山百合会に報告をした事例が数年前にあったそうですが、近年はそんな趣旨の訪問はありません。 今年は…新しく入った新入生の報告を、寮生全員で行わなければならなくなったのです」 寮生全員で行わなければならなくなったという事は…昨日の時点ではまだ、決まっていなかったという事だ。 「その寮生の名前は柏木優雨ちゃん」 柏木…柏木って……もしかすると…もしかするの? 「由乃さん、何だかものすごく嫌な予感がするんだけど…」 「奇遇ね…私も同じよ祐己さん…」 現実逃避したくなる、不肖薔薇のつぼみ2人に対し… 「柏木優さんの実の妹です」 妹もちの周防院奏さんが容赦なく逃げ道を塞いでくれる… 「でも、祥子さまの婚約者である柏木優さんの妹がリリアンにやってきたからといって…取り立てて騒ぐ事もないんじゃない?」 由乃さんの言う通りだ。 あの柏木優さんの妹だからといって、色眼鏡で見られたりする事を希望するはずがない。 特別に顔合わせの機会を設けるなんて事、あまり適切とはいえないんじゃないかな? 「実は柏木優雨ちゃんは…健康上の問題を抱えているのですよ」 奏さんの話によると、柏木優さんの妹さんは生まれながらの虚弱体質で、リハビリ生活を続けてきていたらしい。 当然、小笠原祥子さまもそれは知っている…でも、昨日になって突然入寮したなんて知らないわけで… 「『もし、校舎内で何の前触れもなく優雨とさっちゃんが顔を合わせたら、さっちゃんはショックを受けるよ』…とのことです」 奏さん、演劇部の技能をそんな事に使わないで… 柏木優さんに似せたそのアクセントは結構気になる… 「って…もしかして奏さん。柏木優さんに会ったの?」 肯定する周防院奏さん。 「安心して下さい。寮生全員、 由乃さんなら、医療施設でのリハビリと学校生活とが、どれだけ違うか実感しているのではありませんか?」 こちらの内情を察してか、奏さんはそんな事を言ってくる。 「付け加えるなら…周囲の人達が…心配のあまり健常者の持つ可能性を否定してくるのが辛いわね」 由乃さんの言葉は一年前まで健康でいられなかった人ならではのものだ。 「訪問の趣旨は、柏木優雨ちゃんの入学を山百合会の人達への伝達すること…」 山百合会の人達…特に、小笠原祥子さまに対して…だと思う…。 「そして、リリアンでは同じクラスの人達が…寮では寮生達が…可能な限りのサポートをする事の報告です」 うわ…結構、仰々しい事になりそう…。 「…というのは建前で…本当は、久保栞さまは。水野蓉子さまの意思を継ごうとしておられるのですよ。 『開かれた山百合会』を目指すというその一環として…」 なるほど、新学期早々。新入生を含む寮生達が薔薇の館を訪れれば、薔薇の館の敷居を下げる事に繋がるという事か… 新学期早々、意識改革に乗り出してくるなんて、白薔薇さまは聡い方だ。 そしてそんな裏の事情も話す辺り、周防院奏さんは白薔薇さまに信頼されているみたい。 「…とすると。奏さんも…御門さまも来るのね」 目の前の当人、周防院奏さんと… 御門まりやさま…小笠原祥子さまの犬猿の仲のあの方…。 「あと、七々原薫子ちゃんもか…」 さっきまでクラスで話題になっていた、例の周防院奏さんの妹も。 「何か、聞きたい事がありますか?」 「一つだけ、最近寮に住むこの一人が、新学期早々『白銀公』の二つ名を拝命したと聞いたわ。 その一年生について教えて…」 山百合会メンバーの二つ名、『 それ以外の二つ名は固有のものが突発的に出てくる。周防院奏さんの『白菊の君』のように。 「一目見ればその理由がわかるけど ただ、二つ名は自分で名乗る物ではないというのが暗黙の了解になっている。 誰かが名前を進呈したり、周りがその名前で呼ぶうちに、二つ名は定着してゆく物なのである。 そんな事情があって、たった一日で二つ名が知れ渡るというのは余程の理由があると思わなければならない。 「いや、やめておきます。 私の言葉が、本人を前にした感動を貶めるといけないから」 意外なことに、周防院奏さんは言葉を切って、芝居がかった言葉でそんな事を言ってくる。 話題を思わせぶりに打ち切るなんて…マナー違反だという事が分からない奏さんじゃないはずだけれど… 「む…奏さん。妹ができたからって舞い上がってんじゃないの?」 由乃さんが不機嫌を隠そうともせずに詰め寄ろうとするのをあわててとめる。 「由乃さん、放課後までお預け…ということだよ」 新学期早々、クラスメイトが角突き合わせるのはいただけない。 放課後は、忙しくなりそうだった。 あとがき 顔合わせの準備その1です。 さり気に、マリア様の乙女がみてるにおける二つ名の設定を解放しました。 もともと、乙女はお姉さまに恋してるにあってマリア様が見てるにはなかった二つ名の設定ですが、二つの話を織り交ぜていくうちに、リリアンに相応しそうな設定に変えてみました。 ・本人が二つ名を名乗るのは基本的にNG ・他の人から進呈され、定着していくのが普通。 ・ ・認可するというような事はない。ただし薔薇さま達は信任投票があるので例外。 |