イン ライブラリー



「祐巳さん、あれ…」



放課後、由乃さんと一緒に志摩子さんの様子を見に二年藤組の教室へ行くと珍しい組み合わせが話をしながら教室を出るのを見つけた。






「本当に私などでよろしいの?」

一人は目当ての藤堂志摩子さん。
人目を引く優雅な外見はいつものままでお姉さまに暇を出されちゃってるようには見えない。

でも、昨日栞さまから事情を聞かされた今なら不安が態度の端から出てしまっているのが分かってしまった。



「志摩子さんは環境整備委員ですし、山百合会のつぼみでもありますから。
 ぜひ立ち会ってもらいたいとお姉さまが…」

もう一人は…映画女優もかくやというウェーブのかかった豪奢な金髪に整った顔立ち、佐藤聖さまに黄金薔薇とかロサ・ゴージャスとか言われていた祥子さまの前の妹、厳島貴子さん。
祥子さまに勝るお嬢さまオーラは健在である。



「…と言ってもあの方の頭の中身を理解しようなどと考えるほうが間違いですけど」
貴子さんは今のお姉さまに対して失礼なことを言ってるけど、その気持ちは分かる。
だって、厳島貴子さんのお姉さまと言ったらあのロサ・カニーナだもの。
白薔薇革命の時なんかいろんな人を掌の上でさんざん転がして楽しんでたし。



「大変ですね、普通でないお姉さまを持つと」
「お互い様ではありませんか?」
そう言って笑い合う美少女二人は見ていてほほえましいけど…志摩子さんの笑みは心からのものではないってわかってしまった。



それに、貴子さんは志摩子さん連れて何をさせるつもりなんだろ。
そんな事を考えながら由乃さんと尾行していると…



「貴子さまあ〜」
…この特徴的な縦ロールの髪型を思い出させる声はもしや…。



「瞳子ちゃん。演劇部はどうでしたか?」
ストレートに志摩子さんに接近する瞳子ちゃんに、貴子さんが話しかけてる。
そうか、新入生なら怪しまれずに志摩子さんを見張ることができる。
栞さまが新入生の手を借りたいと言っていた理由ってこれなんだ。



「圭さまが面白い方で期待してます。
 あと、昨日薔薇の館へ行きました。
 残念なことに志摩子さまはなぜかいらっしゃいませんでしたけど…」
瞳子ちゃん、その場で事情を知ったくせに…。



「私達はこれから図書室の整理をしなければなりませんので演劇部は休みます」

図書室の整理にどうして志摩子さんが立ち会う必要があるのだろう?
環境整備委員の手を借りるのなら分かるけど、山百合会の許可なんていらないと思うけど。




「じゃあ、瞳子も手伝います。いいでしょう?貴子さま」
「人手は多いほうがいいから、歓迎します」
そして堂々と志摩子さんの身辺調査を許可される瞳子ちゃん。






「貴子さんとあの縦ロール…顔見知りみたい…だとすると危険よ。祐巳さん」
隣で尾行している由乃さんがそんな事を語りかけてきた。

「危険って、どうして?」
「あの子から、本気で祐巳さんを蹴落として祥子さまの妹になろうとしているオーラが感じられるわ」
オーラって…、つまり目に見えない直感ということじゃない。

「そうかな?」
「現にあの子は厳島貴子さんと知り合いで同じ演劇部。
 事態が深刻になる前に貴子さんを味方に引き込んでおくべきよ」
「さすがにそれはないと思う…」
だって、引き込むまでもなく貴子さんは味方だし。


「祐巳さんは危機感がなさ過ぎ、さっきの時点であの縦ロールと祐巳さんの対決は避けられなくなったのよ。
 そういう訳で、私達もあの縦ロール調査に図書室へいざ突入」
なんか中途半端に熱くなりそうなフレーズを述べてひっぱっていく由乃さんに従い、仕方なく図書室へ入っていく。



なんだか調査する対象が激しく間違っている気がする…。











「手助け歓迎中よ。おまけにつぼみ三人に手伝ってもらえるとは光栄ね」

図書室にて、厳島貴子さんのお姉さま、ロサ・カニーナこと蟹名静さまが出迎えてきた。



「なんなのですか、これ?」

そんな風に聞きたくなる程、図書室はいつもと違った。
静寂こそ美徳とするべき図書室なのに、学年の混じった生徒達がにぎやかに本を前にして談笑している。

多くは図書委員だけど、ボランティアの人も多いみたい。
図書室の整理と聞いたけど、それなら会話もなく静かに行われるのを想像していただけに衝撃が大きい。

「整理しているのは卒業して行ったお姉さま方が寄付してきた参考書よ。
 今までの分が全部一つの本棚に詰め込まれていて利用するのに面倒だったし、リストもなかったから。
 どれをどこに配置するかの選別が大変なの。
 以前の薔薇さまのものも数多くあるから山百合会の助けがあるのはよかったわ」

なるほど、今から何年も前のお姉さま方が遺した役に立たない本もある。
でも、それを選ぶのが難しいんだろう。



「それに大まかな作業のやり方と選び方を書いてくれた人がいて助かったわ」

そんな事を言って蟹名さまが一枚のプリントを渡してきた。
手書きで作業の過程が、教科による分類、年度による分類、範囲による分類の分け方まで細かく丁寧に書かれている。
 手書きのノートのコピーみたいだけど、誰が書いたんだろう?






「紫苑さまがお書きになったのですしょうか?」

卒業していった水野蓉子さま達と同じ世代であり、成績優秀・眉目秀麗を絵に描いたような十条紫苑さまぐらいしかこんな物が書ける人は思い浮かばない。



「いえ、あそこにいる瑞穂さんが書いたのよ。編入生の宮小路瑞穂さん」

蟹名静さまが示したところを見ると、昨日の朝に白薔薇さまと一緒に登校していた瑞穂さまが瞳子ちゃんを初めとする子達と相談しながら参考書を選別している。



「彼、なかなかの切れ者だわ。図書委員に欲しいぐらいよ」

蟹名さまが彼なんてヘンな呼び方をするけど、この方がヘンなのはいつもの事だし、気にせず作業に加わる事にする。









「ごきげんよう、瑞穂さま」
「ご…ごきげんよう、紅薔薇のつぼみに黄薔薇のつぼみ。一日と半日ぶりですわね」
瑞穂さまと同じグループで作業を開始する前に、まずはあいさつを。

でも、瑞穂さまはまだ会話する事にすら慣れてないみたい。
「もう、おはようございますではないんですね、瑞穂さま。
 リリアンにはまだ慣れませんか?それとも困った事でもありました?」


「実は、整理のリストを世界史の授業中に作っていると紅薔薇さまに怒られてしまいましたの」



それは災難でしたね。
お姉さまは曲がったことが嫌い、授業中の内職なんて好ましく思わない。
更に自分より成績が上の人がやっているとなると…いじける…間違いなくいじける。


「いいのですよ、私などとは頭の出来が違うのですから…」
そんな祥子さまの言葉が浮かび上がってくる。




「お姉さまは春と秋に不機嫌になるので気にしないでください。
 それに事情を知ればお姉さまも分かって下さいます。
 このリストは良くできていますし」
「妹のあなたにそう言ってもらえると、助かりますわ」

瑞穂さまは安心したように胸をなでおろす。最初に会った時にはあまり注目しなかったけど、改めて見ると控えめな感じの美人だ。
特徴的なさらさらの髪など触ってみたい感じがする。



さて、作業開始…まずはプリントの指示通りに山と詰まれた古い参考書を教科ごとに分け始めた。



瑞穂さまは分けられた参考書を見通し、大まかな特徴をノートに記しながら隣の十条紫苑さまと会話している。



「瑞穂さん、この範囲は指導要領外ではありませんか?」
「そうですが、年々減少傾向にあるとはいえまた増えないとは限りませんし、他の全部を網羅しているので置いておくべきかと」
「なるほど…そこまで考えてませんでしたわ…あ、それはこちらにまわして下さい」
「わかってますわ、古文は得意でしたね」
今日が登校二日目なのに紫苑さまと瑞穂さまは不思議と息が合っているのはなぜだろう?




「祐巳さまに由乃さま、何をしに来たんですか?」
突然かけられた声に振り返ると瞳子ちゃんが参考書の束を持ってきていた。

「何って…その…整理作業をしに来たんだけど…」
う…ものすごく不自然な言い訳。
本当は瞳子ちゃんと志摩子さんの調査なんだけど…。



「ここの調査は瞳子に任せていればよかったのに、図書室にやってくるのはどうかと思いますよ。
 祐巳さまはただでさえ顔に出やすいんですからターゲットにばれたらどうするんです。
 本当にどうして…貴子さまのかわりがあなたなんでしょうか…」
そんな事を言い放つと、瞳子ちゃんは去っていく……きつい事言うな、瞳子ちゃん。
それに、厳島貴子さんと比べたら誰だって見劣りしてしまうじゃない。



「やっぱり危険よあの時代錯誤縦ロール。
 今の『あなたより、瞳子のほうが祥子お姉さまにあってると思うー』とでも言いたそうな感じだったわね。
 まったく…本当は昨日一番活躍したのが祐巳さんだって分かってるくせに…」
隣の由乃さんはそんな事を言ってくれるけど、それはさすがに言いすぎじゃないかな。

「…私はただ、遅刻しただけなんだけど…」
「祐巳さんは遅れてきたから聞いてないけど。
 昨日、祐巳さんが来るまで栞さまはあの話を打ち明ける直前になってしり込みして…話すのを迷ってたの。
 そこへ遅刻してきた祐巳さんの聖さまのあの伝言…」
ああ…それで栞さまはあんなに笑ってたの。
でもそれは祥子さまの言う通り「怪我の功名」なんだから瞳子ちゃんの言っていることが正しいと思う。






そんな考えは、何の前触れもない衝撃によって打ち破られた。

「あぎうっ!」

たまらず、あられもない声をあげてしまう…この抱きつき攻撃は…まさか昨日のリベンジにわざわざ聖さまがリリアンに侵入してきたとか…。




「ふふ…。聖さまがいなくなったからといって油断大敵ですよ祐巳ちゃん」




…後ろから抱きついているこの声は放っておけば何の問題もない危険ブツ…こういう人対策には無反応でいるのが一番だ。
だから、後ろから抱きしめられるままにされる事にしていると…



「許してあげて下さい。瞳子ちゃんは祥子さんと別れる直前に、貴子さんと仲が良かったのです」

…そんな事を、耳元でささやいてきた。




びっくりして後ろのヘンタ…もとい…十条紫苑さまの手から離れて向き直ると、雅で鋭い美しさに圧倒されてしまいそう。
外見が…ほんっっとに外見だけが祥子さまと似ているんだから困る。



十条紫苑さま、鳥居江里子さまや佐藤聖さま達の同年代であり、水野蓉子さまの親友。
体調を崩し、出席日数が足りなくて留年しちゃったけど、聖さま・蓉子さま・江里子さまを足して三で割らず二で割る性質に変化はないみたい。



「…紫苑さま、お戯れが過ぎます。
 それと瑞穂さん、紫苑さまと一緒に難航している向こうの選別にあたってくれませんか?」


内容と違い紫苑さまの行為を楽しむような声と共に現れたのは、図書委員の蟹名静さま。
後ろには妹の厳島貴子さんを従えてる。
「わかりました、では、行きます」
紫苑さまと瑞穂さまは、別の場所に移動し、かわりに蟹名さまと貴子さんが場に加わった。
さて、作業再開。






「紅薔薇のつぼみに黄薔薇のつぼみ…教室から私の後をつけたり、作業中によそ見をしたり。
 白薔薇のつぼみ目当てなのがばればれですよ」
いきなり貴子さんに…教室からの尾行がにばれていた事を知らされた。
まずい、志摩子さんに警戒されると白薔薇さまの計画に支障が出てしまうのに…。



「…気付かれたかな?」
恐る恐る聞いてみた。



その答えは、恐れている以上に衝撃的だった。






「気付いてないわよ、志摩子さんは発情期だから」

は…発情期いいいぃ!?
思わず叫びそうになって横から由乃さんに口をふさがれちゃった。



ちなみに、今発言したのは蟹名さまであり、貴子さんは顔を真っ赤にして親の敵を見るような目で問題発言をした姉を非難している。






「どういう事かしら?」
同じように由乃さんはかつての白薔薇のつぼみの妹をにらみつけるけど、構わず蟹名さまは続けてくれる。






「発情した猫みたいに、『ばか』になっているわ」


ば…ばか…、志摩子さんに向かって…。
さすがはロサ・カニーナ、そのストレートなお言葉、今でも健在で恐れ入ります。






「桜の下でたたずむなんて、あの状態がいかに危ういか…人がなっているのを見て初めてわかるわ」
まるで自分がその状態だった頃を思い出すように、長い黒髪の先を指でくるくるもてあそぶ蟹名さまさん。
それが蟹名さまの楽しんでいる時の癖だというのに祐巳は気付いていた。





「桜の下でたたずんでいるって…一人で?」
「あちらの新入生の二条乃梨子ちゃんと一緒でした」


貴子さんが示した方向を見ると、最近顔を合わせていない志摩子さんが楽しそうに一人の生徒と話している。



「あの子は…」
昨日の朝、栞さまと告白室に入っていった新入生。栞さまと親しそうだった、あの子。

志摩子さんはその子と、見たことのないようなゆるんだ表情で語っている。




「なるほど。あれは…「ばか」と言えなくもないわね」
由乃さんはそんな風に納得するけど、祐巳には理解できなかった。

どうして、あんなふうに笑えるんだろう。

栞さんと志摩子さんの関係って、そんなものなんだろうか。








あとがき
厳島貴子・瞳子ペア
06/03/11現在、「未来への白地図」で瞳子と祐巳のくっつき方が微妙なのに、こんな伏線張っていいのだろうか?

そしてニュー聖さまこと紫苑さま
おとボクのキャラですが、彼女、見かけは祥子さまだけど中身は

(蓉子さま+聖さま+江里子さま)÷2
と思うのですが…受け入れられるやら…


そして、ロサ・カニーナこと蟹名静さま、厳島貴子のお姉さまになってますが…このエピソードまでかけるのだろうか?


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