爆弾の混じった思い出 「 昼休み、薔薇の館で由乃さんはお弁当を広げるなりそう愚痴ってくる。 朝の栞さまの言葉ではないけれど、それが一年前令さまにロザリオを突っ返した由乃さんの言う言葉だろうか…? 不機嫌な人が近くにいた場合、なだめ役が板についてきているみたい。 その原因は…たぶん… 「宮小路瑞穂という名をご存知?」 …そんないら立ちが混じった声と共にビスケットの扉を開けるお姉さま…小笠原祥子さまだったりする。 宮小路瑞穂…聞きたてほやほやの、インパクトのある情報だったかな。 たしか朝に校門前で会った三年生の名は久保栞さま・御門まりやとその従姉妹の…。 「ああ…あの人…」 「そう…やっぱり去年のあれね…」 あ…アレ? 祥子さまらしくない…いくら桜のせいで調子が悪いからといって今日が登校初日の編入生…しかも同級生を「あれ」呼ばわりですか? 朝に見た限りでは悪い印象はなかった…それに認識が食い違っているような気がする。 「祐巳。探してちょうだい」 「探すって…何をです?」 「リリアンかわら版のミステリー特集よ、わかっているでしょ」 分からないけど、とにかくリリアンかわら版をまとめていたファイルを探してみよう。 自分でも手際が良くなってるなと思う、ロザリオをもらったばかりの祐巳ならおろおろして祥子さまの不機嫌に拍車をかけていただろう。 ファイルをめくりながら去年のリリアンかわら版の記事を探してゆく。 記事を見てると去年の様々な出来事がの記憶が走馬灯のように浮かび上がってきた。 『島津由乃さん、入学して早々病院で 今の島津由乃さんと支倉令さまの関係ができたときの記事をまず発見。 『 続いて白薔薇姉妹の記事も発見。 その隣に、修正とお詫びが載せられたかわら版もある。 憶測で志摩子さんの告白の理由を書いた築山美奈子さまはシスターに呼び出されて注意されたんだった。 シスターとしては当然の対応だろう、告白室は中にいる者達と天にまします主だけの神聖にして不可侵な場所でなくてはならない。 告白の内容を外部に話す事は、許されないことなのだから。 そこまでが四月の内容、五月の記事を見ていくと… 『 そういえばこの時、憧れの祥子さまに妹ができて良かったと思った。リリアン中が祝福していたし。 なにしろ、相手は全てが祥子さまに勝るとも劣らない厳島貴子さん。まさに二人はお似合い姉妹だった。 そして、九月の記事。 『前代未聞!紅薔薇姉妹、夏休みになんと破局!』 『新生、紅薔薇姉妹誕生!相手はリリアンのシンデレラ福沢祐巳。小笠原祥子、姉妹について大いに語る』 あの時は大変だったな…最高のお似合い姉妹と言われていた小笠原祥子さまと厳島貴子さんが夏休みの間に別れちゃってた事を知らなかったのに、祥子さまがいきなり『妹にします』なんて宣言したんだもの。 あの時に告げられた厳島貴子さんの本当の想いは、お姉さまから渡されたロザリオと共に今も胸の中にしまっている。 「何をしているの祐巳!?」 お姉さまのいら立ち三割増しの声に思わず震え上がる。 いけない、思い出に浸って、探すのを忘れてた…。 「えっと、何を探せばいいんでしたっけ」 そして…慌ててそんな事を言っちゃった。 言ってしまって気付いたけど、質問を質問で返すとテストの点は0点だしその質問は間抜けすぎる。 恐れていた通り、次の祥子さまの答えは静かだった。 「ミステリー特集よ…冬の…」 …爆弾は爆発する前に静かになる。 つまり、今一瞬静かになったお姉さまはつまり爆発寸前…要するに最後通告という事だ!? 急いで冬のところまでファイルをめくって探索再開。 一月、薔薇の信任選挙の前に白薔薇革命?ロサ・カニーナこと蟹名静さまが妹をいただくとか言ってリリアン中をかき回した事件だった。 二月、バレンタインのデート特集と…イエローローズ事件ならびにそのお詫び。 あった、イエローローズ事件の謹慎処分が解かれて初めの築山美奈子さまの執筆… 「ミステリー特集、リリアンの七不思議」 三年生の卒業も間近に迫った頃、リリアンのミステリーや怪談をアンケートをによって集め、解釈を加えたものだ。 ミステリーのアンケートと解釈ならイエローローズ事件のような問題にはならないし、それなりにインパクトもある。 謹慎処分の晴れて間もない当時の築山美奈子さまにはもってこいの話題と言える。 1 音楽準備室の鳴り出すピアノ 2 図書室に本を返しに来る美少女 3 美術室で泥をすする老婆 4 桜の下の遺体 5 トイレの奇声 6 寮の開かずの部屋 7 謎の名前、宮小路瑞穂 あれ?宮小路瑞穂ってたしか、今日校門前で会った人じゃない? あわてて七番目の不思議への解釈を見てみると… 『期末テストの成績優秀者の欄におこったミステリー。二年生の一位は だが、リリアンに在籍する生徒の中には 三日後、小笠原祥子の問い合わせにより間違いだと言う事が判明し、二位の小笠原祥子さまが繰り上げで一位となった欄が張り出されたが、ただの間違いで存在しない生徒の名前が載せられる事はありえない。 ここに、人間の意図を超えた、科学では解明できないものを認めるものである』 「この『繰り上げで一位』って何よ!?まるで私が本人不在により一位になったみたいじゃないの!?」 ああ、祥子さまが小爆発しちゃった…。 二年生最後のテストの出来が良くて得意になっていたのに、いるはずのない誰かの名前があったから祥子さまが自分で問い詰めたのであって、決して問い合わせたのではなかったと思います…。 「あの、 とにかく、ずっと疑問に思ったことを口にしてみる。 …………あれ?何だか爆発する前の一瞬のような嫌な静けさはいったい? 「どうしてそれを早く言わないのよ!?」 うわぁ!だって、お姉さまが早くかわら版を見せろって言ったからですよ。 「なるほど、今から見れば興味深い。 そして、いつの間にか現れてかわら版を見ながら勝手に納得している白薔薇さま。 「どういうこと、栞。説明しなさい」 お姉さま、同じ薔薇さまの栞さま相手に、遠慮する事全く、なし。 「 リリアンに珍しい外部編入生ですよ、昨日私達が住む寮にいらっしゃいました」 前の薔薇さま方が卒業した今、栞さまはお姉さまを止められる唯一の存在だった。 さっきまで祐巳が引き受けていた祥子さまの相手を引き受けて下さってる。 「私が知りたいのは、どうしてそんな馬の骨とも知らない女がここに載っていたかという事よ」 「今の言葉はいけません。 瑞穂さんは私の隣の部屋を帰る場所としいて、私の寮で寝食を共にして、他の下級生達と同じように私の庇護の下にいる仲間です。 馬の骨などという呼び方は控えていただけませんか?」 静かだけど凛として、穏やかだけど熱意がこめられた栞さまの言葉に祥子さまは黙りこんでしまう。 栞さま、すごい。不機嫌な祥子さまをおとなしくさせるなんて。 「分かっていただければいいのです。 質問に答えるなら、瑞穂さんは編入試験代わりに去年の期末テストを受けたそうです。 聞けば進学校で上位の成績をとっていたとか。 きっとリリアンの先生が瑞穂さんの成績を除外するのを忘れて表をつけてしまったのでしょう」 おかしいな、朝に校門前で見た瑞穂さまは自信がなさそう縮んでいたけど。 でも、リリアンに編入して来るぐらいの特例なんだから普通じゃなくて当然なのかもしれない。 「あまり誉められたものじゃないわ、成績がいい事を初日で広めて回るなんて」 「それが誤解です。私は瑞穂さんから聞いたのではなく、御門まりやさんから聞きました。 瑞穂さんは御門さんの従姉妹です。 今から思えば、ミステリー特集をするよう助言した御門さんはこの事を知っててわざとリリアンかわら版に掲載したのでしょう」 み…御門まりやさま〜…こ、こんな時にあの方の名前が…。 恐れていた予感的中…祥子さまの殺意メーター上昇中…。 わなわなと震える祥子さま…。 そして暴れる、一秒後にはすごく暴れる…。 きっと 「うふふふふ!!そうよ、どうせそういうオチよ! 『宮小路瑞穂が一位になっていた』とか『小笠原祥子が問い合わせた』とか『二位の私が繰上げで一位になった』とか… どうしたらここまで私を怒らせるのに適した言葉が載るのかと思ったら…あのバカ女! 新聞部の裏でこんな恥知らずの挑発をやってくれたのね!」 とか、 「でも一人じゃ死なないわ! いいえ、むしろさよなら人類! こんなコトになったんだから地球ごとあのバカ女を破壊してやるんだからっ……! はい、そーゆーワケで歯を食いしばるがいいわ祐巳!」 とか、想像に難くない。 あれ…爆発が…来ない? 祥子さまは…。 「相変わらず恥知らずなこと…怒る気力もわいて来ないわ」 祥子さま、ヒステリーが不発になるほどの不調とは、先が思いやられます。 「主よ、今より我らがこの糧を得ることを感謝させ給え、アーメン…」 栞さま・祥子さまに続いて祈りを捧げ、薔薇の館での昼食が始まった。 前の薔薇さま達が卒業している上に欠員がいるので会議室がとても広く感じられる。 志摩子さんがいない理由は朝にわかったけれど、令さまがいないのはなぜだろう? 「朝は申し訳ないことをしましたね。あなた達を無視してしまいました」 「いいんです、いきなり訪れたのは私達ですし。白薔薇さまには先約があったようですし」 「どういうことかしら?」 祥子さまに、栞さまとお御堂で話した事を話すと… 「それなら、私も呼べばよかったのに。朝の栞のお勤めを見てみたかったわ」 …なんて、朝に弱い人とは思えない強がりをおっしゃった。 「あなたはいい妹を持ちました。友人のため私よりも早く登校して待っているなんて誰にもできることではありません」 「それも当然、私の指導の賜物ですから」 お姉さま、それは違うと思います…多分。 「ところで、あなたの妹はいつ帰ってくるのかしら?お姉さま方がいなくなった上につぼみが不在だと人手が不足するわよ」 「それなら栞さま。告白室で仲良く話し合っていた『新しい妹候補』を誘って来ればよかったのでは?」 うわ、由乃さん、爆弾発言。 朝に志摩子さんではなく一年生を優先したことをすごく根に持ってる…栞さまに対して遠慮も会釈もない。 さすがの栞さまも怒るかもしれないと覚悟したけど… 「主よ、この者の短慮と偏見を許し給え、ついでに私の消しがたい怒りも静め給え」 …なんて、手を合わせて祈っていらっしゃる。 さすがシスター志望の白薔薇さま、めったな事では動じません。 「私は譲歩しているんですよ。 本当は紫苑さまや黄薔薇さま・御門さんと一緒に『新しい仲間』にリリアンの特色を教える約束をキャンセルしてあなた達に会いに来たんですし。 『純真無垢な一年生』に、私と佐藤聖さまとの馴れ初めを語ったことについて抗議したいんですから」 にっこりと笑う栞さま…さりげなく黄薔薇さまが話題の編入生の世話をしていることを伝えて揺さぶりをかけたり、笑顔でプレッシャーをかけてる時点で十分抗議のうちに入ってます。 由乃さんみたいにストレートに言うのではなく絡め手からチクチクと言う栞さまは一番敵にまわしてはいけないタイプ。 清く正しくあるべき修道女がこれでいいのだろうか? 「事情は知らないけど、どう考えたって白薔薇さまが悪い!しばらく山百合会に来るななんて言うのは間違ってる!」 「あなたが知る事実だけを考えればそのように誤解されます」 絶えられなくなって由乃さんが声をあげるけど、栞さまは全く動じず。 「そんな事で新聞部に騒がれでもしたらまた白薔薇革命よ」 白薔薇革命、蟹名静さまと久保栞さまの山百合会の信任選挙をめぐってリリアンが大騒ぎになってしまった去年の選挙の事だった。 「すでに新聞部にはしばらく志摩子に関わらないように言いました。余計なことをすると白薔薇革命とイエローローズ事件の責任を取らせると笑顔で言えば一言了承でした」 脅迫までする栞さま…朱に交われば紅くなると言うけれど、誰に似たのかな。 「志摩子の事情をリリアンかわら版に載せたらどうかしら?」 「結果的にはそうするかもしれませんが、その解決法は根本が間違ってます」 なんか面白くない…どうも薔薇さま二人はつぼみ二人が知らない事を知っているみたい。 「志摩子さんは何を隠しているんでしょうか?」 聞いてはいけない気がしたけど、朝に無駄足を踏んでしまったこちらとしては聞かずにはいられない。 祥子さまが向けてくるのは「余計なことを聞かないの」とばかりの非難の視線。 そして栞さまのはお御堂で見たときのような真剣なまなざし。 「話すことで私は教えに背く事になります。だから、その前に言ってくれませんか、志摩子の味方でいる…と」 その言葉にやっぱり志摩子さんが一年前に告白室で話したことが原因なんだとわかってしまった。 「何を言うんですか、当然のことですよ」 由乃さんは納得できないみたいだけど、栞さまが志摩子さんのことを大切に思っている事だけは確かだと思えるから…。 「何を知っても私は志摩子さんの味方です」 …栞さまの目を見て、心から述べた。 「徹底的に右に同じ」 由乃さんもそんな祐巳に従ってくれて、つぼみ二人の返事に満足したのか栞さまは笑顔に戻り。 「朝の約束通り今日の放課後に、令さまも交えてお話ししましょう」 あとがき 突っ込み所が満載の前年度のダイジェストでした。 書いて初めて原作と拙作の違いをリストにしなければならないと反省。 前年度は話の構想は練っていますが前年度に行くにはまず夏休みまで書き上げないと… ですが今回の最大の問題は太字部分の創造と想像の境界 あと、スカートはいてない黒シスターを幻視したアナタはどうぞ叱ってください。 |