会議は踊る、そして会議は進む 「栞が志摩子を突き放したって?なるほど、そう来たかぁ」 ここはリリアン大学校舎の学生ホール、やっと見つけて事情を話して相談に乗ってくれると思ったのに。 佐藤聖さまはいきなり楽しそうに笑い出した。 「笑い事じゃないですよ。姉が妹の協力を断るなんて」 「あれ、気がついてなかったの?栞は私と志摩子に対してノータッチなのよ」 そういえば栞さまは自分から志摩子さんや聖さまに話しかけたことはほとんどなかった。 事務的な話はあっても、関係ない会話はいつも志摩子さんや聖さまから切り出していた気がする。 結果的に志摩子さんは栞さまよりも聖さまと大きく関わっていたみたいだった。 でもますます栞さまがわからない。 どうして姉妹になったのこの三人。 「じゃあ祐巳ちゃん、私と栞、どっちが好き?」 聖さまは聖さまで、そんなふざけた事言ってきた。 「私はまじめに話してるんです」 「私もそうだよー」 嘘つけ、貴女がまじめならこの世にひねくれ者は存在しません。 「栞さまの方がまだましじゃないかと思えてきました」 「私もそうだよー」 同じ反応を二度繰り返す聖さまに効果がないと分かっていながらも非難の視線で抗議する。 さっきのまじめだと言う主張、やっぱり聞き違いだったみたいです。 「ま…栞は私よりできた子だから、栞の好きなようにやらせればほっといてもくっつくいて元通りよ。ただの似た者姉妹だもの …ところで、会議の時間、間に合うの?」 「あーっ!」 「重要な話をすると言っていたはずでしょう」 駆け足で薔薇の館まで着いた祐巳を迎えたのは悲しいぐらいに予想通り、不機嫌な祥子さまだった。 うう…お姉さまに叱られる…お姉さまに叱られる。 「一体何をしていたのかしら?」 早く掃除が終わったのでエチケット違反だと知りつつ大学に佐藤聖さまをたずねに行ったんだけど、聖さまを見つけるのに時間がかかる事を頭に入れていなかったせいで山百合会の集合時間を忘れてしまうなんて。 「その…年度が変わって別れた友達とつい話し込んでしまって…」 本当のことを言うわけにもいかないから、焦点をぼかして対応する。 「話題は何?」 「その…妹についてアドバイスを受けていました…」 本当のことなど言えるはずもなく、焦点をぼかした言い方をするしかない。 「時間も忘れるぐらい、有意義な話だったのかしら…」 いいえ、志摩子さんのことを相談しに行ったのに聖さまはあまり役に立ってくれませんでした。 「紅薔薇さま、話が長くなりそうなので、そこまでにしてくれませんか」 重要な話を語る予定だった栞さまが祥子さまを止める。 「そうね」 紅薔薇姉妹そろってこれ以上予定を遅らせるわけにもいかないと思ったのか、祥子さまはまだ言いたそうだったけどあっさり引き下がる。 よかった、お姉さまが悪魔などと言うつもりはないけど、栞さまはやっぱり天使だった。 「ところで祐巳ちゃん、お姉さまは何とおっしゃってましたか?」 「栞は私よりできた子だから、栞の好きなようにやらせればほっといてもくっつくいて元通…り…」 薔薇の館の温度が一気にマイナスに変化する。 しまったああ。栞さまの天使の微笑みにゆるんでしまってつい本当のことを言ってしまったあ。 …掃除が終わった後にわざわざ大学にまで行って佐藤聖さまに会って来た事がばれちゃった…。 …ははは…恥ずかしいぃい…そして怒られる…今度こそ祥子さまに頭ごなしに叱られる…。 「あっははははっ、最高です祐巳ちゃん。まさかとは思いましたが本当にお姉さまを訪ねに大学まで行ってきたなんて……ふふ…あははは」 そんな不安は、突然笑い出した栞さまに吹き飛ばされてしまった。 まるで姉の佐藤聖さまがのりうつったみたい。 信じられない、栞さまはいつも穏やかで…笑うときはいつも静かで上品で…こんなに陽気に笑うことなんて一度もなかったもの。 「壊れたのかしら…」 祥子さまは妹の愚行と白薔薇さまの変化に頭を痛め、令さまと由乃さんの黄薔薇姉妹は…呆然として白薔薇さまを見つめてる。 「あからさまに人を笑うとは、とても白薔薇さまの行いとは思えませんわ」 そして注意する見知らない縦ロールの子が一名。 「ありがとう祐巳ちゃん、打ち明けるための後押しを、あなたは私に届けてくれました」 初めて見るような晴れやかな表情で、栞さまは笑いかけてくる。 よくわからないけど栞さまは聖さまの何気ない言葉に勇気づけられた…のかな? 「そう、私には分からないけど白薔薇さまがよかったのなら…」 祥子さまにすら分からないなら、誰にも分からないと思う。 「瞳子ちゃん、もうお帰りなさい」 祥子さまがさっき白薔薇さまに注意した見知らない子にうながした。 この縦ロールの子は瞳子ちゃんと言うのか。 「えー、瞳子も参加したいですぅ…」 無駄に良く通る甘えた声が薔薇の館にこだまする。 なんか面白くない、祥子さまに甘えた声を出すなんて、なれなれしい。 「駄目なものは駄目よ。今から話す内容は重要機密、外部の人には知らせられないわ」 その通りです、祥子さま。 しかし、今の白薔薇さまは更にヘンだった。 「本来なら関わりのない人に聞かせる内容ではありません、 でも目を離すと壁に穴を開けてでも聞きそうですし、それならそばに置いて監視した方がよいのでは? それに、私は一年生の手を借りるつもりでいました。紅薔薇さまの知り合いで、紅薔薇さまの役に立ちたいと考える子なら話を聞く資格があると思います」 甘いっ!昨日のデザート、白玉あんみつ入りチョコ饅頭並に甘いですっ!栞さま! 「やったー、ありがとう白薔薇さま」 「ただし、何があっても私達に相談してから行動するとマリア様に誓ってもらいますよ」 三年生は一年生に甘い…そのジンクスは栞さまに一番当てはまりそうだった。 「こうして私達は姉妹になりました。後はみなさんも知っての通りです、私達は姉妹として一年を過ごしましたが、志摩子の悩みを完全に解決する事はできませんでした」 栞さまの口から語られたのは、一年前に志摩子さんが告白室で何を言って、栞さまがどう答えたのか。 そうしてできた去年の白薔薇姉妹、志摩子さん・栞さま・聖さまとのとんでもない関係だった。 「よく私達に打ち明けられたわね」 あまりに衝撃的な話に祥子さまが頭を押さえてため息をつく。 「志摩子の家の事情は知っていたけど、あなた達がそんな関係だったなんて」 令さまも興奮を抑えられていない。 「聖さまも無責任でいらっしゃること。何もせずに問題を先送りにして栞さんに押し付けて」 「お姉さまは私がこの問題を解決してくれると信じたからこそ、何もしなかったのです。祐巳ちゃんがそれを明らかにしてくれました」 「怪我の功名ね」 う…相変わらずきついです、お姉さま。 「過去の事はわかったわ。じゃあ、これからあなたはどうするの?志摩子と距離をおいて、何をしようというの?」 「志摩子が去年、悩みを抱えながらもリリアンで生活できたのはお姉さまの支えのおかげであって、私の支えではありません。 私はお姉さまの代わりになろうとしましたがそれでは志摩子を救えません。だから重荷を取り除きたい」 栞さまは祈るように目をつむって話を続ける。 「具体的には…山百合会主催の新入生歓迎会の場で、志摩子自身の口から告白室で話した事を言わせます。 そして私達だけではなくリリアンの多くの生徒達でそんな志摩子を祝福したい。そのためにあなた達の力を拝借したいのです」 祈るように頼んだ栞さんだけど、私達の返事はもう決まっている。 「ここまで聞いて放っておけるような人はこの部屋にはいません」 やる気満々の由乃さんがみんなの気持ちを代弁してくれた。 「最近やけに新入生に媚びていると思ったら、新入生歓迎会を仕切るためだったのね… ふふ、一年間の悩みを吹き飛ばす大舞台としては十分よ…意外と策士ですわね白薔薇さま」 あ…栞さまが新入生に人気があるって噂、祥子さまもご存知だったんだ。 「媚びるとは人聞きが悪いです。せめて悩み相談と言って下さい」 今朝の出来事は明らかに媚びを売った行為でしたよ白薔薇さま。 「まず、その舞台の台本にいくつか候補はありますが。どうしても決め手に欠けてしまいます。そこでまず皆さんには役に立ちそうな情報を集めてもらいたいのです」 つまり、志摩子さんの動向を見張ったり調査するということですね。 「任せてください。瞳子、調査に関しては得意分野ですの」 そこでやる気満々の子がもう一人…。 いいのかな、ものすごくデリケートな問題なのに。 (続く) あとがき この舞台はシリアスオンリーです。(嘘です…わかる人にはわかるでしょう) 前年度の白薔薇三姉妹の関係については聖さまの話ぐらいのヒントしか与えられません そこの所のさじ加減って難しい…。 |