礼拝堂の不思議



(志摩子さんが早く元気になりますように・・・)


志摩子さんが山百合会に来なくなり、変な雰囲気をまとって桜の下でじっとしている事が多くなってから、祐巳は一日の始まりに同じ事をマリア様に祈り続けている。
きっと、左にいる由乃さんも同じだろう。


それにしても、寮生全員を引き連れて登校なさっている、右にいらっしゃる白薔薇さまロサ・ギガンティアはどんな祈りを捧げているのだろう?
毎朝欠かす事なくこの時間にお御堂に入って祈り続けている白薔薇さまロサ・ギガンティア、その祈りは長く深い。
眼を閉じた横顔からは何を考えていのるかをうかがうことはできそうにない。

「祐巳ちゃん」

突然。眼をつむって祈っているはずの白薔薇さまロサ・ギガンティアに名前を呼ばれてびっくり。

思わず声を上げてしまうところだった……あれ?



「由佳里〜、今日は瑞穂ちゃんの編入のあいさつに付き合うから朝練さぼるわね〜」
「はいっ、まりやお姉さまは瑞穂さまをお大事に」


そんな御門さまと由佳里さん姉妹スールの声に、他の人がすでに祈りを終えている事と…寝ぼけて白薔薇さまロサ・ギガンティアの横顔に見とれていた事に気付いてしまった。


…情けなくて、顔から火が噴出しそう…。



「慣れない時間に私を待っていたのですね。話はお聖堂にて…由乃ちゃんも一緒に…」

祐巳の反応を喜ぶようにそう声をかけて歩き出す白薔薇さまロサ・ギガンティアの後をあわてて追いかける。

情けない姿を見られたのがお姉さまではなかったのが、せめてもの救いだった…。







「薔薇の館と違って何もありませんが…」



寮生たちと別れ、白薔薇さまロサ・ギガンティアの後からお聖堂にたどり着いた後。
勧められる通りに、由乃と祐巳はお聖堂の椅子に座って白薔薇さまロサ・ギガンティアと向き合った。


白薔薇さまロサ・ギガンティアはお御堂にいる時が一番輝いていると言う噂はあたってるみたい。
薔薇の館でも特別な雰囲気を持っていらっしゃるけれど今向き合っているの白薔薇さまロサ・ギガンティアはいつもと違う感じがする。
由乃さんが隣にいてくれなければ緊張してしまって何も考えられなくなっていたかもしれない。


「単刀直入に言いますね。どうして志摩子さんは薔薇の館に来ないんですか?」

うわ、由乃さん。そんな白薔薇さまロサ・ギガンティア相手になんてストレートな…。
その言い方だと白薔薇さまロサ・ギガンティアが悪いみたいだし。
もっとやわらかい言葉を使わないと話がややこしくなってしまう。



しかし、それはただの開幕に過ぎなかった。

「志摩子には私から山百合会を休むように言いました」



お姉さまに山百合会を休めと言われる。
それはつぼみにとってとてつもなく地獄的な事じゃないだろうか?







想像してみよう…
祥子さまがこちらを向いて…

「祐巳、あなたしばらく山百合会を休みなさい」

うわぁ………。

一週間という期限があったと仮定してもその間はお姉さま恋しさでどうかしてしまいそう。







「信じられない…それって絶交の言い渡しみたいな物じゃないですか!?」
人一倍お姉さまと親密な由乃さんは更にショックが大きかったらしく、恐れ多くも白薔薇さまロサ・ギガンティアに詰め寄った。



「似たようなものですね。でも、関係を見直すために一時的に距離を置く事は由乃ちゃんと令さんもしたではありませんか?」

平然と「黄薔薇革命」の時のことを持ち出して由乃さんは黙らせる白薔薇さまロサ・ギガンティア




こういう所が白薔薇さまロサ・ギガンティアの悪いところだ。
いつも穏やかな表情を浮かべた天使のような方と言われている。
みんながそんな白薔薇さまロサ・ギガンティアに憧れるし、去っていった佐藤聖さまを初めとする薔薇さま達と同じぐらい好きになれそうなのに…。



笑わなくてもいい時や嫌悪を感じて欲しい時にさえその表情を変えてくれない。

それは不気味な感じがさえして、白薔薇さまロサ・ギガンティアの性格が壊れているのではと思った事もあった。


白薔薇さまロサ・ギガンティアの過去を知っている今なら理解はできる。
でも、自分の妹を突き放しておいて楽しそうに笑うことに納得はできない。
つぼみの仲間として志摩子さんのためにも、白薔薇さまロサ・ギガンティアの行為を問い詰めなくてはならない。



「きっと志摩子さんは白薔薇さまロサ・ギガンティアに頼りたいと思っています。でも我慢してる、それなのに…どうしてそんな事言うんですか!?」

由乃さん以上に遠慮のない事を言ってしまったけど、志摩子さんの一大事なんだ。
つい…お御堂に響くほど激しい声を出してしまったのは…まずかったみたい。

由乃さんは驚いているみたいだけど…



「こんな朝早くから訪ねて、心配してくれる仲間が志摩子にいてくれるのは私にとっても喜びです」

…本当に嬉しそうに、白薔薇さまロサ・ギガンティアは微笑んでいる。




「本当ならば今すぐ全ての事を話したい。ですがここは密談に適した場所ではありません。私の務めがもうそこまで来ています。ですから…」


白薔薇さまロサ・ギガンティアの言葉を理解する前に、お聖堂の扉が開き、
二人のリリアンの少女が入ってきた。





「ごきげんよう、白薔薇さまロサ・ギガンティア

入り口に現れた生徒は片方は驚いたことにリリアンの制服を着た異邦人だった。
日本人離れした褐色の肌、特徴的なブルネットの…

それにしても…
リリアンの生徒達にとって薔薇さま達はスターだけど、こんな時間に白薔薇さまロサ・ギガンティアを訪れる人がいるなんて…。



白薔薇さまロサ・ギガンティアは祐巳と由乃のもとを離れその異邦人を迎えている。
「ごきげんよう。ケイリ・グランセリウス。聖書朗読部に関わることですか?」
聖書朗読、それは白薔薇さまロサ・ギガンティアにとって得意分野なんてものじゃなく…生きる理由そのものだ。
白薔薇さまロサ・ギガンティアが毎朝行っているのはお勤めだけではないらしい。


しかし志摩子さんを放っておいて名前を覚える程下級生と親密になるなんて…ますます白薔薇さまロサ・ギガンティアのことがわからない。


「いいえ、白薔薇さまロサ・ギガンティアに相談したいという人をお連れしたのですよ」
ケイリ・グランセリウスと呼ばれた生徒達は、隠れるように後ろに下がっていた新入生に道を譲った。

丁寧に切りそろえられた髪が市松人形を思わせる。比較的しっかりした感じの子だった。でも、物怖じしていない二人と違って、まるで祐巳が初めて薔薇の館に入った時、いやその時以上。
やってはいけない事を薔薇さまに見つかった生徒みたいにおびえている。


「よく参られました乃梨子ちゃん、心より歓迎します」


白薔薇さまロサ・ギガンティアは落ち着かせるように笑顔で語りかける。
白薔薇さまロサ・ギガンティアが名前を覚えていたことにも驚きだけど、更に驚いたことに白薔薇さまロサ・ギガンティアの笑顔が輝きを増していた。



いったい白薔薇さまロサ・ギガンティアは入学して一月もたっていない新入生を何人知っているんだろう?
そして、どうしてそんな風に笑えるのだろう?






乃梨子ちゃんと呼ばれた一年生は、そんな白薔薇さまロサ・ギガンティアに落ち着いたのか―――


「ご……ごきげんよう、久保栞くぼしおりさん」



―――なんて、問題発言を口にした。


な…何なのこの子?
新入生なのに、白薔薇さまロサ・ギガンティアを名前で…しかも「さま」ではなく「さん」をつけて呼ぶとなると、二人は志摩子さんの事を放っておいてまで親しくなるような仲なのだろうかと本気で疑ってしまう。


「栞さん…か…」
乃梨子ちゃんを連れてきたケイリ・グランセリウスという名の一年生も特徴的な笑みを浮かべて物思いに沈んでる。


「偶然会って話をしただけの関係ですよ」
ケイリ・グランセリウスを制して白薔薇さまロサ・ギガンティアは乃梨子ちゃんの手を引き、お御堂の奥へ歩き出した。



そちらにあるのは…


「私は乃梨子ちゃんと告白室で話す事があります。
 祐巳ちゃんに由乃ちゃん。せっかく訪れてくれたのに相手ができなくて申し訳ありませんが、
 あなた達の疑問には今日の放課後、薔薇の館で全て答えます。
 だから…今は席を外す事を許してください」



その言葉に、白薔薇さまロサ・ギガンティアには白薔薇さまロサ・ギガンティアの考えがあって、それを説明する気になってくれたと分かって安心した。
白薔薇さまロサ・ギガンティアは滅多な事でなければ告白室を使わない。
乃梨子ちゃんは大変な悩みを抱えていて、白薔薇さまロサ・ギガンティアと相談する予約を前の日に入れていたんだろう。



「ケイリ・グランセリウス、私を訪ねてきたのに話が出来なくてすみません」
「気にしないで下さい。白薔薇さまロサ・ギガンティアにお会いできた上につぼみのお二人とお話できるだけでも充分ですから」




志摩子さんの事を相談しに来て、白薔薇さまに説明してもらう約束できたけど、
ケイリ・グランセリウスという新入生の話し相手をする事になってしまったみたい。






新入生達の乱入で志摩子さんの事を白薔薇さまに相談するという当初の目的が果たせなかったけど、放課後に話し合うという約束ができたし、
薔薇さまを尋ねてきた新入生の期待を裏切るわけにもいかないので不肖つぼみの二人が話し相手になってあげよう。


「あの部屋で栞さまは何をしているのか分かる?」
まずはちょっとした質問から。



「あの部屋は懺悔室、もしくは告白室と言うものだ、
 迷える子羊たちが聖職者に秘密の相談や罪の告白をする場所。
 シスター以外では栞さまのみがあの部屋を使う事を許されていると聞いている」
こんな風に話す新入生…ケイリ・グランセリウスもすごく個性的だ。
二年生に対して男性口調…言語の壁を間違った方法で越えてしまっている。


「きっとノリコには、白薔薇さまロサ・ギガンティアに打ち明けたいけれど他の人には聞かれたくない悩みがある」


横で由乃さんは目で「そんな事新入生に聞いてどうするの?」と語っているけど、もちろん基本的な知識は祐巳も知っていた。


「それはわかるよ。でも、告白室は聞き入れる側と告白する側の二つに分かれているはずだよ、さっき同じ所に入っていかなかった?」
「さすがは紅薔薇のつぼみロサ・キネンシス・アン・ブゥトン、良いところに眼をつけてる」
ケイリ・グランセリウスが感心したようにうなずいて話し出すけど…この人の独特の雰囲気は久保栞様とは違った意味で気まずい。



「久保栞さまはとても謙虚な方。まだ正式に聖職者と認められていないので、聞き入れる側の部屋に入ることを自らに禁じていらっしゃる。
 そして悩める子羊達と共に主へ告白する役をお選びになっている。
 だから私たちと同じ側に一緒に入って下さる」
新年度が始まって間もないというのに、ケイリはどうやってそんな事を知ったのだろうか。


「そういえば、白薔薇のつぼみの藤堂志摩子さまは、
 久保栞さまの初めて告白室のお相手で、告白室で姉妹の契りを結んだという話は本当かな?」
うわ、外人すごい…
紅薔薇のつぼみでさえ触れるのを避ける話題を振ってくる…その遠慮のなさにはちょっと驚いた。


「私はその時はまだ山百合会にいなかったから…」
不肖、紅薔薇のつぼみは話題を避けようとする事しかできない。


「よく知っているわね、去年の新聞をもう調べたのかしら?」
ここは、つぼみの中で最初に山百合会に所属した由乃さんにまかせる事にするけれど…

異邦人の新入生は、そのブルネットの瞳で2人を諌めるように…

「志摩子さまがどんな告白をなさったのか君達には想像がつくのかな?
 それは…栞さまが卒業まで面倒を見続ける事をマリア様に誓うほどの悩みであって。
 とても真摯で、一筋縄ではいかない悩み」

…そんな、とてつもない…つぼみ2人の考えを見透かした言葉を口にした。
…なんて上から目線…この人、ただの異邦人じゃない。

「いけないわよ。懺悔室の告白を話すのは禁忌だという事をお忘れ?」
由乃さんが反論するけれど、きっとこの人にはそんなのは通じない。
昨日の松平瞳子まつだいらとうこちゃんや柏木優雨かしわぎゆうちゃんとは違う。
無自覚に無遠慮な言葉を投げかけているんじゃない。


「その場にいた白薔薇さま達以外、誰も内容を知らない…私には知る術もない」
妃宮千早きさきのみやちはやちゃんがしているようにその目立つ外見を、周りに溶け込ませようという思考が全くない。

まるで、この人の前では、関係の上下貴賎を問わないようで…

「憶測で作った新聞が修正を求められたりもした…
それを貴女達はどう扱うつもりかな?」

生半可な覚悟で踏み込むなと。
容赦なく、つぼみ2人に警告してくる。



「私は、志摩子さんに遠慮なんてしないわ。あなたみたいにね」
由乃さんは、ケイリ=グランセリウスの雰囲気に逆らうように、そんな事を言ってのける。

「今更引けない。私は志摩子さんのことを放っておけなくなるぐらい、長い時間を過ごしたから」
リリアンに居る時間の長さという、目の前の異邦人にないアドバンテージを利用するのは卑怯かもしれないけれど…思ったままを口にしてみた。


「そうか、君達は最後まで白薔薇のつぼみロサ・ギガンティア・アン・ブゥトンの味方か」
そう言って、ケイリは祐己の左手と由乃さんの右手をとって祈るようにひざまずき…。

「独りではなくなった時。今まで全て自分だけの物だった安らぎ、痛み…それは貴女達と共有される」

その両手につぼみ2人の掌を片方ずつ両手に包むようにして述べるその姿は、張り詰めたような敬虔さを内包していて…


「それはとても恐い、それでも…」
…それが邪魔するのが罪のような気がしてしまう。

「自分の痛みや苦しみが、誰にも知られずに積もっていく恐怖に比べれば些細な事だという事を、どうか思い知らせてあげて下さい」
久保栞くぼしおりさまを思い浮かべてしまう。

あの方と同じぐらいこの人は真剣に祈っている…紅薔薇のつぼみロサ・キネンシス・アン・ブゥトン黄薔薇のつぼみロサ・フェティダ・アン・ブゥトンに対して…。

上から目線で無遠慮だなんてとんでもない…
この人は…福沢祐己と島津由乃のことを…




言い終えるとケイリは立ち上がる。
その様子には、先程の張り詰めたような敬虔さはなくなっていて、異邦人じみた…それでいて優雅さを感じさせる笑みを浮かべている。

そんなケイリの様子に何を思ったのか…今度は由乃さんは意外な行動をやらかした。

こてんと…

…そんな間抜けな音さえ響かせそうなノリで、由乃さんは礼拝堂のイスに半身を横たえる。


「ちょっと・・・どうしたの黄薔薇のつぼみロサ・フェティダ・アン・ブゥトン?」
1年生の模範たるべき薔薇のつぼみが、礼拝堂のイスに寝そべるなど…あってはならないことのはずなのに…

いや…このケイリ=グランセリウスという異邦人のさっきまでの言動…ぶっちゃければ奇行…に比べれば些細な事なのかもしれないけれど。



「あなたにお姉さまから聞いた、久保栞さまと前の白薔薇さまがどうやって出会ったかを話してあげるわ」



あ…出ました、イケイケ由乃さん。


由乃さんは、自分達を置いて一年生と告白室に入ったことを相当根に持ってる。


だって、佐藤聖さまと久保栞さまの出会いって

このお御堂でイスの間に寝ていた聖さまと、祈っていた栞さまが顔を合わせてびっくりというお笑いのネタになりそうな話だったじゃない。

ちょうど今、由乃さんが横になっているその格好が、二年前の佐藤聖さまとかさなっているようで、思わず笑いをこらえてしまう。


「それは面白い。ぜひ聞かせてもらいたい」
ケイリも乗る気になっているし…話は続きそうだった




あとがき

乃梨子嬢の発言は読者にとっても問題発言…のつもりです。
告白室エピソードを書いてて思ったこと…

マリみてと比べると(比べなくても)

シリアスを
書くのが
ものすごく
ヘタレ…

うう…コメディ基本にしようと思ったのに…栞さまの登場と選挙に関わることで

どシリアスな展開を書く必要になったのだけど…受け入れられるかな

2013/01/16
敦子さんと美冬さんの聖書朗読会メンバーをケイリ=グランセリウスに変更。
更に会話内容を修正。
白薔薇さまロサ・ギガンティアの正体を隠す展開を削除。


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