最速のできたて姉妹スール


「ごきげんよう、紅薔薇のつぼみロサ・キネンシス・アン・ブゥトン黄薔薇のつぼみロサ・フェティダ・アン・ブゥトンと一緒とは今年はいい年になりそうです」
入学式を終え、クラスメイトと談笑してから薔薇の館に行こうと思っていたところ、そんな声をかけられた。

「ごきげんよう『白菊の君』。、私も奏さんと同じクラスでうれしいよ」
周防院奏すおういんかなさん。
小柄な体、透き通るような白い肌と特徴的な大きなリボンから、おとなしくて、静かで、儚げはかなげでありながら知的…という印象を与えてくる。
一年生の上半期こそ、島津由乃さんとイメージがかぶっているせいで目立たなかったけど、演劇部の劇で主役級の役割を果たして一年生にして「白菊の君」の二つ名を拝命する事になった才媛。

「私は隠しませんよ、白薔薇のつぼみロサ・ギガンティア・アン・ブゥトンを探していた祐己さんを眺めてた事は…」
由乃さんだけじゃなく、奏さんまで…祐己が去年まで同じクラスだった白薔薇のつぼみロサ・ギガンティア・アン・ブゥトン藤堂志摩子とうどうしまこさんを探してしまっていた事に気付いていたみたい。

「それ、由乃さんにも言われた…できれば黙っていてもらえないかな?」
「もちろん言いませんよ。言っても信じないと思います」

小笠原祥子おがさわらさちこさまや厳島貴子さんを相手にしても物怖じしない芯の強さと、人並み優れた知性を持ちながら、
奏さんに姉がいないのは、上級生達は奏さんの生まれを考えるとどうしても遠慮してしまうからだと思う。


せめて、あのリボンが象徴する家庭事情さえなければ…

「ごきげんよう、奏さんに祐己さん。ロザリオの用意はできてるわよねぇ?」
こんな風に、奏さんの事情なんてお構いなしに話す事のできる由乃さんみたいに…
奏さんに姉妹の申し込みをする上級生が現れなかったのは惜しい。

「もちろん。2年生には必須のアイテムでしょ」
出すまでもない、この教室にいるほぼ全員…新年度の妹獲得の準備としてロザリオを用意しているはずだ。


「あの…あいにく奏はロザリオを持ってないのですよ」
ところが、周防院奏さんは少し意外なことを口にした。

「いいのかしら?妹を作る好機はいつ、現れるかわかったものじゃないわよ」
まーた始まった。由乃さんの青信号イケイケ

由乃さんったら…『白菊の君』として親しまれ、大人しい印象(由乃さんのは誤解だけど)がかぶってる周防院奏さんへ。「どちらが早く妹を作れるか、競争よ!」…とか言おうとしているんだ。


けれど、次に奏さんが次に口にした言葉は、とても衝撃的なものだった。

「いえ…奏に関して言えば…ロザリオは要らなくなりました」
その意味する所が…全く思いも寄らなかったので…不肖薔薇のつぼみ二人は状況把握に3秒かかってしまった。


いち…に…さん…。


「まさか…もう!?」
祐己のその質問に対し、嬉しさとほんの少しの羞恥を含んだ綺麗な表情でうなずく奏さんを見て…その事実を思い知らされる。

奏さんには既に、妹がいるのだ。


「うそっ…まさか奏さんに先を越されるなんて…いつの間に一年生をモノにしたのよ!?
 そんな時間はなかったはずよ!?」
その言い方は微妙に奏さんにも奏さんの妹さんにも失礼…と言おうとも思えなかった。
二年生になりたての身としてはやっぱりなりたて姉妹が気になる訳で…きっとこの2年松組の中で妹がいないクラスメイト…奏さん以外の全員の気持ちが同じで…奏さんは祐己も含む教室内にいた人全員の注目の的になってしまったからである。


「昨晩、入寮式の時にですよ」
更に明かされる、驚愕の事実!?

「何それ!?今年度が始まる前から妹ゲットなんて!?早すぎるわよ!?」
由乃さんが、クラス全員が思った事を口にしてくれる。

黄薔薇のつぼみロサ・フェティダ・アン・ブゥトン黄薔薇さまロサ・フェティダと姉妹になったのは確か入学式の日ではありませんか?」
そういえば…島津由乃さんと支倉令さまがロザリオ授受を行ったのは、入学式の日。
当時まだ体調が優れなかった由乃さんが搬送先の病院で…だった。
しかし、その最速記録は奏さんによって塗り替えられちゃった訳で…。


「私と令ちゃ…黄薔薇さまロサ・フェティダよりも早いじゃない!」
あわてて『令ちゃん』と呼びそうになるのを修正した由乃さん。興奮のあまり我を忘れかけてる。


「リリアンの歴史に残る速さね。妹の名前…何て言うの!?」
由乃さんでは収集がつかないと判断したのか、山口真美さんが聞き手にまわってくれた。
さすが新聞部…インタビュー慣れしている…でもいつもの冷静な真美さんに似合わず興奮を隠しきれてない。

七々原薫子ななはらかおるこちゃんという名前ですよ」
今はまだ一年生の情報なんて皆無なので、もちろん祐己はその名前を知らなかった。

「まさか、外部編入組じゃないでしょうね?」
しかし山口真美さんは新聞部のせいか一年生の情報をある程度知っているらしい…そんな事を口にした。


「?…そうですけど?」
その奏さんの返事に…今度こそ…教室にいた全員があっけに取られた。


例えば、島津由乃さんと支倉令さまは従姉妹同士で、姉妹になるのはあらかじめ決められていたから初日に姉妹になったのもうなずける。

でも…あの…おとなしくて静かで知的で儚げはかなげ…そんな印象を与えてくる奏さんが…
外部編入…互いに全く知らない初対面の子を、会って初日に妹にするなんて…。

「正気の沙汰とも思えないわ…性格の不一致をやらかしたらどうするのよ?」
青信号イケイケの由乃さんをして、ここまで心配させるのは珍しい。
まあ…由乃さんは姉妹でいつも性格の不一致をやらかしてくれているけれど…。

「それは白薔薇さまロサ・ギガンティアにも言われました」
白薔薇さまロサ・ギガンティア公認!?」
公認も何も…姉妹の関係を結ぶために薔薇さまの許可が要るわけじゃないんだけれど…。
けど…それはかなり…特異な事なんじゃないだろうか?

「それにしても何よ!私達は置いてけぼり!?私たちにプレッシャーかけて楽しい!?」
由乃さんのその言いがかりは半分冗談…だと思いたい。



「その奏さんの妹を面を一目見ないと気が済まなくなったわ!」
奏さんの話を聞いていくうちに、由乃さんがそんな事を言い出して…

「新聞部のネタになるかもしれないわね」
山口真美さんまでがノリノリになってしまって…

「でも、あまり期待しないで欲しいのです」
周防院奏さんは、二人を止めても無駄だとわかっていたので仕方なく…

そして、福沢祐己と武嶋蔦子さんは暴走しそうな2人のストッパー役と、ほんの少しの好奇心のために…

5人で、奏さんの妹…七々原薫子ちゃんを見に行く事になった。



ホームルームが終わって少し時間が経っていたから行き違いになる可能性が高かった。
けれども偶然、5人で歩いている途中で、七々原薫子ちゃんと他2人のリリアンの新入生が歩いているのを見つける事ができた。

「どれが、七々原薫子ちゃん?」
その新入生3人を遠巻きに眺めながら、由乃さんが隣の奏さんに尋ねた。


「中央の…一番背が高い子なのですよ」
「ふーん…美人ね…あの子」
確かに、小笠原祥子さまぐらい背が高く、腰まで伸ばした綺麗な髪もあって綺麗だ。
でも小笠原祥子さまと印象は似ていない、目つきが異様に鋭くて近づき難い雰囲気を出している。

「一緒にいるのは『星の皇女』…あと一人は外部編入組の子ね」
山口真美さんがそんな事を言う。
しかし、『星の皇女』って…褐色の肌に美しいブルネット…という異邦人じみた容姿のリリアンの新入生も見えるけれどその子のことかな?


「薫子ちゃんはリリアンにあまり慣れていません。写真撮影は控えてもらえませんか」
カメラを構える武嶋蔦子さんに、奏さんが注意する。
確かに…新入生としては登校初日に見知らぬ上級生から写真を撮られたりしたら…心中穏やかではいられないだろう。

「カメラに選ばれたこの私が、被写体に撮影を悟らせるようなヘマをすると思う?」
さすがは盗撮の名人、武嶋蔦子さん。
小笠原祥子さまとのツーショット写真を祐己に気付かれずに撮影したその腕は健在らしい。

「もう、せっかくのできたて姉妹なのに…一緒に会って話とかしなさいよ」
いつも支倉令さまと一緒にいる由乃さんには、遠巻きに眺めている奏さんがもどかしく感じられるみたいだけれど。

「せっかくクラスメイト二人とお友達になれそうなのに、その輪に入るのは無粋というものなのですよ」
奏さんは、冷静で知的…やっぱりこの2人は性格が正反対だった。

「それに、距離を置いて見守るのも姉の役目なのですよ。
 寮に帰ってからお話をする機会はいくらでもあるのです」
うわ…妹がいると姉はしっかりするって言うけれど、周防院奏さんは姉としての貫禄を備えつつあるみたい。
でも、ちょっとうらやましいかな、妹と同じ屋根の下で生活するというのは…

「奏さんの妹と対面する機会はまた訪れるでしょ」
山口真美さんも、できたて姉妹への過干渉は望む所ではないらしく、今日の所は姿を確認するだけでよしとしたみたい。
あの築山美奈子さまの妹だから、強引な印象があるけれど…違うみたい。

「リリアンかわら版のネタにしていいかしら?」
「いいですけど…内容については事前に了承をとって欲しいのです」
昨年の築山美奈子さまのイエローローズ事件の時の新聞部の暴走は、やはり今も記憶に新しいらしい。

「それにしても…『謎の金髪ちゃん』といい『白銀公』といい『星の皇女』といい…今年の一年生は個性的なのが多いわね」
山口真美さんの言葉に、何だか波乱の予感を感じる。

「誰が『謎の金髪ちゃん』ですか?」
そんな声に視線を向けると…厳島貴子いつくしまたかこさんが微苦笑を浮かべながらこちらをうかがっていた。

「あっ…いえ、貴子さんの事を言った訳では…」
「わかっていますよ、私は『金髪ちゃん』なんて言われた事はありません」
貴子さんの答えを聞くまでもなく、その表情から他の人の事を指している事はわかっている事を祐己は察していたけれど、貴子さんの事を第一印象でしか良く知らない山口真美さんにはそれが読めなかったみたい。

「ごきげんよう…紅薔薇のつぼみロサ・キネンシス・アン・ブゥトン黄薔薇のつぼみロサ・フェティダ・アン・ブゥトン、奏さんも真美さんも蔦子さんも…と言いたい所ですが…」
相変わらずの映画女優もかくやと思わされる豪奢な金髪が特徴的な貴子さんは、微苦笑を崩して…

「登校日初日に新入生を集団でストーキングするのは、新級生の規範となるべき2年生として適切とは思えないのだけれど…何か訳有りなのかしら?」
さすが小笠原祥子さまが最初に妹にしただけあって、厳しい所もある。もっとも、特異な事態である事は察してくれているみたいだけれど…

「あの三人の中に周防院奏さんの妹がいるの」
「もう妹を?…それは…おめでとう…」
さすがの貴子さんも、あの奏さんがこんな早くに妹を作るのは予想できなかったらしく、驚きの表情を隠せていないけれど、すぐ頭を切り替えられたのはさすが貴子さんだ。

「なるほど…一番乗りの上にできた妹を一目見てみたという訳ですね」
「貴子さんも見ていく?修身室の方へ行ったけれど…」
「私は遠慮しておきます」
多分…真美さんや蔦子さんは気付いていないけれど、貴子さんの表情が微かに曇った。

恐れていたように…貴子さんは妹を持つつもりがない…
やっぱり、小笠原祥子さまのことが、今もなお後を引いている…

しかし、由乃さんは…そんな貴子さんの内心も見据えているらしかった。


「貴子さん。妹を作らないのはいいけれど、経歴を理由に逆指名を断るような事は許さないわよ」



その言葉の意味を理解するのには、6秒ぐらい必要だったと思う。



「そ…そんな事を、なぜ貴女に言われる必要があるのです?」
貴子さんも驚いて、由乃さんを正面から見据える。まずい…さっきの由乃さんの発言はものすごい爆弾だ。

『逆指名』…それは本来、姉が妹にするはずの姉妹への誘いを、妹の方から行う事。
由乃さんは一度、自分から姉妹関係を解消し、その後に『逆指名』を行った経歴がある。

『経歴』…貴子さんは一度、小笠原祥子さまの誘いを受けて妹になり、山百合会にも所属していながら、自分からロザリオを返して姉妹関係を解消した。そこまでは、由乃さんと変わらない。
しかし、由乃さんと違い、小笠原祥子さまは福沢祐己という妹ができて…
貴子さんには蟹名静という姉がいる…いわば『破局した姉妹スール』なのである。


「私の言ってる事の意味がわからない貴子さんじゃないはずよ」
由乃さんはそういい捨てると、その場の全員を置き去りにする勢いで、山百合会の方へ歩き出した。

「ちょっと由乃さん…。ごめん、貴子さん」
祐己には、そう取り繕って由乃さんの後を追いかける事しかできなかった。



「由乃さん。どうして、あんな…」
こんな登校初日にあんな事を言わなくても…

「私にしか言えないことだからよ。いつまでも過去を引きずっているのは勝手…」
由乃さんは心底呆れたというように言葉を切ってため息をつく。


「…と言いたい所だけど、あれを慕ってやきもきする下級生まで被害を被るのは腹が立つわ」
うわ…由乃さん、あの貴子さんを『あれ』呼ばわり…でも…


「慕ってやきもきする下級生?」
「あの容姿であの器量ついでに性格よ、祥子さまをを慕う勘違い祐己さんみたいな下級生が大量発生するに決まってるわ」
祥子さまをを慕う勘違い祐己さんって…しかも大量発生って…


「その時になって、貴子さんの経歴まで知った上で逆指名するような勇気のある下級生の逆指名を断るような事やってみなさいよ。冗談抜きで自殺モンよ。
私はそっち方面のフォローをやるつもりはないわよ」
ま…まあ…その気持ちはわかるけど…

「そんな勇気ある逆指名を断行する下級生が現れるとは思えないけれど…」
「勇気というか物好きね…アホね…でも断ったら殺す権利があるわ」
うわ…愛読書に影響されたのかな、なんて物騒な…
『僕は君を殺す権利がある』…なんて…※1

「祐己さん以上に、貴子さんもそんな事態は想定していないはずよ、その時になって心の準備ができてなくて馬鹿な対応したら不幸の連鎖は終わらないわ。だからさっきのは貴子さんへの注意喚起よ」
あ…そういう意味だったの…

「私はてっきり…逆指名した人の立場で言っているのかと…」
「まあ…それもあるけどね」

やっぱり由乃さんもなんだかんだで貴子さんの事を気遣っているんだ。
かつては同じ山百合会のメンバーだったしね。

「そんな意外な物を見るような目で見ないでよ、祐己さんだって貴子さんとそれなりにうまくいってるじゃない」
それは…その通りだ。だって…

「お姉さまがそれを望んでるから」
姉妹関係を一方的に断ち切られた時、お姉さまはすごく傷ついた。
でも、あくまで貴子さんが不幸になる事を望んでいない。



あとがき

今年の一年生は個性的どころかアホみたいにスペックが高いやつらがよりどりみどりだーっ!
世代対応表を見るとわかります…。

久しぶりのマリみて主人公視点は書いていて楽しい。
周防院奏とよしのんの掛け合いは更に楽しい。

あと…よしのんがツンデレ化しやがった…
令さまにしか興味なかったんじゃなかったんですか…?

※1 コバルト文庫 伯爵と妖精 取り替えられたプリンセス より


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