早朝の運動場 朝一番に、白薔薇さまを先頭に寮生達と乙女の園に登校する。 宮小路瑞穂はようやくその行為に違和感を感じなくなってきた。 最初は正体がばれるんじゃないかとヒヤヒヤしてしていたけど、 慣れてしまうのが人間の性質なのか、それともただ単に開き直ってしまったのか… 朝に活動に参加する事をする余裕もできてきた。 今日お御堂での活動に参加したのは栞さんに勧められたからである。 聖書朗読の部活や朝一番に登校してきた熱狂的な白薔薇さまファン達と一緒に賛美と礼拝の担い手となり、白薔薇さまに意見を求められたりした。 その後、白薔薇さまと共に下級生にお御堂を託してから 妹と待ち合わせている栞さんと共に運動場に出る。 そこでは、予想通り陸上部が朝練に勤しんでいるのが見えた。 「そこー!遅れるぐらいなら前のヤツを倒せー! 負けこれすなわちスプリンターとしての死と心得るべし!」 大半の体操服姿のお嬢さま達を周回遅れにするハイペースを保ちながら叱咤激励を飛ばすその生徒こそ。 我が従姉妹、陸上部一のスプリンター、御門まりやである。 「部活には熱心なのね、まりやは」 それはともかく、前の走者を殴りつけるのもスプリンターとしての死ではなかろうか。 「御門さんは一年生の頃から練習量が一番なんですよ。 早朝に登校してお御堂で祈る私と付き合う理由が欲しかったみたいです。 まりやさんは負けず嫌いで意地っ張りなところがありますから…」 隣の栞さんが解説なさる。 朝に弱いくせにヘンなところで義理堅いな…まりやは。 性格が正反対なのに栞さんと仲がよくなったのもそんな性質のおかげだろう。 「しかし、すごい練習量ですわね。新入生が倒れそうになってます… まりやってスパルタなんですの?」 トラックを走り終えてまばらに休んでいる体操服姿の生徒達は例外なく倒れている。 リリアンの生徒…お嬢さまとしての体面を気にする余裕は全くない。 「いいえ、あなたの従姉妹は誰よりも早く練習を始めて。誰よりも速く走って。誰よりも気を遣って妹を鍛えているからみなさんが御門さんに従っているのです。 御門さんを目標にしているから。 私もああなりたいと思う時がありました」 「あんなの、私でも根を上げそうですのに…」 「それは謙遜でしょう。 あなたの体育の授業中の運動能力の高さは、三年生の中でも五本の指に入り。 とても稀な文武両道のお人という噂を聞きましたよ」 言えない…それが性別による運動能力の差だなんていえない。 それにあの時やったスケットボールはどちらかと言うと得意分野だったので…。 「宮小路瑞穂さんと白薔薇さま…見学ですか? …栞、お御堂を開けてもいいの?」 小休止の時間になったらしく、まりやが猫かぶりモードで応対してくる。 そしてすぐに解除して素の口調に変えるところがまりやらしい。 「今年入った部員に優秀な補佐がいまして。 それに、そろそろ私が卒業する事も考えたほうがいいと思いました。 あと、私に用事がある事を知っていますから、みなさんは笑顔で送り出してくれました」 「ま、あれだけ大げさな事をやったらね…」 リリアン全校生徒の憧れ、白薔薇さまが姉妹とすごく微妙な関係だったという事は校内に知れ渡っている。 そして新入生歓迎会以来、白薔薇のつぼみの藤堂志摩子と二人でシスターの居住区に入っていく姿もたびたび目撃されている。 そこで何をしているのか、二人の事情が公になった今では想像に難くない。 「ところで、瑞穂ちゃんは部活やらないの?」 「妹を作るのと同じぐらいに非現実的ですわよ、一年もここにいられないのですから」 「うーん…体育会系でも文化系でもいい線いってる人材なのになー」 「そうですね、私も勧誘はしたんですけど」 確かに、まりやと栞さんから陸上部とか聖書朗読の部活に誘われた事もある。 前の学校で体育会系の部活にいた瑞穂としては陸上部などに抵抗がない。 でも、着替えを頻繁に行わなければならないというリスクが伴うという理由で却下だ。 ちなみに体育の授業前の着替えはどうしているのかというと、 背中に醜い火傷の痕があるから人に見せたくないという理由で着替える教室を別にしているのである。 決して女の子と同じ部屋で着替えているのではない。 「ごきげんよう」 「おっはー」 そんな普通の挨拶と脱力したような声に振り向くと。 同じ三年菊組の高根美智子さんと小鳥遊圭さんがやってきていた。 「面白い話をしていましたね、ところで演劇部はどうでしょう? ここにいる圭さんは演劇部の部長なんですよ」 見た目は色白で美人といえなくもないんだけど、無表情で声に生気が感じられないというか…人形みたいな印象を与えてくるのが小鳥遊圭さんの特徴である。 そんな圭さんが演劇部の部長だったなんて意外だ、役者を演じるのにはとても向いているとは思えない。 「難しい…対照的な資質の二人が入ってきたからそっちの世話で精一杯だし、 自分のことで精一杯の人の面倒を見れる自信はないもの」 そして、要点を外していないのも圭さんの特徴だった。 「それなら華道部はどうでしょうか?」 「あ…いいわね。瑞穂ちゃんの得意分野じゃない…あとで紫苑さまにも言っておこう…」 得意分野って…茶道は確かに習ったことはあるけど…ここ最近全然手をつけてない。 それに、できるならリリアンの生徒との接触自体避けなければならないんだけど… 「まりやお姉さま。瑞穂さまは茶道もおできになられるんですか?」 いつの間にかまりやと一緒に走っていた上岡由佳里ちゃんがやってきていた。 「まりやお姉さま」といっているのは彼女はまりやの妹だからである。 同じ寮に住み、まりやに付き合って早朝に朝練をやっているとなると その絆の強さは栞さんの姉妹に匹敵するんじゃないだろうか。 「ええ、立ち方歩き方まで洗練されているんだから…甘く見ちゃいけないわよ…」 …由佳里ちゃんの期待のこもった視線に本当のことが言えなくなってしまう。 そんな状況に戸惑っていると…聞き覚えのある綺麗な声がかけられた。 「ごきげんよう。お姉さま方」 やはり、栞さんとここで待ち合わせしていたので来る事だと思っていた…栞さんの妹の藤堂志摩子である。 「ごきげんよう、志摩子…では、私はこれで失礼します」 「じゃあ、そろそろ終わりにするか…みんなー!再開するわよー!」 栞さんが妹と歩き出したのをきっかけに、一時の集まりは解散になった。 あとがき まったりと瑞穂っちルート開幕…と言う事にしておきます。 さり気に高根美智子さん初登場。しかし出てくる予定はほとんどありません。 栞さんは志摩子さんと二人っきりで神聖な事をしていらっしゃるのでしょう。 |