華道部の相談の輪



紫苑さんは華道部の指導を行っていた事があるらしく、まりやが朝の会話を伝えると


「では、放課後に一緒に作法室に行きましょう」
と誘ってきてくれた。



生徒と接触するのは避けたいのだけど、せっかくの誘いを断るわけにもいかず…。

放課後、紫苑さんに伴われて作法室へ行くことにした。






「まあ…紫苑さま。それに珍しく招かれた瑞穂さんですね。よく来てくださいました」


香原茅乃と名乗った作法室にて迎えてきた華道部の部長は、新参者の瑞穂にも丁寧に応対してくれた。

白状するとまりやの「得意分野」というのは大げさで、茶道に関してはそんなに得意じゃない。
大まかな作法は覚えていたけれど、やっぱり肝心なところは忘れている。

でも、香原茅乃さんや紫苑さんのおかげで忘れてた作法もうまく思い出せてきた。

こんな部活なら時々顔を出してもいいかなと考え始めた時…






「瑞穂ちゃん、紫苑さま!」

こんな声をあげて侵入してきた一人の生徒がせっかくの作法室の雰囲気を壊してくれる…


リリアン広しと言えどもこんな生徒は一人しか知らない。



「まりやさん…言いたい事は色々ありますが初めに言っておきますね…
 茶菓子ならあげませんよ」


その言葉でまりやがこの作法室でどういう事をしてきたかわかってしまった。
香原茅乃さんもまりやには手を焼いてきたらしい。

しかし流石は人をもてなすための作法室、突然の無礼な侵入者に対しても礼節を失わないのはさすがである。




「そうじゃなくて…ちょっとこの人をかくまって欲しいのよ」


まりやが引っ張ってきたその人は…。



「黄薔薇さま…一体どうしたのです?」


いつもの凛々しい感じなど全くなく、彼女の周りだけどんよりと曇ってしまっている錯覚さえする支倉令さんだった。

それにおかしい、確か今日は剣道部に出る曜日だったと記憶しているのだけれど。





「まあ、これは大変ですわね。
 落ちつくために…まずはお茶でもお淹れしましょう」

しおれた令さんを前にしてみんなが混乱する中、紫苑さんだけが頼もしく平然としてくれていた。












「なるほど…由乃ちゃんが剣道部に入りたがっている。
 でも由乃ちゃんの体の事を心配だから止めたほうがいい…と言うのですね」


人間は火か食事を囲めば和むというのは半分本当だったみたいだ。

作法室の独特の雰囲気の中、輪になって茶菓子として出された最中を口に運びつつお茶などすすっているうちに、令さんも少しだけ立ち直ったみたい。

そんな黄薔薇さまから事情を聞く事はできたけど、悩みが他の人にも伝染してしまうぐらい深刻な問題らしい。


姉妹制度についてまだ理解できてないけど、記憶に新しい久保栞さんの騒ぎにより姉妹の問題がデリケートな事は承知しているつもりだ。




「由乃は今日にも入部してしまうかもしれないんです…」
令さんは落ち着きがない。


「それはないでしょう。
 剣道部の人も顧問の先生も、令さんの了承なしに由乃ちゃんを参加させる事はできないはずです。
 …とすると今ごろ入部を断られた由乃さんは血眼になって令さんを探し回っているでしょうね」


紫苑さんは冷静に分析して令さんをなだめてる。
さすがは最年長…と言うとすねられそうだけど…この中で一番頼りになるのは紫苑さんだ。



あと…かくまって欲しいってそういう意味だったんですか。
妹に追い掛け回される黄薔薇さまを想像して、なんだか哀れに思えてきた。
妹のほうが強いとは聞いてたけどここまでだったなんて…。



「うーん…黄薔薇のつぼみの性格がアレだからねえ…
 『お姉さまのいう事を聞けー』なんて言ったら前みたいにロザリオ突っ返されそうだし…
 あたし達が口出しするわけにもいかないし…」

まりやも頭を痛めてる、体育会系のエース同士気が合うというのは本当らしい。

三人寄れば文殊の知恵というけれど…瑞穂は姉妹のことを詳しく知っているわけではないのでこの件に関しては全く不案内で役に立てそうにない。



作法室で輪になってお茶をすすりながら、沈黙して同じ事に悩んでいるとなんか変な状態が続く中で…。






「由乃さんと同じように去年入院していた者としての考えですが…
 本人がやりたいと言うのなら、やらせてみてはどうでしょうか?」

突然、紫苑さんが令さんを驚かせるような事をおっしゃった。



「ど…どうして?」


「病んだ人が何かに挑戦するという事は健康な人には考えられないような決意を必要とするんですよ。
 姉としてその意思を尊重しなくてどうするのです?」


黄薔薇さま相手に意見を述べる紫苑さんはいつも通り穏やかだけど…圧倒するような雰囲気がある。


あれ程反対していた黄薔薇さまでさえそんな紫苑さんに考えを動かされつつあるようだ。



「でも…由乃はの体は耐えられない…」

まりやに匹敵するぐらい元気なのに、妹のことになると弱くなるんだな令さんは…。
失礼だけど…悩みすぎておかしくなっているのではと本気で心配してしまった。


前にまりやが「姉ばか」だと言っていたときにはにわかに信じられなかったけど、その表現が正しいとわかってしまった。



「体育の授業を休んでいないのなら体に支障が出る事はないと思います。
 むしろ耐えられないのは、病弱だった妹を運動させるあなたの方ではありませんか?」

「私の…方?」


「妹の意思に反してまで部活をさせたくないのは、
 あなたが弱いと思っている妹が、鍛えられるのを見ていられないからではありませんか」

核心を突くような紫苑さんの言葉に目の前の支倉令さんは考え込んだ。

どうやら紫苑さん、令さん自身も気付いていない事まで見抜いてしまったらしい。
瑞穂の性別を見抜いた時といい、さすがというか…すごい。



「そうです…私は不安なんです」

少年みたいな外見だけど、中身は女性なんだな黄薔薇さまは。
見ていて哀れなほど落ち込んでしまった。



「ごめんなさい、あなたの領域に踏み込み過ぎたようね」

突然、ふっと力が抜けたように紫苑さんがいつもの穏やかな雰囲気に戻る。


「紫苑さまの言っている事は正しいと思います
 でも不安なんです。こんな状態の私に指導ができるのか…」



「じゃあ逆に考えてみればどうかしら。
 もし、由乃ちゃんが部活に参加せずにやりたい事ができないまま放っておいたら?
 それは籠の中に鳥を入れておくぐらい、いけない事よ」

まりやが相変わらず遠慮のない事を言うけど、その不安には同情する。




「強くなってください、黄薔薇さま。
 至らないばかりに後輩に迷惑をかけたことは…私にも経験があります。
 貴方のその悩みは我が事のようにわかります。
 でも、自分の欠点を棚に上げて後輩を指導するのは人の上に立たなければならない先達の宿命ですわ」


リリアンに来る前の高校での体育会系の部活でも、同じような悩みがあったから…。




令さんは、しばらく考え込んだ後。




「ありがとう、ためになりました。
 来週にでも由乃を剣道部に連れて行きます」




まだ不安は隠しきれていないけれどその決心を聞く事ができ、


みんなはようやく茶菓子を楽しむ事ができた。







あとがき

茶道部の香原茅乃さん登場…しかしおとボクでもたった一回の登場という背景キャラの宿命か
華道部会議にさえいれてもらえない始末…かわいそう

あと令さま、ヘタれるの巻。

そして紫苑さま本領発揮
彼女の資質はある意味水野蓉子さま以上ですけど…少しやりすぎたか。


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