再観察・隣の編入生



正体を知っても隣の瑞穂さんは、いつもと同じに見えた。

女性なら誰もが羨みそうな綺麗な髪に端正な顔立ち、紫苑さまと話しているその姿はお嬢さま然としている。
この人が違う性別だなんて、見ているうちに信じられなくなってきた。



「瑞穂さん、剣道部に入部はしないんですの?」

「紫苑さん。また私が…その…違うという事を忘れてますね」

「あら、ごめんなさい。すっかり忘れてました」


紫苑さま…やっぱり知っていたんですね。


一年上の留年したお方は鳥居江利子さまが令を探し当てた時のような表情をしている。
それを見て、なぜ瑞穂さんの事情を知って元気になったのか分かる気がした。

リリアンの最後の一年を面白おかしくしてくれる人が見つかったのが嬉しかったのだ。

紫苑さまにとって、最後の一年は誰も友人と呼べる人がいない寂れたものになるとあきらめていた所に瑞穂さんが現れたのだから。



昨日は悩むあまり瑞穂さんをどうしてやろうかと思ったけど。
元気な紫苑さまを見ていると、不思議と瑞穂さんをリリアンから追い出そうという気にはなれない。


紫苑さまの事を頼むという水野蓉子さまのお願いもある。
でも…


「私は令さんが由乃ちゃんを剣道部に迎え入れるのを見とどけた後に去ることにします。
 お二人の問題にこれ以上関わるのは姉妹のために良い事ではありませんから」

こんな瑞穂さんをいざ目にしてみると、嫌いになれそうにない。





「では、今日の部活が最後ですか…残念ですね、瑞穂さんの道着姿。とてもお似合いで素敵でしたのに…」

「からかわないで下さいよ…令さんと比べれば馬子にも衣装です…」


ただでさえ瑞穂さんの女性の魅力を分けて欲しいぐらいなのに、
そんなふうに謙遜されるとかえって嫌味に聞こえてしまう。

彼女はもっと自信を持つべきだ。



…彼女?



いけない…紫苑さまじゃないけど、今さっき本当に瑞穂さんの事情を忘れてた。

だいたいどうして瑞穂さんの事を心配しなきゃいけないのだろう。
今日から剣道部に入部する由乃を正式に認めるという一大事をひかえているのに…どうして…。



そんな考えは、横から突然のびてきた手によって乱された。

我に返ると、瑞穂さんが令の教科書のページを開いて差し出しているのに気がつく。


「もう授業が始まってますわよ。しっかりして下さいね」

「あ…ええ…」

見渡せば、いつの間にか休み時間が終わっていて静まり返った教室に緋紗子先生が黒板に字を書いている音だけが響いていた。

あわててノートを取り出すと、せっかく瑞穂さんが開いてくれた教科書を閉じてしまう。



「気にしないで、誰にでも調子が悪い時はあるものよ」



そんな事を言って、瑞穂さんが再び教科書を開けてくれる。


そんな事されると怒りが消えて…すごい脱力感が襲ってきた。

もう訳がわからない。
こんな人が隣にいるのは一種の拷問に近い。



…かみさま…あなたは何を考えてこの人をお創りになられたのでしょうか?

栞さんじゃないけれど、瑞穂さんを見てるとそう問わずにいられない。



「主に不可能はありません。
 60歳を越した不妊の女性に子供を宿し。
 男性を知らない女性に聖霊によってイエスさまを授けて下さりました」



こんな栞さんの言葉が思い出される。
この人の存在は神秘のレベルなんじゃないだろうか…。

この目の前の見ていて羨ましくなるぐらい可憐で親切でお嬢さましてる同級生の行動が…


…女装している男性が嫌々やってるやむを得ない演技だなんて…



結局、隣にいた人のせいで一時間もまともに授業を受けることができなかった。





あとがき

令さま百面相するの巻。
前の観察とは打って変わって混乱しております。

黄薔薇さまになってなおヘタ令という不名誉極まりない汚名をもらっている彼女の内面の葛藤ですが…なんか園樹の趣味が暴走している気が…
(今更でしょうか…)


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