観察・ヘンな転校生


失礼だけど、隣にやってきた宮小路瑞穂さんはとてもヘンな人だった。



「ヘンな」とは「普通じゃない」のをさすのではない。


支倉令自身、珍しい部類に入るし山百合会のメンバーも一人を除いてみんな普通じゃない。
前の薔薇さま方…鳥居江里子さま・佐藤聖さま・水野蓉子さまなんて三人共「常軌を逸した」人だったし。


でも、そんな人たちを見てきた令にとっても「ヘンな」と表現しなければならなかった。





第一に見た目。

第一印象を端的に表現するなら、
祥子の気高さを押さえて祐巳ちゃんの親しみやすさをブレンドした感じ…
つまり対照的な紅薔薇姉妹の良い所取りという反則的な外見である。

それだけで姉妹になって欲しい人ナンバーワンを狙えるかもしれない。



おまけに歩く時も座る時も背筋が伸ばされ、常に視線がやや上向き。
一般的に「姿勢の良い人」と思われそうだけど、令から見ればそれは自然体で隙をなくしている「武道をかじった人」の姿勢だった。





それ以上に特徴的なのはその能力だ。

彼女は進学校で上位の人だったらしい。
その真偽は不明だけど、編入試験代わりのテストで学年のトップになったのはミステリー7番と言う形でみんなが知っている。



「すごいでしょ。
 昔から立ち方歩き方なんて仕込まれてるし、お茶にお花に日舞に長刀、書道に空手に合気道まで標準装備なんだから。
 でも言葉遣いがなってないのせいでレディとしては今ひとつって言うか……
 だからまあ。いまどき珍しく修身とか礼儀作法とかの科目が残ってて、
 普段もお嬢様言葉が必要なリリアンで修行しなさいって、お祖父さまの遺言だったみたい」


こんな風に従姉妹の御門まりやさんが自慢したくなる気持ちもわかる。


容姿端麗・眉目秀麗・成績優秀・文武両道…
ここまで来ると優等生のお手本と言われてきた水野蓉子さまもびっくりな完璧超人だ。




でも天は二物を与えず…彼女も例外じゃなかったみたい。

彼女には決定的に自信というものがが欠けている。



最初は特殊なリリアン女学院に慣れていないのだと思っていた。

でも、瑞穂さんの見ていて哀れになる程のおびえ方はそんな言葉で説明できるものじゃないみたい。

いつも、迷子になった子供か…隠れて罪でも犯しているようにおびえながら
普通の人なら疲れて動けなくなりそうなぐらいに緊張している。





それなのに、最も令を驚かしたのは瑞穂さんが十条紫苑さまにもたらした変化だった。








十条紫苑さま。

支倉令の姉の鳥居江利子さまと同じ年度、そして水野蓉子さまに勝るとも劣らない器量を持った紫苑さまも当然、去年親友の紅薔薇さまと共に卒業するはずだった。

でも入院し、出席日数が足りずに留年してしまったのだ。



卒業する前、水野蓉子さまは十条紫苑さまのことを心配して当時のつぼみ三人にこう頼んできた。

「紫苑のことを陰で支えてあげて。
 紫苑の優等生らしいところが邪魔をして誰とも気軽に話せないと思うの」


さすがは水野蓉子さま、その心配は当たっていた。



誰かを姉に持つ人は、いけないと知りつつお姉さまが留年して同じ学年になってくれる事を夢想しない人はいない。
でも、その状況は少女達が夢想するほど嬉しい事ではない。

十条紫苑さまもかわいそうに、今年度は三人の薔薇さまを含めて三年生全員が「紫苑さま」と呼び遠慮してしまうようになってしまった。
水野蓉子さまに劣らない優等生で、鳥居江里子さまのように冷めた所がある紫苑さまに気軽に話しかけられる者などいなかったからである。


紫苑さまとまともに話ができるのは黄薔薇さまの支倉令さんだけ…
そんなジンクスが三年菊組の教室にできてしまった。


更に悪い事に紫苑さまは鋭い。
おそらく令が水野蓉子さまにお願いされた事なんて同じクラスになった初日に見抜いてしまわれただろう。


だから、誰とも心を開かず仕方がないとあきらめたように沈んでいた。
全てを拒んで、一人で引きこもっているような紫苑さまに声をかけたくてもその雰囲気に手を焼かされた。




あの日、編入生として宮小路瑞穂さんが現れるまでは。




「覚えていてくださったのですね。私、十条紫苑と申します。
 遠慮なさらず困った事があったら何でも相談してくださいね」


そう話しかけている時はまだ、初対面の人に対する社交辞令だと思っていた。

でも、授業中の休み時間にびっくりした。

瑞穂さんと一緒に帰ってきた紫苑さまは笑っていたから。

紫苑さんの笑顔など半年は見れないと困っていたのに…。




その日を境に紫苑さまに気を配る必要もなくなった。
事情を知らないとはいえ、リリアンの中ででたった一人「紫苑さん」と呼ぶ編入生が紫苑さまの話し相手になってくれて、
紫苑さまもリリアンに不慣れな瑞穂さんに明るく世話を焼き、他の三年生達とも話すようになってくれたからである。



水野蓉子さまの心配した事をたった一人で解決してくれたのだ。









以前、体育のバスケットボールの授業の後、教室に戻ってきた時に十条紫苑さまが瑞穂さんとこんな会話をしていた。。



「それにしても、瑞穂さんは何でもおできになられるのね」



授業中は、武道で鍛えたと思われる運動能力の高さと集中力を生かして大活躍だった。

お世辞にも元気と言えない紫苑さまが同じチームというハンデがありながら、瑞穂さんは終始試合の主導権を握っていたのである。


でも、瑞穂さんの答えはヘンだった。


「紫苑さん…忘れていませんか?…その…私が…」

「あら…ごめんなさい。すっぱり忘れてました…」



…そこでどうして瑞穂さんが脱力したように机に突っ伏すのだろうか?
紫苑さまは瑞穂さんの何を知っているんだろう?


「瑞穂さん、最初の頃とくらべるとリリアンの生徒として磨きがかかっていますから。
 それに…運動ができて成績もよいのにそれを鼻にかけない謙虚だなんて。
 瑞穂さんのそんなところ…好きにならない人はそういないと思いますわ」






こんな紫苑さんの言葉は決して大げさではない。


でも、瑞穂さん本人はは自分の魅力に全く気付いていない。


瑞穂さんはお祖父さんの遺言でリリアンにやって来たと言っていた、きっとその方は瑞穂さんの事をわかっていたに違いない。



自信をつけてあげて、ほんの少し磨きさえすれば淑女の理想として輝けることは間違いないのに。


その輝きを埋もれさせたままにするのが惜しい。

そして、瑞穂さんの事を輝かせてあげようとするうち。


紫苑さまが瑞穂さんの重大な秘密を知っている事に気がついた。

紫苑さんいわく(普通では想像もできないような人ですし…)と
一体、紫苑さんの何を知ったのかはわからないけど。








「強くなるのです、黄薔薇さま。
 至らないばかりに後輩に迷惑をかけたことは…私にも経験があります。
 貴方のその悩みは我が事のようにわかります。
 でも、自分の欠点を棚に上げて後輩を指導するのは人の上に立たなければならない先達の宿命ですわ」




こんな風に励ましてくれたのだから。

本当に…どうしてあんなに自信がないのか訳がわからないけど、何か話せない事情があるのなら分かってあげたい。

瑞穂さんの事を調べずにはいられなくなってしまった。




あとがき

令さまモノローグ。

リリアンの支倉令さまから見た紫苑さまと瑞穂さんを描写してみました。

こうやって、令さまは踏み込んではいけないところに踏み込む事になりましたとさ。

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