体験入部 「瑞穂さま。その格好は何ですか?」 放課後、昼休みに言われた通り体操着に着替えて待っていると十条紫苑さまと宮小路瑞穂さまは約束どおり来てくれた。 でも、顔を合わせた瞬間につい不快丸出しの声を出してしまった…。 由乃の仮入部のために執り成してくれる二人には感謝すべきなのだ、それはわかっている…でも… 「自分の道着があるから着てきたのだけど…何か不都合でもあるのかしら?」 ・・・あろう事か由乃と同じ新参者のくせに道着を着ているのである。 由乃には体操着で来いと言っていたのに、自分はランクが上の服を着ているのは腹が立つ…。 「由乃ちゃん、瑞穂さんは武道もたしなんでいらっしゃるのよ」 紫苑さまの口から語られたのは驚きの事実…令ちゃんと対照的でいかにもお嬢さまといった感じの瑞穂さまが経験者だなんて。 そういえば、いつも目立つ祥子さま以上に長い髪は器用にまとめて防具の邪魔にならないようにしてある。 それは手馴れていないとできるものではない事を由乃は知っていた。 十条紫苑さまと宮小路瑞穂さまに連れられて道場に行くと、剣道部の野島部長は驚きを隠しきれない表情で出迎えてきた。 気持ちはわかる。 前に由乃が一人で来た時とは天と地ほどの差のある態度に腹を立てる前に、このお二人に応対しなければならない野島部長に同情した。 まるで「お姉さま」を絵に描いたようなお二人…しかも片方は想像もしなかった道着姿…。 道場に来るまで多くの人がチラチラと視線を送っくるぐらい、リリアンの生徒にとって刺激が強いのである。 「ど…どういう風の吹き回しでいらっしゃったのですか十条紫苑さま…? それに編入生の宮小路瑞穂さん…その格好はもしかして…」 「もしかしなくてもご想像の通りです。 編入して来た瑞穂さんは短いリリアンの生活を充実させるために部活を体験して回っているのです」 「今日は剣道部に体験入部したく参りました。 私は短い期間しかリリアンにいられないので入部の意思もほとんどありませんが…迷惑でしょうか?」 「迷惑だなんてとんでもない…歓迎しますよ…でも…」 部長さんはこっちを見てくる。 「本人はもう体育の授業を受けてますし、それほど危険な事とは思えません。 それに、着替えてやる気になっている彼女に体験もさせずに追い返すのも酷というものでしょう」 瑞穂さまが着替えて来いと言ったのはその主張のためだったのですか。 この人、結構頭が切れるのかもしれない。 「黄薔薇さまもこの事は了承しています…本人は風邪で休んでしまっていますが。 きっと、次回からは一緒に部活に参加する事になるでしょう」 形式上、十条紫苑さまは在籍しているリリアンの生徒の中で最年長で立場が一番上のお方なのである。 その方に整然と説得されれば折れずにいられなかったみたい。 部長の野島さんはいくつかの条件をつけて由乃を道場に入れてくれた。 指導員に選ばれた田沼ちさとさんは道着姿。 瑞穂さまの付き添いで見学する事になった十条紫苑さまは制服姿。 そして体操着の由乃という服装がばらばらの三人が道場のはしに残された。 誰かが危険と判断したらすぐに指示に従う事…それが由乃の仮入部の条件である。 そして今日のところは由乃の近くに正座している紫苑さまが由乃のお目付け役らしい。 ずっと監視されるのは気に入らないけど、こうやって仮入部の形で道場にいられるのは紫苑さまの力による所が大きいので文句は言えない。 「入部したての頃は、私も黙々とストレッチしていたのよ」 由乃のストレッチの指導員として選ばれた田沼ちさとさんがそんな事を話してきた。 「瑞穂さんみたいに練習に参加できず不満もあるでしょうが… もし私が今日体験入部をお願いしたとしても扱いは由乃さんと同じだったはずです。 がんばってくださいね、これが第一関門です」 監視役を買って出た紫苑さまが、そんな事を言って励ましてくれる。 大柄だけど細くて色白、お世辞にも健康といえない紫苑さまが竹刀を持っている姿なんて想像できません。 でもよく考えてみると、紫苑さまは去年出席日数が足りなくなる程入院していたいわば由乃と同じ経験をした人、一番由乃の事をわかっているのは紫苑さまなのかもしれない。 「ただ道場にいて鍛錬をしていればいいというものではありません。 道場にいる限られた時間の間、何をすれば自分を高められるかを常に考え実行する余裕がなくてはとても成長など望めません。 そのためには部活の時間内に全力を出し切るとはどういう事かを体で覚える事が第一歩です」 驚いた、このミス・パーフェクトは武道の心得も知っているというの? 由乃の背中を押していた田沼ちさとさんもびっくりしている。 「紫苑さま…すごい。私が言いたくて言葉にできなかったた事をあっさりと…」 「これは瑞穂さんが由乃ちゃんに話すように言われた事なんですけどね」 …くやしいけど、防具と竹刀を装備して剣道部員に手ほどきを受けている瑞穂さまは由乃のはるか先を行っている。 腹が立つ、まるで高みから見下ろされているみたいだ。 「そして瑞穂さんはこうも言っていました。 武道をたしなむ上で必要なのは環境脱皮のための創意工夫…いわば新しい事に挑戦するたゆまぬ姿勢です、由乃さんのような… それを失わないうちは、道場にいる価値はあると…」 紫苑さまの言葉にびっくりした。 だって…それこそ誰かに言って欲しかった言葉だったから・・・。 正直なところ、お姉さま憎しの一点張りでそんな建設的な事など考えていなかった。 いつまでこうしていられるのだろうかと不安だった。 でも… 鍛錬している瑞穂さまをみてみる。 面に隠されてその表情はわからない。 「すり足が乱れてる。踏み込みが浅い」 剣道部員の注意に対応し、瑞穂さまは的確に動きを磨いてゆく。 いつも見る側だった由乃にはわかる。 足運びなどの基礎がおろそかだけど、瑞穂さまは熟達している。 「足に気を取られて防御がおろそかになってはいけないわ」 身体能力の高さと経験、何よりさっき紫苑さんに言われた事まで考えている熟練者という事実は認めなくてはいけないし… 何より見慣れた姉に劣らないぐらい凛々しい姿を見せ付けられれば、不覚にもかっこいいと思わずにいられなかった。 あとがき 由乃視点での瑞穂さま、剣道部に体験入部するの巻。 この瑞穂さま、何かヘンです。 本来彼女は受身で自分からは何もしないキャラのはずなんですが… コレも展開の都合上仕方なく積極的に部活に参加させる事になってしまいました。 あと、島津由乃嬢は姉以外の人にはほとんど興味を示さないのが設定なのに、瑞穂さまに興味を示す事オリジナルの厳島貴子さんのごとし…いいのだろうか。 |