ヘンな令ちゃん


「送っていくわ」


部活が終わり、慣れない体力づくりに疲れた由乃に、制服に着替えた瑞穂さまがそう声をかけてきた。



断わろうとしたけど…

「下校中、由乃ちゃんにもしもの事があれば私は令さんにどう説明すればいいの?
 それに、剣道部の責任にもなってしまうのよ」

…瑞穂さまは家にたどり着けるか怪しいぐらい疲れているのを見抜いていた。


仕方なく全く部活の間中、動き回ってたくせに疲れを全く見せていないこの方と一緒に下校する事になった。




頼みもしないのに、瑞穂さまは色々な事を話してくる。

二日前、作法室で令ちゃんに相談を受けた事。
紫苑さまを含めて心配する令ちゃんを説得して、由乃の入部を了承させてくれた事。



「令さんはあなたの事を心配するあまり…何も考えられないみたいだったわ。
 きっと、私達に説得されて決意したのだけど、悩みすぎて当日に体調を崩してしまったのね」


「お姉さまはあれで、気弱なところがありますから」


部活を体験するまでは、瑞穂さまの第一印象は令ちゃんとなれなれしく関わる新参者で気に入らなかった。

でも入部を手伝ってくれたし、間違った事は言わないし…会話が弾んでいくうちに不満もなくなっていく。

そんな事を話しているうち、家に着いた。



「ごきげんよう。送って下さり、ありがとうございます」



門扉をくぐって別れの挨拶をしようと振り返ると、瑞穂さまが隣…令ちゃんの家のインターホンを押しているのが目に入った。



「ちょっと!何やってるの!?」
つい、素を出して応答してしまう。


「……リリアン学園三年生の宮小路瑞穂です…」


そうか、宮小路瑞穂さまは令ちゃんと同じクラスだった。


令ちゃんに無断で剣道部に入部したから顔を合わせづらいんだけど、瑞穂さまに手招きしてくる。



「ここで有無を言わさず家に侵入して、今日の報告をすれば仲直りできそうよ」

余計なお節介だと思ったけど、忠告に従って玄関の前で待ち構えていると、見慣れた姉が出てきた。

今日一日中休んでいたはずなんだけど、まだ顔色が良くない。



「…瑞穂さん。あれ、由乃?もしかして送ってきてくれたの?」

「配られたプリントと…宿題、ならびに連絡事項ですわ」


「ありが…」

ありがとう…と言おうとしたんだと思う…。
でも…なぜか令ちゃんは瑞穂さまを見て固まってしまった・



ぼけーっと瑞穂さまに見とれている令ちゃん…ヘンだ…長い付き合いの由乃もこんな姉は見たことがない。

すごく、怪しい。



「熱があるのね…、今日はゆっくり休んでくださいね。
 では、お大事に」

「あ…う…」

穂さまは気を利かせてすぐに立ち去ってくれたけど、令ちゃんはなぜか夢遊病者にでもなったみたいに突っ立って何の反応も示さない。

仕方なく、別れの挨拶さえもできずに立ち尽くす姉を引っ張って通いなれた家にお邪魔する事にした。









令ちゃんを、彼女の部屋まで引きずって行き。
見知った部屋の中央で向かい合う。

瑞穂さまに「今日の事を報告するだけでいい」と言われたときにはどうなるかと心配したけど、問題の令ちゃんはなぜかぼけーっとして上の空…。

これならまだ喫茶店で口論した時の方がマシのような気がする。

「紫苑さまと瑞穂さまか茶道部で何を話していたか聞いたよ。
 私が探し回ってる間に作法室でのんびりしてたんでしょ。
 なんでそれを私に言わないのよ…と言いたい所だけど。なにか別のことで嫌な事でもあった?」

「やっぱり、由乃にはわかるのね」

今の症状には見覚えがないんだけどね…。



「…私は御門さんに瑞穂さんの秘密を知らされたの。
 どうして私に教えたのかわからない…とんでもない事を。
 自分でも情けないって思うけど…とても正常な気分でいられなかった…」


「令ちゃんが何を知ったのか知らないけど、瑞穂さまが悪い人には思えない」

剣道部どころか帰宅するまで由乃に付き合ってくれたし。
紫苑さまと仲がいいし…。


「よかった…じゃあ由乃は瑞穂さんに何もされなかったのね…」

訳がわからない…。
お人好しの令ちゃんをして警戒させるなんて、一体あの人は何を隠しているのだろうか?



「今日はいろいろな事考えてたの…それで心配のし過ぎで体が変になってしまったみたい。
 さっきも瑞穂さんを見て何も考えられなくなってしまったの」


「じゃあ本人の前で文句を言ってみれば?」

「そのつもりだったけど…さっき瑞穂さんと向き合ったらなんだか訳がわからなくなって…
 あんな事を知ってしまったら今までどおり瑞穂さんと話しなんてできないの」


情けないな…、鍛えているのにどうしてこう押しが弱いんだろう。


「じゃあ、こてんぱんにしちゃうというのはどう?
 瑞穂さまは次の部活にも来るって言ってた、その時令ちゃんが本気で…『厳しく』鍛えればいいんじゃない?」

冗談だけどね、令ちゃんにそんなことできるはずないし…。




「いいかもしれない…殴れば…すっきりする気がする」

あれ…なんか令ちゃんが…不敵な笑みを浮かべてる。



「ちょっと…今の冗談のつもりだったんだけど」

「そうね…そういう解決法もあったか…」


聞こえてなーい。

瑞穂さま…アナタは一体…何をしたんですか?
どうして…どうやったら、外見と中身が正反対の令ちゃんをここまで殺る気にさせられるのでしょうか?


一日中悩みすぎて変になったのは体だけじゃなかったみたい。




体験して初めて分かった今日の教訓。
いつもと立場が変わって暴走しそうな令ちゃんをなだめるのは、剣道部に参加するよりも精神的にきついという事…。

令ちゃんのためにも、これからはちょっと姉に優しくなろうと思った。






あとがき

今回の令さまはヘタ令を通り越して頭のネジが外れてしまっております。
まあ…となりの友人が○だったなんて知ったらどうなっても仕方ないとは思いますが

妹の事を忘れるほどそっちに悩むと言うのはどうか…

由乃視点って難しい、どう見てもこれ、由乃の暴走が控えめになってるとしか思えない…

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