寮の風景(告知後)



「はい、瑞穂さま。今日はお疲れのようですね」


リリアンかわら版のおかげでずっと質問攻めにさらされたり、エトワールスールの選挙について三年菊組のみんなから励まされる事になったりと…忙しい一日ようやくが終わり、寮の食堂で休憩していると奏ちゃんがお茶を淹れてくれた。



「ええ、リリアンかわら版に私の事が大げさに書かれていましたし」

学校中どこへ行っても黄薔薇さまとの関係を好奇心のかたまりのような目で見られるのはたまったものじゃなかった。


「大げさだなんて、黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)と黄薔薇のつぼみのお二人を手伝う事ができたのはすごいことですよ」

「そうですよ。
 瑞穂さまが剣道部で黄薔薇さまに勝るとも劣らない大活躍をなさったって聞きました!
 見たかったな〜」

「それに瑞穂さまは新入生歓迎会でも活躍なさったみたいじゃないですか…みなさんは瑞穂さまがエルダースールになって欲しいといっていますよ」


下級生達が興奮して声をかけてくる。


どうやらミステリー特集・新入生歓迎会と続いて三回もリリアンかわら版に掲載されて話題を呼んでしまったらしく、エトワールスールの選挙で瑞穂に投票しようという雰囲気ができてしまっているらしい。



「でも、転入したばかりの私には縁のない話でしょう?」

リリアンには瑞穂が知らない事がまだ沢山ある。
なのに代表に選ばれるなんて考えられない。



「そんなことないって。
 今年の有力候補は蟹名静なんだけど、去年の冬に白薔薇革命って騒動を起こしてまで妹をゲットしたの、だから『みんなのお姉さま』にふさわしいとはいえないの。
 だから今年はめぼしい候補がいないのよ」

まりやには悪いけれど、今日厳島貴子さんに言われた通り、票を誰かに譲渡するのが現実的だろう。
それにいくらなんでも、新しく入ってきた編入生を重要な役職につける事もないだろう。





「ところでさっきから瑞穂ちゃんが読んでるそれは何?」


「図書委員の蟹名静さんから渡された歴史の参考書ですわ。使ってみた感想を七日以内に書いてきてほしいと…」


「瑞穂ちゃん。一体いつ蟹名静と知り合いになったの?」


「以前に図書室の整理作業のお手伝いをした時に知り合いました。
 その後、参考書を貸し出すことに関して紫苑さまも交えて相談を受けて、参考書の評価するように頼まれましたの」

蟹名さんは前に整理した参考書を貸し出し可能にする事を計画しているらしい。

彼女の要望に応えるため、瑞穂は今まで彼女が差し出してきた何冊かの参考書を使った評価を書いて提出している。


「瑞穂ちゃんの得意分野だったわね…でもロサ・カニーナは何を考えているのかしら。
 何かされなかった?」

初対面の時にちょっとした冗談のような言葉をかけられたりしたけれど…どうしてそんな風に警戒するんだろう?


「蟹名静はね…別名ロサ・カニーナと言って、目的のためには手段を選ばずどんな悪知恵を働かしてくるかわからない危険人物なのよ」


それが、新聞部をはじめ多くの人を巻き込んで暗躍してきた人の言うことだろうか?

蟹名静さんはまりやと同じように砕けた所はあるけれど、職務に忠実で指導力があり面倒見もよい上級生と言った感じである。





もし彼女がここにいたなら…

「その言葉、そのままそっくりお返しするわ」

…とか言って不敵な笑みを浮かべそうな気がする。





そういえば彼女も人気があるみたいだった、紫苑さまの次ぐらいにエトワールスールにふさわしいんじゃないだろうか?





まりやは瑞穂の読んでいた参考書を観察してなぜか驚いたみたいだった。


「おかしいな…よりにもよってその本を瑞穂ちゃんに渡すとなると…
 いや…いくらなんでもそれは考えすぎか…」


「どうしたのかしら?その本に何か問題でもあって?」


「この本の持ち主の名前に水野蓉子とあるわ…つまりこれは前の紅薔薇さまの物なのよ」



あれ…だとすると、この前の世界史の授業中に紅薔薇さまがすごい目でにらんできたのは…もしかしてこの参考書のせいだったのだろうか?

前の紅薔薇さまといえば、今の紅薔薇さまにとっては姉にあたる訳だし…。


「同級生に頼んで噂を流してもらうのなんて好ましいことではないわ」

などと不機嫌をあらわにして注意してきたのにはつい驚かされたけど、さらに機嫌を損ねてしまったかもししれない。




薔薇さまといえば…エトワール(花形)と名のつく役職には全校生徒から慕われる薔薇さまにこそふさわしい気もする。



「薔薇さまこそエトワールにぴったりなのではないかしら?」


告知によれば、穏便かつ円滑に選考が進まない場合…つまり票の集まった生徒が祝福されない場合に限り、薔薇さまがエトワールスールを兼任できるとしている。


「冗談!?今年の山百合会の一番人気は小笠原祥子よ。
 あんな奴をお姉さまなんて呼ぶことになっちゃかなわないわ!」


反対するまりやは、山百合会でにらみ合いをしていた事から分かっていたけど相当根に持ってるな……お互いに。




「まあ、瑞穂ちゃんはふつーにしてればいいの。後はあたしらにお任せあれ。
 それに紫苑さまも協力してくれるって事だしね。鬼に金棒よ」


「まりやお姉さま、もう一杯いかがですか?お変わりをお持ちいたします」

まりやのカップが空になっているのに気づいた妹の由佳里ちゃんが声をかける。



「うん、持ってきて。ここは景気づけに大盛り一丁」


まりや、ラーメンじゃないんだから…。





そんなまりやの声にあきれていると、突然歓声が玄関のほうから聞こえてきたので何事かと思った途端、上岡由佳里ちゃんが食堂に駆け込んできた。


「まりやお姉さま。黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)がお見えになりました。
 お姉さまと二人で話がしたいそうです」


白薔薇さまはここに住んでいるから久保栞さんが帰って来るのはわかるのだけれど、黄薔薇さまがやって来るのは今までなかった。


「黄薔薇さまが寮にやってくるなんて珍しいです。今お茶をお入れしますです」

「そんな気を遣わなくていい。ちょっと話したらすぐ帰るから」


由佳里ちゃんの後に続いて支倉令さんが姿を現すと、下級生達が興奮と好奇の目で見てきた。
リリアンかわら版の影響は恐ろしい。


「寮にようこそ、令。そろそろ来る頃だと思っていたわよ」


「瑞穂さんも御門さんも。立派に寮のお姉さましてるみたいね…感心だわ。
 瑞穂さん、御門さんを借りていくわね」


食堂に入ってきた黄薔薇さまはまりやだけに用があるらしく、ざわめく下級生には目もくれずにまりやを伴って歩き出した。


「私も行きましょうか?」

令さんにはリリアンかわら版の事とか、選挙のことについて話をする必要があるように思える。



「今は御門さんと二人で話さなければならないの。
 でも、瑞穂さんを交えて話す機会はまた訪れると思う」

「そういう訳で瑞穂ちゃん。下級生の相手をお願いね」


二人がそう言うので、大人しく寮のお姉さまとしての役割を果たす事にした。






あとがき
リリアンを舞台にしたマリみてメインの進行なので仕方がないとはいえ…主人公なのに瑞穂さまの出番が少ないです。



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