投票談義


二年生(紅薔薇のつぼみ)
「エルダーのお姉さま」


三年生
「紅薔薇のつぼみ。あなたがお姉さまと呼んでいいのは紅薔薇さまだけよ。
 もしあなたのお姉さまに聞かれたりすれば嫉妬されちゃうじゃないの」


二年生(紅薔薇のつぼみ)
「選挙をするまでもなくあなたがエルダースールになられる事はもう決定してるようなものです。
 もうエルダーのお姉さまとお呼びしてもいいじゃないですか、ずっとそうしたかったんですから」


三年生
「紅薔薇のつぼみ、あなただから言うのだけど…私は正直、エルダースールになるのはイヤなの」


二年生(紅薔薇のつぼみ)
「どうしてでしょうか?エルダースールと言えばリリアンの全校生徒の頂点ですよ、実質は薔薇さまよりも上の立場になれるんですよ」


三年生
「エルダーは英語で、スールはフランス語でしょう。なんか響きが悪い。
 おまけにエルダーというのは『長老』とか『賢者』を意味してるじゃない。
 ヨハネの黙示録では『栄光は貴方の物です』といって栄光と冠を主にお返しする方々の事よ。
 私はそんな形式ばったのは好みじゃないの」


二年生(紅薔薇のつぼみ)
「でしたら…お姉さまが任期中に名称を変えてはいかがでしょう」


三年生
「それは考えなかったわ…でもどういう名前にしようかしら…」


二年生(紅薔薇のつぼみ)
「エトワール・スールというのはどうでしょう?」


三年生
「…どうしてあなたは私が気に入るような名前をあっさりと考え付くのかしら。将来が末恐ろしいわね」


二年生(紅薔薇のつぼみ)
「いえ、私もずっとあなたの事、エトワールのお姉さまとお呼びしたかったんです」







お嬢様学校の生徒の基準というものはわからない…


それがクラス全体を騒がしくした一枚の張り紙…エトワールスール選挙の告知…を見た乃梨子の感想だった。


この話は薔薇さまとエルダースールが両立されていた十数年前の会話らしい、悪くない話だけどこの話のどこに感銘を受けるのか理解できない。



気を取り直して、告知の内容を吟味してみる。







エトワールスールとは

十年以上前、スール制度と共に存在していたエルダースールの伝統を現在のリリアンに合うように

かつて薔薇さま以上の権力を任されていたエルダースールと異なり、エトワールスールになる事に特に意味はありません。

『全校生徒のお姉さま』という事から、生徒からお姉さまと呼ばれます。







まだ違和感があるものの、リリアン学園の生活に慣れてきたので一般の生徒にとってお姉さまと呼ぶ事はとても大きな意味があるという事は薄々感じていた。



「エトワールのお姉さまとお呼びする人は一体どのような方なのでしょうね?」


だから、こんなふうに同級生達が興奮して誰に投票するのがいいかを熱心に話しているのを見ても以前のように不愉快になる事はなくなった。



「奏さんは誰がいいと思いますです?」

以前から不慣れなリリアンに順応できるように、何かと世話を焼いてきた人達に話題を振る余裕もできてきた。

もっとも、隣の周坊院奏さんに対しこの質問は愚問なのだけれど。



「奏は瑞穂さまがいいと思いますです」

周坊院奏、松平瞳子と一緒に乃梨子に話しかけてくる寮生。

寮生だと言う事はあの宮小路瑞穂さまと同じ建物の中で暮らしているという事。
さらに彼女は瑞穂さまに可愛がられているらしく、熱心な瑞穂さまのファンである。


乃梨子にはその気持ちはわかる。
乃梨子自身も、一番親しみやすい上級生は誰かと問われれば瑞穂さまの名前を挙げる。




「瞳子は祥子さまこそ、全校生徒のお姉さまにふさわしいと思いますわ」

そして最近、瑞穂さまの素晴らしさを強調する奏さんに対抗するように松平瞳子さんが紅薔薇さまを推してくる。

松平瞳子さんは紅薔薇さまの親戚らしいから、小さい頃から憧れの対象だったのだろう。


たしかにあの理不尽なまでに気高い態度はお姉さまの貫禄が十分だが…多少思いやりに欠けると言うのは先入観だろうか?



「でも瞳子さん、薔薇さまとエトワールスールの兼任はできないです」

「いいえ、ある程度薔薇さまに票が集まった場合は薔薇さまもエトワールになれると書いてありますわ」


松平瞳子さんと周坊院奏さんの二人は考え方も性質も正反対でありながら、部活が同じ演劇部なせいか不思議と気が合っている。

しかし、誰に投票すべきかという話題になるとなぜかよく反発する。

特に奏さんは押しが弱いので、どちらかというと瑞穂さま派の乃梨子はよく仲裁に入ってやる事にしている。

…万が一泣き出されてクラスの雰囲気を暗くされても後味悪いし…
…瞳子さんと奏さんの仲良し二人が口を利かなくなるのはもっとイヤだ…


「他薦のみの選挙なんだから深刻に考える事もないと思うけれど」

立候補の居ない選挙なんだから当然票も割れるだろうし、票を集中させるには全校生徒の意思をまとめなければならない。

おまけに公正を期すためもあってせいか譲渡のシステムが複雑だ。






エトワールスール選挙


1 朝の祈りの時間にリリアン学園高等部の全生徒に投票用紙を配布します。その場でエトワールスールに推薦したい三年生の氏名を書き込んでください。
 推薦したい三年生がいない場合はお気に入りの薔薇さまに投票してください、薔薇さまへの投票は例外を除いて薔薇さまが推薦する三年生に譲渡されます。

2 放課後、講堂にて全校生徒の参加する選考会を開きます。
  主催は山百合会ですが、今回は特例として前年度の非公認のエルダースールだった十条紫苑さまが司会を執り行います。

 選考会の流れ
 ・一度目の譲渡が行われた段階での得票率5%以上の三年生の発表、得票者は壇上へ。
 ・薔薇さま3名の得票率の発表。
  得票率が70%を超えた生徒がいない場合、票の譲渡へ
 ・理由を全校生徒の前で話した上で生徒達の賛同が得られれば譲渡が可能です。
  薔薇さまは、9名のうち一人を推薦した上で、票を譲渡する事が望ましい。
 ・三割に近い得票者は候補者となり譲渡できなくなります。
 ・譲渡によっても得票率70%を超える者がいない場合、その場で生徒全員による残った候補者への投票によって決定。





…こんな風に…

誰かを意図的にエトワールにするなんて不可能なように思える。



「乃梨子さん。多くの人は必死ですわよ。
 リリアンの生徒にとって、お姉さまとお呼びするという事はとても大事なのですから」

「そういう乃梨子さんは誰に投票するおつもりで?」

おそらく白薔薇さまに投票すると思われる敦子さん達もやってきた。



「…やっぱり、宮小路瑞穂さまか―」

周坊院奏さんに同調するわけではないが、「一番親しみやすい」三年生と言えば彼女である。

特に親しい三年生の居ない乃梨子は薔薇さまに投票するべきなのかもしれないけど…。



白薔薇さまは嫌いではないけれど、親しむと言う言葉があれほど似合わない人もいないだろう。

黄薔薇さまの凛々しさに惹かれる生徒は多いらしい、でも乃梨子にはそっちの趣味はあまりない。

紅薔薇さま至っては正に論外、演技とはいえ新入生歓迎会でのあの問い詰めはしばらく忘れられそうにない。



おまけに 『票の譲渡による推薦』の項目を見てみると…

・特に投票したい三年生のいない人は好きな薔薇さまに票を譲渡すること。
・三年生の票は、三年生の推薦する人に得票率の低い順から上とされることになります。




…とある。

つまり、薔薇さまに投票しても薔薇さまにエトワールになる意思がなければ意味がないんじゃない。




「―あるいは、紫苑さまかな?」

あのお嬢さま然とした姿はしばらく頭を離れそうにない。


「紫苑さま…ですか…どうもあの方には投票できないみたいですわよ」

「あの方は、前の年の非公認のエルダースールでした」

「ややこしい事になるからいっそのこと公認の物にしてしまおうと…先代の紅薔薇さまがお決めになったそうです」


何やら複雑な事情を話してくるけれど、乃梨子には大して興味がなかった。






それに気に入った三年生を書き込んでくださいって、つまり立候補なしの他薦のみの選挙って事?

それに特に意味がないって…三年生の人気投票みたいなものだろうか?

リリアンの伝統は乃梨子の予想以上に複雑なようだった。







あとがき
乃梨子視点でのエトワールスール選挙告知の反応です。

味気ないなぁ…お笑い要素をもっと入れたいなぁ…

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