支倉令の憂鬱と変化



「築山美奈子め…」


登校した直後に机の上においてあったリリアンかわら版に目を通し終わると、
あの元新聞部部長に悩まされるのはこれで何度目だろうと思いながら支倉令は頭を抱えた。


思えばこの新聞はかなりの頻度で頭痛のタネになっていた気がする。

個人的な恨みはない…と言いたいけど、あの暴走にはまったくあきれかえる。




穏便に事を収めようする山百合会の総意に反し、無駄に事態をややこしくしてくれた例は『黄薔薇革命』『白薔薇革命』『イエローローズ事件』と枚挙に暇がない。


おまけに彼女の辞書に「穏便」の文字はないらしい。
執筆禁止処分が解かれた直後、アンケートの『ミステリー特集、リリアンの七不思議』が年度が変わってから物議をかもしてしまった。

その内容は築山美奈子にしてはまともだと思ったけれど、次の年度に編入してくる編入生をミステリー扱い…しかもラストの七番目に掲載したのは今でも尾を引いてしまっている。



『珍しい編入生』というだけの評価が加わるはずだった宮小路瑞穂さんの第一印象にリリアンでは誰一人知らぬ者のいない『ミステリー七番』という要素が加わってしまった。

ミステリー七番の性質上『最上級生の中で一番成績がいいエリートお嬢さま』というおまけつきで…。


いや…あの当時宮小路瑞穂さんの存在とミステリーの真相を知っていたのは…そもそもミステリーのアンケート自体、御門まりやさんの提案だった。

あれは不慮の事故…もしくは誰かさんの裏工作だったという事で、まだ酌量の余地はある。






でも、今回の記事はもう放置していい性質の物じゃなかった。



『謎の編入生と黄薔薇さま。剣で語り合う友情』



いかにも築山美奈子さんが好みそうなぶっとんだタイトルだ。

新聞部の元部長、反省の色…まったく…なし。

時間の経過とともに下火になっている宮小路瑞穂さんをミステリー扱いした問題を再燃させる事がどういう意味を持つのか考えなかったのかあの人は…。




この記事がどういう反響を呼ぶか考えるだけで頭を抱えたくなる。



リリアンは女子高だから生徒の間の好き嫌いに男性と言う要素は含まれない…はずなのだけれど、リリアンの少女達は男子像というものに憧れるらしい。


そんな理由で中性的だったり強い印象のあったりする生徒はかなりの人気が出る事を支倉令は身をもって知っていたが、今回のリリアンかわら版により瑞穂さんもその対象になるだろう。



特に一年生の間では話題に上るだろう。

新入生歓迎会の出来事は栞さんと志摩子の姉妹の絆をメインに山口真美ちゃんの慣習の下リリアンかわら版に掲載されたけど、そこに至るまでの流れは新入生全員が記憶している。

それは最上級生でありながら一年生と同じ立場で新入生歓迎会に参加した瑞穂さんに親しみを感じているだけにとどまらない。

祥子…紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)を相手に臆することなく意見を主張して乃梨子ちゃんをかばおうとした事が演技ではないと思っている生徒も多い。









気を取り直して、新聞の内容を再確認していく。



黄薔薇のつぼみの島津由乃が剣道部に入部を希望したのだけれど、妹の体を心配した黄薔薇さまが入部に賛成できず。さりとて妹の希望を断るわけにもいかずに悩んでいた。

宮小路瑞穂さまと十条紫苑さまが悩む黄薔薇さまを作法室にて説得して勇気づけ、島津由乃の入部の面倒を見た。

そして宮小路瑞穂さまは体験入部の最後に黄薔薇さまと剣道の技を競い合った。


…という、一連の由乃の入部に関することが書かれていた。




別に知られて困る事はないし、一部に誤解や誇張があるけれど心配していた程過激な事は書かれていない。


問題は、華道部室の密談内容が筒抜けになっている事だった。

明らかにあの場にいた誰かが新聞部に情報を流している。

あそこにいたのは宮小路瑞穂さん・十条紫苑さま・御門まりや、この中で一番やりそうなのは…。






そんな事を考えていると―――


「ごきげんよう。みなさん」
「ごきげんよう」


「瑞穂さんに紫苑さま。ごきげんよう」




―――教室にいた生徒の大半が思い巡らしていた人達が登場した―――



……なんでこのタイミングでこのお二人はこういう登場の仕方をするのだろうか。



よりにもよって、リリアンかわら版が配られたこのタイミングでそろって教室に入ってくるなんて…


こいつらは内面はともかく、支倉令が魅力を分けてもらいたいと思うぐらい『お姉さま』を絵に描いたような外見をしているという事をわかっていないのだろうか。





下級生なら歓声を上げそうなこの状況に―――



「瑞穂さんに紫苑さま、リリアンかわら版をごらんになりましたか?」

「そうそう。この記事についてぜひ聞きたいと思っていたことがありますの」



―――朝の三年菊組の教室が一気に騒がしくなってしまった。













瑞穂さんと紫苑さまがリリアンかわら版に目を通し終わる暇もなく、三年菊組みのみんなが質問攻めにやってくる。

この質問攻めの状況は、初めて瑞穂さんが教室にやってきたときに似ている。


あの時は外部の…しかも男女共学の学校からリリアンに編入生がやってくるという事態に、リリアンでは聞けない刺激の強い話題を求めて他のクラスからも瑞穂さんをたずねてくる人がいたものだ。


しかしあの時と違うのは、瑞穂さんもリリアンの生徒達と話すのに慣れてきている事とクラスメイト達が瑞穂さんと紫苑さまに気軽に話しかけている事…そしてやけに三年菊組の中で瑞穂さんの株が上がっている事だ。


もしかして他のクラスメート達もうすうす気がついているのだろうか?

瑞穂さんが●だって事が知れたりしないだろうか?





そんな不安を感じたけれどありえないと思い直す。


宮小路瑞穂さんの女装は完璧すぎて、御門まりやさんに真相を知らされた今の令でさえ女性としか見る事ができないのだ。


宮小路瑞穂と名乗る生徒が男性だという唯一の確かなしるしは、手に残っている『彼』と打ち合った時の感触だけ…そうでもなければ瑞穂さんの隣に座る事にさえ嫌悪を感じてしまっただろう。







宮小路瑞穂さんの人気の理由を考えてみると…

…楚々とした麗しさを持つ(「魅力を分けろこの女装男」と迫りたくなるぐらい反則的な)容姿。

…奥ゆかしい(正体がばれやしないかと不安におびえてる自信のない)風情。

…偶然(本当は御門まりやさんの裏工作で)新聞部にミステリー扱いされた不思議。

…新入生歓迎会では三年生の中で唯一「新入生」として参加し、新入生をかばって紅薔薇さま相手に堂々と(脚本に従って)意見を述べた。


こんな風に思いあたる事が多いけれど、最も重要なのは今も行われている十条紫苑さまを交えたやり取りだろう。





「ほら、この写真をご覧になって。紫苑さま・瑞穂さん」

「こんな写真どこから取ったのでしょうか、全く気づきませんでした」

「この面を取った直後の引き締まった表情が素敵ですわ、紫苑さまもそう思いません?」

「あら…瑞穂さんってば、青春してますわね」


瑞穂さんが編入してくる前、こんな風に紫苑さまに話しかけられる生徒が何人いただろうか?





「もともと相談に応じたのは紫苑さんでしょう?私はただちょっと手助けをしただけです」


「紫苑さん」だなんて、そう気安く紫苑さまの事を呼ぶだけで大問題なの!

いや正確には大問題だった…と言うべきだろうか?



余裕がないからなのか…それとも鈍いのか、本人はそのことに気付いていないし…誰もその事を指摘するような無粋な真似はしない。

瑞穂さんがやってくる前と後とで紫苑さまがあまりにも変わってしまったからだ。




「でも私には竹刀を持って令さんと並ぶ事はできませんし、令さんの立場になって考える事もできません。
 私は由乃ちゃんの立場で意見を出し、瑞穂さんは令さんの立場で令さんを励ましたのです」


あの時の紫苑さまは、無口で孤高を貫いていた。

久保栞さんと知り合う前の佐藤聖さまをエレガントにした感じだろうか?

とにかく、令が事務的な会話をするのにも苦労したあの時の紫苑さまは

一緒に部活を回ったり、誰かの相談を受たり、胸の内を語ったり、まして誰かの支えになろうとするなどありえない事だったのに…。




「紫苑さま、道場での瑞穂さんの様子を聞かせてくれませんか?できればもっと詳しく…」

「運動能力が高いのは知ってましたけど、瑞穂さんがそこまで熟練していたなんて…」


こんな風に、瑞穂さんが間にいてくれるおかげで三年菊組の生徒は珍しい編入生に話を聞くのと同じぐらい紫苑さまと話す事に抵抗がなくなっている。


紫苑さまの親友で、紫苑さまの事を案じていた前の紅薔薇さまに今の目の前の状況を…クラスメイトに囲まれて楽しそうに会話している紫苑さまを見せてあげたいものだ。











「そういえば最近。面白い噂を演劇部の後輩から聞きましたのよ。
 薔薇さまと同じようにかつてリリアンに存在していたエルダースールという制度が復活するそうです」


突然、支倉令は頭を竹刀で叩かれたような衝撃に襲われた。

エルダースールの選挙に関しては次の週に告知を行うまで誰も知らせない予定だったはずなのに、一体誰だ情報を漏らしたのは?



「全校生徒の選挙で一番人気のあるの最上級生を選び、その人を生徒全員が『お姉さま』と呼ぶそうです。
 それは薔薇さまも例外ではないようです。
 三年生の中で宮小路瑞穂さんがふさわしいとか…」


「わ…私はそんな…お姉さまと呼ばれるような大役は務まらないと思いますわ…」



「なるほど…瑞穂さんならいいかもしれませんわね」

「きっとリリアンに新しい雰囲気を作ってくださることでしょう」

「瑞穂さんなら卒業したお姉さまに変わって、お姉さまとお呼びしてもいいですわ」





疑問に思っていた様々な断片が適切な位置にはまり、ここに至ってようやく理解した。


最近の一連の不可解な出来事の多くは…御門まりやが宮小路瑞穂をエルダースールにするための裏工作…。


わかっているだけでも、新聞部をたきつけて瑞穂さんに関する話題を二度も提供している。
そして、おそらくエルダースールの情報が漏れたのも彼女の差し金だろう。


よりによって新聞部がこんなエキサイトな話題を提供した時に下級生を使って裏工作をするなんて…徹底している。




だが果たして、瑞穂さんはエルダースールにふさわしくないだろうか?

数ヶ月前の令なら、編入生の事情を知っている身としては不安を感じただろう。


しかし、彼女は『みんなのお姉さま』としての資格は十分なように思えてくる。

そして、御門まりやさんが宮小路瑞穂さんをエルダースールにしたい気持ちも分かる気がした。



もし、宮小路瑞穂をエルダースールにできたら…そんな事態を想像して浮かんでくる感触は―――







―――快感だった。








あとがき
令さまが青信号(イケイケ)になってしまいましたよ!お姉さま!(こら)

朱に交われば何とやら…御門まりやが伝染ってしまいましたとさ。

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