選挙直前・不穏な動き 「最近、令ちゃんがヘンなのよ」 山百合会の会議室で、つぼみ三人でエトワールスール選挙の手順を確認していると由乃さんがそんな事を言ってきた。 「この前出されたリリアンかわら版の事がまだ尾を引いているのではないの?」 また由乃さんののろけ(愚痴)を聞かされるかと思ったけれど、同じつぼみとして無視するわけにもいかず…志摩子さんが作業を止めて由乃さんに尋ねる。 「私もそうだと思ったのだけれど…令ちゃんは瑞穂さまと競い合った事もあの新聞も面白がっていたみたい…。 おまけに、この前御門さまに会いに行くついでに『あの変態』を観察しに行ってくるとか言って不気味に笑って…とてもついて行く気になれなかった…」 そんな由乃さんの方がヘンだった。 由乃さんが令さまにおびえている…つまり黄薔薇姉妹の立場がいつもと逆転している。 でも由乃さんの気持ちもわかる。 鳥居江利子さまや佐藤聖さまならともかく内気な支倉令さまがアクシデントとハプニングを楽しむなんて考えられない…というか、ありえない。 「…確かにヘンだね、大人しい令さまがそんな事を言うなんて…」 令さまの口から『あの変態』なんて言葉が飛び出すなんて…そもそも誰の事を言っているんだろう? 御門まりやさまはトラブルメーカーだけど、その表現が当てはまるとは思えないし。 考え込む黄薔薇のつぼみと紅薔薇のつぼみを見かねたのか、志摩子さんは少し迷った後に話し始めた。 「…黄薔薇さまの事は心配いらないとお姉さまはおっしゃっていたわ」 意外にも志摩子さんは令さまの以上を察知して先に栞さまに相談していたらしい。 「志摩子さん!栞さまが令ちゃんのことで何か言ったの!?」 栞さまは存在自体が神秘的なのに加え、告白室で多くの生徒の相談を受けるのもあって秘密が多い。 由乃さんはこのままじゃ山百合会の仕事をほっぽり出して、学校中ひっくり返してでも栞さまを見つけ出して問い詰めそうな勢いである。 この時間帯に栞さまのいそうな場所なんて限られているけれど…。 「お姉さまは令さまから告白室で相談を受けたけれど…詳しい事は話されなかったみたい。 瑞穂さまの事で相談したい事があるけれど『今は言えないけど、話せるようになったら話す』…と令さまがおっしゃったそうよ」 相談相手をあらかじめ決めておく余裕があるなら、それほど深刻じゃないみたいだ。 黄薔薇さまの元気があるうちは黄薔薇革命のような事にはならないだろう。 「そう…」 由乃さんもその言葉にようやく安心したみたいだった。 「令さまに直接聞かなくていいの?」 「告白室で栞さまにすら言えなかった事をたずねられるわけないでしょ」 こんな由乃さんも意外。 以前は自分より令さまに近い人間がいるだけで反発していたけれど、相談相手の座を栞さまに譲っているのだから。 新年度に移って、山百合会の姉妹達にも変化が訪れているみたい。 紅薔薇さまもなんだか様子がおかしい今、薔薇さまの中でいつもと変わらないのは栞さまだけみたい…栞さまの場合は変わらないのが時々問題になるのだけれど。 深刻なのはお姉さまだ。 祥子さまがプライドを捨てて…ロザリオを突っ返した貴子さんに頼んでまで…エトワールスールになりたがっているなんて山百合会の仲間にも言い出せないけれど… 「もし、誰かをエトワールにしようと思ったらどうすればいいかな?」 焦点をずらした話なら大丈夫だろう。 「他薦のみの選挙だから、誰かに票を集中させるのは無理だと思うわ」 …と志摩子さん。 「その無理を御門さまはやってのけてしまったみたいよ。 誰に当選するか賭けるかと言われれば私は瑞穂さまに賭けるわね」 「ええっ」 由乃さんの言葉に思わず声をあげてしまった。 だとすると非常にまずい…貴子さんの予想した以上に瑞穂さまの人気は高いみたい。 「でも、御門さまも物好きね、瑞穂さまをエトワールにしてもあまり意味がないのに…」 確かに、全校生徒全員に『お姉さま』と呼ばれる事以外には大して意味がない。 もっともリリアンニおいて、三年生からも『お姉さま』と呼ばれるのはとても大きな意味を持つのだけれど、山百合会の薔薇さまと違って実質的には本当に何もない事になっている。 それならどうして、お姉さまはエトワールになりたいなどと言い出したのだろう? 「祐巳さんが何を悩んでいるか知らないけどそう難しく考える事はないわよ。 私達はお姉さまに投票すればいいんだから」 志摩子さんも視線で同意を伝えてきた。 もちろんそのつもりだった、妹として祥子さまの票を一票でも多くするべきなのだから。 しかし、由乃さんの予測が正しかったら、とても祥子さまの当選など望めないんじゃないだろうか? 「ごきげんよう、紅薔薇のつぼみ…例の件ですね…私にも瑞穂さまの人気は予想以上でした…」 不安になったので、エチケット違反と知りつつ演劇部の部室の貴子さんのもとへ駆け込んでみると、一目で事情を察したのか貴子さんはすぐに練習を抜け出してきてくれた。 「ですがそれはかえって祥子さまに有利に働きます。 祐巳さんも知っての通り瑞穂さま自身はエトワールになる事を望んでいません。 演劇部の後輩の情報ですが 瑞穂さまは祥子さまにエトワールになって欲しいと思っています」 周坊院奏ちゃんと言う寮生の情報らしい。 あの特徴的なリボンの子だろうか? 早朝に寮生達が集団でと登校していた時には瑞穂さまと栞さまに寄り添うように歩いていたけれど…。 「だから瑞穂さまは祥子さまに票を譲渡すれば、祥子さまの票は三割を超えるでしょう。 そうなれば祥子さまは譲渡が不可能になり、その後の展開をうまく運べばうまくエトワールになれるでしょう」 貴子さんが頭脳明晰なのは知っていたけれど、まさかそこまで考えていたなんて。 ただ…悲しい事に…不肖紅薔薇のつぼみには投票の譲渡システムは複雑すぎてわからないのであった…。 「よくわからないけど…大丈夫なの?」 「瞳子ちゃんもこのためにあらゆる場合に備えて台本を練っています。何も心配する事はありません」 貴子さんが自信を持ってそういって来たので、ようやく安心する。 「情報操作をして生徒全体の総意を歪めるなど絶対に許すわけにはいきません」 貴子さんは違う意味でやる気を出しているみたいだった。 あとがき 選挙の前日の不穏な動き、さて。誰かによって意図をゆがめられた選挙はどうなってしまうのでしょうか? …意図をゆがめた真犯人は他でもない私のような気がしますが… |