事故 どうしよう。 瑞穂さまが黄薔薇さまの票に票を譲渡され、四割以上の票を集めて突出してトップになってしまった。 しかも、薔薇さまのお一人が早急に票を譲渡したことで完全に瑞穂さまをエトワールにという雰囲気になってしまってる。 「黄薔薇さまとあろう方が、エトワールになるつもりのない人に票を譲渡するなんて…」 祐巳の隣で舞台裏で進行を見守っていた厳島貴子さんもショックだったみたい。 でもさすがは貴子さん、すばやく頭を切り替えて何かを考え始めた。 「こんな卑劣な茶番はしたくありませんでしたが…こうなったら仕方ありません…」 貴子さんは何かを決心したように舞台に飛び出した。 え…選挙の進行に割り込むような事をして大丈夫なの? 「失礼します。お姉さま方」 紫苑さまが止める間もなく、マイクの前に立って話し始めた。 「この選挙の仕組みは公正を期された物であることは疑いません。 ですが思い出していただきたいのです…選挙の告知が出される前に、既に選挙のことが話題になっていた事を」 貴子さんはとんでもない事をやってのけてる…選考会を乗っ取ってしまうなんて…考えついても普通やる? 一度話し始めた乱入者に壇上の全員(あらかじめ貴子さんと示し合わせてい祥子さま以外)はあっけに取られて止める事もできない。 「明らかに本人にしか知りえない情報も混じっていた事を思い出していただきたいのです。最初の段階から、選挙の公正さは失われていました…。 瑞穂さまがリリアンの校風が理解できていないのは仕方のない事です。 ですが、その無作法に私達が踊らされるのは恥ずべき事ではないでしょうか」 貴子さんの用意された台詞はある程度理にかなっている。 「それに…私は先代紅薔薇さま…水野蓉子さまの参考書を持ち出しているのを見たのです。 図書室の奥にある参考書は持ち出しが禁止されています」 「本当なのかしら?」 ここで糾弾する役割が元から壇上にいた祥子さまに交代した。 紅薔薇さまとしては前の紅薔薇さまの遺品を勝手に持ち出したのに対して怒るのは当然の成り行きだから。祥子さまがこうやって感情的に怒るのも台本に含まれているみたい。 こんな手の込んだ台本をよく考え付いたものだ。 「言い訳をするつもりはありません、私は水野蓉子と名前が書かれた世界史の参考書を持っています。 それは私の希望で図書室から持ち出した物ですわ」 「それは編入生だからといって許される事ではないでしょう…」 全校生徒が見ている前で、祥子さまにつめよられる瑞穂さまに同情したくなる。 今回は以前の新入生歓迎会のときと違って示し合わせた演技じゃないのだし。 「でも私は言い訳をさせてもらうわよ」 突然、候補者の中から祥子さまと瑞穂さまの間に割って入る。 貴子さんの姉の蟹名静さまだ。 「この場を借りて発表しますね。 過去の卒業生から図書室に寄贈された参考書は、もうすぐ貸出人の名前を記録すれば借りられるようになります。 宮小路瑞穂さんはその制度の提案者で、今は試験的に借りて参考書を選ぶ際の目安となる評価をしていただいています。 興味のある方は図書室にて図書委員に声をかけてください…」 …という事は瑞穂さまが水野蓉子さまの参考書を持っていたのは勝手に持ち出したとかじゃなくて、蟹名静さまの頼みを聞いていただけで… というより…蟹名さまはあの様子だと貴子さんと祥子さまの演技を見抜いてるみたい… 「くれぐれも、三年生の方は見知らぬ人が卒業したお姉さまの参考書を持っていても誤解したりしないように」 …と最後に付け加えた蟹名静さまに体育館が笑いに包まれてしまった。 祐巳にとっては笑うどころではない。 瑞穂さまには申し訳ないけど、瑞穂さまに候補を降りてもらうために用意された台本が…蟹名静さまに一蹴されてしまった。 「さて…不肖の妹が迷惑をかけたようね、瑞穂さん。 有能なあなたならエトワールスールを勤められるいうのには私も賛成よ…という訳で…私に投票してくれたみなさんも…よろしいかしら?」 リリアンの生徒の中から拍手が起こり紫苑さまがそれを認めなさり…結局、蟹名さままで瑞穂さまに譲渡してしまった。 舞台裏に戻ってきた貴子さんになぐさめの言葉もかける気になれなかった。 全校生徒の前でかんちがいを披露してしまったのだから当然だけど、恥ずかしさと申し訳なさで顔が真っ赤になっている。 しかもよりにもよって、お姉さまの蟹名静さまにそれを指摘されたのだ。 「私とした事が…こんな事…もう駄目です…あの流れはもう止められない…」 貴子さんの言う通り、黄薔薇さまに続いて得票率第二位の蟹名さままで譲渡してしまった今、もう誰が選ばれるかなんて決定したような雰囲気である。 「さて、これで瑞穂さんの票は過半数を超えましたが。 エトワールスールは生徒全体の総意で選ばれるべきものです。 その事から八割以上の票が必要となっているのですが…他の候補者の方々は瑞穂さんを『みんなのお姉さま』と認めてくれますか?」 こんな雰囲気の中で反対を唱えられる人などいないだろう…そう思っていたのだけれど。 「まだ重要な問題が見過ごされているでしょう。 私は水野蓉子さまに託された者としてこの選挙の正当性に疑問を持ちます。 先程言われた選挙の前に噂を流して票を操作した事に関する疑惑が晴れないうちは、紅薔薇さまとして礼儀知らずの編入生をお姉さまとは認めません」 その場の雰囲気に反して、祥子さまがなお反対なさっていた…。 「祥子さま一体何を?もう今となっては無理なのに…それがわからない祥子さまじゃないはずなのに…」 そんな祥子さまに貴子さんでさえうろたえている。 見かねた令さまが注意なさるけど、聞く耳を持たないみたいで激しい言葉がお姉さまの口から飛び出している。 それは、妹としては耳をふさぎたくなるような言葉だった。 「お願いです。そんな非寛容な理由で本来の投票結果を否定するようなまねは…」 紫苑さまが年長者の貫禄を生かして理路整然と語りかけて説得しようとなさっているけど祥子さまは止まらない。 そんな紫苑さまに… 「いけない!紫苑さまを止めないと!」 …そばに居た貴子さんがあわてて叫ぶ…だが間に合わなかった。 祥子さまの言葉の矢面に立っていた紫苑さまが動かなくなったかと思うと…しっかりした姿勢の長身が崩れる。 その倒れる紫苑さまを瑞穂さまが支えた。 紫苑さまはお体が優れない。 落ち着いて見えたけれどさっきの祥子さまを説き伏せるのは極度の緊張があるはったはず。 責任の一端が祥子さまにある事で祐巳の心は痛んだ。 しかも紫苑さまの体を抱えて歩く瑞穂さまだけど、壇上の通路には祥子さまがいて通れない。 「待ちなさい、話は終わっていません」 その言葉を聞いて…祥子さまの口からそんな言葉が漏れ出た事を理解して…祐巳は頭を抱えたくなった。 聞きたくない…やめて…あんなのはお姉さまじゃない…。 実際、静まりかえった体育館で多くの生徒がその声を聞いてしまった。 何より、そんな祥子さまの言葉は聞きたくなかった。 でも、次に耳にした声はさらに頭を揺さぶってきた。 「病人を抱えている僕の邪魔をしたな!」 怒りの混じった…今まで聞いた事のないような強い声にびっくりしたけれど。 その直後の瑞穂さまの行動を見て祐巳はほんの一瞬…瑞穂さまが怒りの発作を起こしたのかと思った。 壇上から紫苑さまを抱えて飛び降りた…あの祥子さまより長身の紫苑さまをかかえて…リリアンの生徒にとって一人ですら階段が必要なあの段差を…。 スカートなのも構わずに飛び降り、絶対に無理だと思っていた着地を軽やかに成功させて走り出す。 リリアンの生徒としてのエチケットなど完全に無視したその光景にあっけに取られ、誰も一言も発することなくその姿を見送る事しかできなかった。 あとがき 瑞穂さまの本性を表すのはおとボクのエチケット違反な気がしますが…あえて使わせてもらいました…。 もう開きなおったほうがいいですね、趣味丸出しです…。 |