再び会議は割れる 「いつまで待たせるつもりだったのかしら?」 会議室の扉を開けるなり、お姉さまは挨拶もなしにいきなり切り出してきた。 向かい合ってる栞さまに失礼だとわかっていても、不機嫌なお姉さまのお顔も魅力的だなんて考えてしまうのは妹としての悲しい性質みたい。 「すみません。私がつい夢中に…」 あわてて謝ろうとする志摩子さんを栞さまは手で制して、栞さまは素直に頭をお下げになった。 「申し訳ありません。学園長先生と選挙の話をしているうちについ時間を忘れてしまいました」 「学園長先生と?」 さすがの祥子さまも学園長先生との会話を切り上げてまで時間を厳守しろとは言えないし、まして栞さまと学園長先生の関係に触れる事などできるはずもない。 「この事は紫苑さまが来てから話すのが良いと思いますので。まず大筋を確認しておきましょう」 祥子さまの不機嫌をなかった事にして穏便に事を運ぼうとする栞さまは、祥子さまと相性がいいとはいえないけれどても頼りになる。 「まず、エルダースールをリリアンの生徒に知らせるため、全クラスに貼り出す告知を作らなくてはなりません。 選挙はおろかエルダースールの存在さえ知らない生徒がいる今の状態ではとても選挙なんてできませんからね…」 今日の会議の目的はもうすぐやってくる十条紫苑さまを交えてその告知を作る事である。 大まかな方針は既に三人の薔薇さまや十条紫苑さま、それに水野蓉子さまも交えてすでに決められているので今日は微調整をするだけという予定だったのだけど…。 「その必要はないわよ。すでにエルダースールの選挙は水面下で大半の生徒に知れ渡っているわ。 それはあなたが一番知っているのではなくて?」 それが、祥子さまが不機嫌な原因だった。 選挙が今月行われるのをを知っているのは山百合会のメンバーをはじめ一部の生徒だけのはずだったのに、エルダースールを選出する選挙が行われるという噂がよく耳に入ってくる。 「心当たりがありませんが…?」 「とぼける気かしら?」 祥子さまはあからさまに栞さまを疑っているけれど、栞さまは平然とその視線を受け止めている。 …その平然とした態度が更に人を不安にさせるんだってば… 誰に非難されようとにらまれようと、「何をやっても正しいんです」というような平然とした態度が問題だって事…栞さまはわかってない。 「すみません。私が何か間違ったことでもしたのでしょうか?」 「機密事項のはずのエルダースールの選挙の噂を流しているのはね、リリアンの寮生なのよ。 その事をどう説明するつもりかしら?」 「やめなよ祥子、栞は本当に何もしていないし状況もわかっていないみたいよ。 栞は誤解するような表現を使う事はあっても嘘は言わないのだし」 わけがわからないけど、形の上だけ謝る栞さまと会話がかみ合っていないのを見かねて令さまが祥子さまを止めなさる。 なんだか祥子さまがヘンだ。 不機嫌なのはもう慣れっこになっているけれど、ここまで後を引くのは珍しい。 「私もお姉さまも選挙の事がすでに知れ渡っているなんて知りませんでした。 でも、選挙のことがもう知られているならそれで構わないのではありませんか? 自然にエルダースールに関心を持つリリアンの生徒が増えるのはむしろ選挙を行う上でむしろ都合がいいと思います」 祥子さまの非難を見かねて、栞さまの味方をするように志摩子さんが姉を支持する発言をする。 けど、それは更に祥子さまの不機嫌に油を注ぐ事にしかならなかった。 「誰に投票するかの話も一緒に流れてるとしてもかしら?」 冷ややかに言い放つと、祥子さまはメモを取り出して読み上げる。 「編入生の宮小路瑞穂の身長・体重・スリーサイズ・趣味に好きな食べ物・小さい頃からの習い事・歩き方と話し方…進学校での成績…運動能力…寮での生活と行動…」 …どうしてそこまでくわしいのだろう? 「明らかに、宮小路瑞穂の身近にいる人しか知りえない情報。 それも美談ばかりを意図的に流してる人がいる…」 祥子さまは再び非難の口調と視線を栞さまに向けている。 でも…そんな事出会ってまだ一ヶ月足らずの栞さまでさえ分かるはずがない…つまり、栞さまじゃない。 祥子さまはそんな事も考えられない程余裕がなくなっているのだろうか? 「私じゃありませんよ…それに、そんな詳しい事を知っている人がいるとしたら…あっ!」 「やっぱり心当たりがあるのね」 何かを思い出したらしく、滅多な事では取り乱さない栞さまにしては珍しく「しまった!」という後悔の表情を浮かべていらっしゃる。 「春休みの前…御門まりやさんに…選挙の手順を相談しました…その時に全て話しました。 この事は他言無用だと言っておいたはずなのに…」 さっき祥子さまが話した瑞穂さまの話にはどう考えても本人しか知りえない…いや本人にも知りえないような情報が混じっている。 そんな事知っていて、トラブルの火種を巻き散らすようなマネをするお方は一人しかいなかった…。 御門まりやさま。 宮小路瑞穂さまの従姉妹、久保栞さまの親友。 そして、小笠原祥子さまとは相性最悪。 「あの女がそんな注意を聞くはずがないでしょう!?」 御門まりやさまが原因だとわかりまた祥子さまのお怒りに火がついてしまった…やっぱり怒ったお姉さまはものすごく怖い。 エレガントなお姉さまに似合わず「あの女」呼ばわりまでして怒りをあらわにするお姉さま。 「栞のした事はいけない事かな?」 珍しく令さまが祥子さまをなだめてくださるのは助かる。 だって、このままじゃ祥子さまが機嫌を直す前に十条紫苑さまがやってきてしまいそうだし…。 「春休みに栞は十条紫苑さまに選挙の事を相談されていたけど、本来なら私達も寮に来て意見を交換するべきだった。 全校生徒に関わる問題を一人で考えず、御門さんに相談したのは決して間違いじゃない。 問題なのは約束を破って早めに話してしまった御門さんじゃないかな?」 御門さまは性格がアレな方だけど、栞さまとの友情が本物だという事は祐巳でさえ知っている。 性格は正反対だけど久保栞さまとは三年間ずっと朝一番に一緒に登校するぐらいの仲良しなのだ。 御門さまはいつも多忙な栞さまの責任と負担を軽くしようとしている、選挙の相談を受けたのも友情第一の行為だと言う事は疑う事ができないだろう。 「令、あなたは放って置くと言うの?よりにもよってあの女に相談するなんて」 でも不機嫌な祥子さまはそんな事情を考えていないらしい。 「もちろん、御門さんには厳重に注意する必要があるよ。 でも栞は御門さんを厳しく糾弾できないし、祥子は御門さんに関わると角が立つでしょ? 御門さんには私が責任を持って釘を刺すことにする」 そういえば、最近祥子さまの余裕がなくなってきたかと思えば、令さまが珍しく積極的になっている。 また由乃さんと剣道部の入部の事でもめて告白室で栞さまに相談したという噂を聞いた時はどうなるかと思ったけれど、その後すぐにいつも通りの凛々しい令さまに戻っていた。 最近元気そうに見えるのはその反動だろうか? 「そうね…それが一番現実的ね。問題はこの状況では公正な投票ができないという事よ」 難しく考え込む祥子さまを見ていると、エルダースールの投票を公認のものにするようと頼んだのは祥子さまのお姉さまであり先代紅薔薇さまである水野蓉子さまだったという事を思い出した。 祥子さまが選挙を正常に公正に行おうと奮起するのは当然と言えなくもない。 問題は、どうもその努力が空回りしてしまっているようなのだけれど…。 「そう悲観する事もないでしょう。 寮の生徒達がすでにエルダースールの選挙について噂を流してくれて、選挙を身近な物に感じているのはとても良い事ですよ。紅薔薇さま」 そんな、鈴を鳴らしたような穏やかな声が薔薇の館の会議室に流れてきて、薔薇の館の重い雰囲気がなりをひそめてくれる。 会議室の扉を開けて、十条紫苑さまがそのお姿を現した。 あとがき ようやく山百合会サイドも御門まりやの暗躍に気づきました。 そこに侵入するはおとボクキャラたるトロイの木馬。 ロサ・ギガンティア栞さまとロサ・キネンシス祥子さま… このお二人は相性がいいのか悪いのか私にもわかりません。 |