お御堂の白薔薇姉妹



「思い違いをしてはなりません。

 神は、人から侮(あなど)られる事はありません。

 人は、自分の蒔(ま)いたものを、また刈り取ることになるのです」


福沢祐巳と島津由乃がお御堂に着くと、厳かな聖書の朗読に迎えられた。

幼稚舎からリリアンに通っている身としては聖書は聞き慣れているのに、お御堂を満たす声の圧力に圧倒されそう。



白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)と白薔薇のつぼみ(ロサ・ギガンティア・アン・ブゥトン)が名誉部員みたいな事をしているのとこの前の宗教裁判が一年生の話題を呼んだので、聖書朗読部に新入部員が多いみたい。





「たゆまず善を行いましょう。

 飽きずに励んでいれば、時が来て、実を刈り取る事になります」





最前列にいるのは志摩子さん、その声は朗読と言うより祈りだった。

目をつむった状態で聖句を暗唱する志摩子さんは…前に由乃さんと一緒に栞さまとお御堂で対面した時に感じたような不思議な感じがして…話しかけるのが罪のような感じさえする。



更に困った事に久保栞さまはお御堂を見渡しても姿が見えない…ということは、告白室で誰かの相談を受けているのだろうか。





今回、由乃さんと一緒にお御堂を訪ねる事になったのは予定の時間を過ぎても放課後の会議に白薔薇姉妹が来なかったからである。


聖書朗読の部活の手伝いがあるから遅れるというのはむしろ歓迎したい、親密な関係に踏み切れなかった栞さまと志摩子さんが同じ夢に向かって前進しているって事だから。


でも、祥子さまの虫の居所が悪かったのか…

「祈りを中断してでもあのシスター二人を引きずって来なさい」

…と似合わない物騒な事をおっしゃるのはいただけない。



それに、会議の内容は二週間後に行われる予定のエルダースール選挙の事で、途中から十条紫苑さまが訪れる事になっている。


白薔薇姉妹が十条紫苑さまより遅れて会議室に着いたりしたら、プライドが高い祥子さまは更に不機嫌になってしまうだろう。



そういう理由でつぼみ二人がお御堂へ呼んでくることになったのだけど、朗読を中断するわけにもいかず、聖書の朗読が終わるのを待ってから志摩子さんを呼ぶことにした。







「お姉さまは告白室にいらっしゃるわ」

「また相談?ここは悩み相談室じゃないのよ」


あきれるように由乃さんがため息をついた。
新学期が始まってから、知ってるだけで志摩子さんに乃梨子ちゃんその他数名…白薔薇さまを頼る人は多い。

噂によると令さまも相談に訪れたらしい。


「いえ、今一緒に入っていらっしゃる方は学園長先生です」

驚いた、リリアン学園の学園長先生、シスター・上村佐織。


その方が栞さまと二人きりで話すなんて珍しい…でも、ありえない事じゃない。

久保栞さまの親代わりの方だし、本来ならシスターの仕事…お御堂と告白室の管理…を久保栞さまに任せているのは学園長先生だから。



「だったら山百合会の話し合いに遅刻するのも仕方ないか。
 でも、それならそうと薔薇の館に報告してほしかったわよ」


「あっ…」

口に手を当てて困った表情をしてする白薔薇のつぼみ。

どうやらいつものしっかりしてる志摩子さんに似合わず、話し合いの事をすっかり忘れていたらしい。



気持ちは分かる。
お姉さまが複雑な事情を抱えていて、重要な事…例えば栞さまの将来の事とか…を話しているんじゃないかと思うと妹としては心配せずにいられない。

それを表に出さずに聖書朗読の部活に混じっていただけでも大したものだけど。

やっぱり、祐巳としては白薔薇さまの遅刻の理由を告げに一足先に山百合会に来てほしかった。

紅薔薇さまが機嫌を損ねるのはもう慣れっこになりそうだけど、やっぱりこわい物はこわい。




志摩子さんも失敗に気付いたらしくあわてて聖書朗読の部員に別れを告げようとする。
でも、告白室の扉が開いて学園長先生と白薔薇さまが出てきたので、結局白薔薇さまも加わり一緒に薔薇の館へ戻る事になった。









「学園長先生と私は暗い事ばかり話しているわけじゃないんですよ。
 むしろ今日お話になった事はとても明るい事でした」

志摩子さんの顔を見るなりそんな事を言って笑いかける栞さまはやっぱり志摩子さんのお姉さまだ。

それはいいのだけれど、白薔薇姉妹だけで幸せそうに笑っているのはちょっと複雑、だって…


「何だかお姉さまが不機嫌なんです。刺激しないで下さいね」

とにかく当面の問題はそれである。


「あらかじめ遅刻すると言っておいたはずですが…そんなに気分を害したのでしょうか?」


「端的に言うと『何で栞は来ないのよこんちくしょー』と言い出しそうな雰囲気でした。
 お姉さまはのん気にリリアンかわら版を持ち込んでくつろいでましたけど」

由乃さんったら失礼。お姉さまはそんな言葉遣いしません。




「困りました。今日は叱られるでしょうね」


全然困ったように見えないいつもの表情で、栞さまはつぶやきながら薔薇の館の扉を開ける。

でも…
それはつまり、祥子さまが怒るような何かを言う予定なんでしょうか?

それとも祥子さまに怒られる心当たりがあるのでしょうか?


両方ともイエスだなんて事、祐巳は知る由もなかった。






あとがき

選挙の話だけだと単調になるので、白薔薇姉妹の近況報告と今後の重要な伏線をセット。

一体どういう方なんでしょう?このシーンの元ネタを一発で当ててしまった鋭い人は…

(ADV、「夜明け前より瑠璃色な」のエステル・フリージアの礼拝堂のCGを見ていて思いついた場面です)


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