祥子さまの依頼




「相談したい事があるの、屋上に来てちょうだい」



放課後にそんな声をかけられて、リリアンの全体が見渡せる屋上でお姉さまと二人きり。


開けた視界と対照的だけど、たった一つの入口の扉を閉めてしまえば秘密の相談の場所になるこの場所に二人でいると…青空告白室…そんな言葉がが思い浮かんだ。


最近様子がおかしいと思ってたけど、その原因を知る事ができるかもしれない。

もっとも…指示を出す祥子さまはすぐ頭に浮かぶけれど、何かを相談する祥子さまは全く想像できないのだけれど…。



考えてみれば姉妹になってこんな風に相談を持ちかけられるなんて初めてだ。
祥子さまの性格からして、誰かを頼るなんて事はほとんど考えられない…妹である祐巳にはなおさらである。





「もう少し待ちなさい。あと二人来る事になっているから」


祥子さまの言葉に、二人っきりの相談じゃなかった事にちょっとがっかりしたけれど、祐巳にこんな状態の祥子さまの相談を一人で受ける自信はない。

二人というのは…きっと薔薇さま二人だろう。
あのお二方が心強い…特に栞さまは相談事に関しては一人で解決してしまいそうなぐらい頼りになる。




「すみません、遅れてしまいましたぁ。
 二年松組のホームルームがなかなか終わってくれなくて…」


でも、そんな祐巳の期待と予想に反して屋上の扉を開けて姿を現したのは瞳子ちゃんだった。

祥子さまの親戚の、ちょっと馴れ馴れしい子。





でも…瞳子ちゃんの連れてきた人は祐巳をさらに混乱させた。


「言葉の通り、厳島貴子さんをお連れしました」


…どうしてこの人を祥子さまが呼ぶの?




厳島貴子さんは一年生の夏休みまで祥子さまの妹だったのに別れてしまった人。


祥子さまと貴子さんががまともに会話をしている所なんて…去年の文化祭の最後、祐巳が祥子さまからロザリオを拝受した時だけしか知らない。


この二人はただの破局したスールじゃない。
…普通の神経の持ち主なら会話どころか顔を合わせる事さえできない…でも互いの事が大好きというとても難しい関係。


おまけに祥子さまは祐巳を妹にしていて、貴子さんは蟹名静さまを姉に持っている…つまり互いに別の人と姉妹の関係を持っているのだ。



「どういう風の吹き回しでしょうか?この私に相談とは?」


普段話しかける事さえできなかったのに、今相談を持ちかけるなんてどういうことなの?



そんな今の妹の困惑をよそに、祥子さまは更にとんでもない事を言ってきた。



「私はね、どうしてもエトワールスールになりたくなったの」


祥子さま…今、何と…?


エトワールスールって薔薇さまはなれないんじゃ…?
それに、一体どういう心境の変化なんでしょうか?
紅薔薇さまとしてすでに生徒達のアイドルでいらっしゃる今でさえ、生徒におだてられる事に乗気ではないはずなのに…。




「最初のエトワールが規定外の紅薔薇さまの兼任なのは好ましい事ではありません。
 それがわからない紅薔薇さまじゃないはず、まさか気まぐれじゃないでしょうね?」


気丈な厳島貴子さんは祥子さまに対してもとがめるような口調をするのにためらいがない。

姉妹の関係がなくなった今でもこの二人は対等みたいだ。

あと、祐巳が混乱している間に言うべき事をすぐ言葉で表現する貴子さんはあなどれない。




「気まぐれじゃなければ、こんな大それた事思いつかないわ」

よかった…さっきのは、貴子さんとなごむための冗談だったんだ。



「でも、私は本気よ。でなければこうやって貴女達に相談なんてしないわ」

その言葉にもびっくりしたけど、私達三人を見回してくる祥子さまは更に意外だった。

いつものお姉さまと違う、余裕がない…。
いや、余裕はあるのだけど何かが欠けてしまってしまっている危ういその感じ…。

その姿に先日、紫苑さまや栞さまに失礼をしてしまったお姉さまの姿が重なってしまった。




「決意は固いようですね、わかりました。協力しましょう」



二人が別れてから何の接点もなかったのに、手のひらを返したように協力してしまえる貴子さんは更にわからない。

それは祥子さまと瞳子ちゃんも同じみたいだ。




「驚きました。貴子さまは瞳子の見る限り一番エトワールに近い蟹名静さまの妹なのに…」


なんだか祐巳のわからない所で話が進んでいっている気がする。

そういえば、蟹名静さまは去年薔薇の信任選挙に立候補しようとしていた時があった。
あの時の蟹名さまの人気と応援団はは予想以上で、栞さまの薔薇さまとしての地位が危ないと思ったものだ。

あの時の任期が今も続いているのなら、蟹名さまはロサ・カニーナとしてエトワールスールになる事は十分ありえるだろう。




「図書室に居るから会って来たらどうですか?
 あの方はエトワールスールにはなろうとしませんよ。
 前の薔薇の選挙の応援団の協力を断りました。
 『そんなつまらないもの、興味ないわ』とまでおっしゃってました」


去年白薔薇革命でお預けを食らった蟹名さまファンの人達のことだろう。
久保栞さまに代わって白薔薇さまになるとか思わせて学園中を騒がせるだけ騒がしておきながら結局立候補しなかった前科持ちだけど、蟹名さまの人気はまだ高いみたい。


だから由乃さんを初め多くの人が最有力候補だって言ってたけど、その方がエトワールになる気がないなんて…。




「そう…それなら…あなたは誰がエルダースールに近いか、見解を聞かせてもらえるかしら?」

「正直に言うと、予想ができません。
 去年だと確実に十条紫苑さまでしたでしょうが、今年は薔薇さまとお姉さま以外に目ぼしい候補がほとんどいないんです」


そう言いながらも何かを思い出したように付け加える貴子さん。



「しかし、最近妙な噂を聞くのです。
 私の演劇部の後輩が、選挙の告知の前の時点で誰に投票するかを相談していました。
 それだけなら何も問題ではありませんが、特定の生徒をおだて上げる意図を含んでいると推測される噂でした。その出所はおそらく寮の生徒達です」


それは前の山百合会の会議でも問題視されてました。
令さまが主犯と思われる御門さまに注意をするといっていたけれど…広まってしまった噂を止める事はできない。


「寮の生徒達が宮小路瑞穂さんをエトワールにしようとしているという事ね」

「知っていたのですね…でも、選挙の手順からすれば対策を取ることは十分に可能です。
 そこの所は明日までに考えておくとして…」


貴子さんはこちらに向き直ると…

「祐巳さんと二人で話があるので失礼します。
 私と紅薔薇さまが顔を合わせるとそれだけで不人気の理由になるかもしれませんから、次回からは瞳子ちゃんを通して連絡してください」


混乱する祐巳を引っ張って、屋上を後にした。




あとがき
十条紫苑さまに引き続き、厳島貴子さんが祥子さまと接触。

祥子さまが祐巳と出会う前…一学期に貴子さんと姉妹の関係にあったという設定が読者全員を置いてけぼりにしていなければいいのですが…。


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