紫苑さまを交えて


「まずは告知の内容の見直しをしましょう。
 すでに選挙の事が知れ渡っていのなら。エルダースールの意味について説明するのが主な目的になります」


十条紫苑さまの登場はさっきまでの気まずい山百合会の雰囲気を変えてくれた。


先代紅薔薇さま…水野蓉子さまの親友で去年の非公認のエルダースール…そして入院し留年してしまったので前の薔薇さまの佐藤聖さまや鳥居江利子さまと同世代の方の貫録を持っていらっしゃる。


さすがの祥子さまも立場が上の方を前にして糾弾を続けるわけにもいかなかったみたいだ。


それに、祥子さまは紫苑さまにいろいろな理由で遠慮がある。

水野蓉子さまは紫苑さまの事を心配してできるなら紫苑さまの力になってほしいと山百合会の薔薇さま達に言い遺していたし、紫苑さまは水野蓉子さまと意気投合するようなお方だから卒業した水野蓉子さまの事を思い出してしまうのかもしれない。




「十数年前のエルダースールは、『その年の最も優秀な最上級生』というものでした。
 しかし、『優秀だからお姉さまと呼び慕う』という考えは古風すぎて受け入れられるとは思えません」




風流ささえ感じさせる丁寧な字で書かれたノートをめくりながら説明するその姿は「お姉さま」を絵に描いたような姿をしている紫苑さまは、祐巳にとって親しみやすいけれど近づきにくいという複雑な気分にさせてくるお方だった。


だってお嬢さま然とした雰囲気とか、
使ってるシャンプーを教えてもらいたくなるしなやかで長い黒髪とか、
整った顔立ちとかモデルもびっくりな体型とか、

祥子さまとの共通点がかなりあるのに、言葉にできない根本的なものが似ていない…そんな不思議なお方だから。





「それはつまり、エルダースールの在り方を変えると言う意味でしょうか?」



「はい、以前のような『全校生徒の代表』というものではなく。
 『全校生徒は優秀なエルダーを敬わなくてはならない』という考えはなくして。
 『みんなのお姉さま』というように親しむ対象とするのが今のスール制度に合っています」



紫苑さまの説明によると、十数年前のスール制度やエルダースールは今のリリアンとイメージが違うらしい。

当時、お姉さまには絶対服従…というのが当たり前で、由乃さんと令さまみたいに対等もしくは妹のほうが立場が強かったりするなんて考えられなかったみたい。


つまり、全校生徒にお姉さまとよばれるエルダースールは崇拝し忠誠を誓うべきお方だった…ということだろうか?

今のリリアンでは想像もできない…祐巳は祥子さまに絶対服従だけどそれはあくまで好きでやっている事だ。





「失礼します、紫苑さま。
 ここで今日私が学園長先生からうかがった話を報告しておきます」

紫苑さまがエルダースールの役割の改変について話し終わると、栞さまが話し始めた。

祐巳達がお御堂に着いた時、告白室で話していた話をするみたい。


「十数年前、エルダースールの制度があった頃。
 当時の紅薔薇のつぼみととある三年生の間でこのような会話があったそうです…」










二年生(紅薔薇のつぼみ)
「エルダーのお姉さま」


三年生
「紅薔薇のつぼみ。あなたがお姉さまと呼んでいいのは紅薔薇さまだけよ。
 もしあなたのお姉さまに聞かれたりすれば嫉妬されちゃうじゃない」


二年生(紅薔薇のつぼみ)
「選挙をするまでもなくあなたがエルダースールになられる事はもう決定してるようなものです。
 もうエルダーのお姉さまとお呼びしてもいいじゃないですか、ずっとそうしたかったんですから」


三年生
「紅薔薇のつぼみ、あなただから言うのだけど…私は正直、エルダースールになるのはイヤなの」


二年生(紅薔薇のつぼみ)
「どうしてでしょうか?エルダースールと言えばリリアンの全校生徒の頂点ですよ、薔薇さまよりも上の立場になんですよ」


三年生
「エルダーは英語で、スールはフランス語でしょう。なんか響きが悪い。
 おまけにエルダーというのは『長老』とか『賢者』を意味してるじゃない。
 ヨハネの黙示録では『栄光は貴方の物です』といって栄光と冠を主にお返しする方々の事よ。
 私はそんな形式ばったのは好みじゃないの」


二年生(紅薔薇のつぼみ)
「でしたら…お姉さまが任期中に名称を変えてはいかがでしょう」


三年生
「それは考えなかったわ。でもどういう名前にしようかしら…」


二年生(紅薔薇のつぼみ)
「エトワール・スールというのはどうでしょう?」


三年生
「…どうしてあなたは私が気に入るような名前をあっさりと考え付くのかしら。将来が末恐ろしいわね」


二年生(紅薔薇のつぼみ)
「いえ、私もずっとあなたの事、エトワールのお姉さまとお呼びしたかったんです」













「以上がその会話の内容です。
 その三年生は後にエルダースールになったそうです、でも名称を変えることはできませんでした。
 人気が高すぎたため不幸に見舞われてしまい、エルダースールの役割を果たす事ができなかったそうです」



栞さまが学園長先生から話された十数年前の会話は、エルダースールの名称を変えようとしていた方がいたという事みたい。



「学園長先生は、支障がなければエルダースールの名称を変更して欲しいとおっしゃりました。
 当時のエルダースールの希望の通り、『エトワールスール』と…」



エトワールはで「星(スター)」「花形」の意味で、エルダー(長老・年長者)よりも親しみやすさがある。
おまけにフランス語に統一されている。




「エトワール・スール…『エトワールのお姉さま』ですか。
 素敵な響きですわね。ぜひその名前にしたいものです」






紫苑さまがそんな感想をおっしゃったその時―






「エトワールのお姉さまですって!?」





―いきなり祥子さまが立ち上がり、まるで親の仇のような目で紫苑さまをにらみつけ…

言ってしまってから失言と失礼に気付いて…停止してしまった。






そんな祥子さまにどう反応すればいいのか分からずに、紫苑さまをふくむその場の全員があっけに取られる。






会議室を包む気まずい沈黙が痛い…。




祥子さまのヒステリーは何度か経験してきた。
でもさっきのは今までとは違う。
不機嫌なんてものじゃない、情緒が不安定というべきだろうか?


何の前触れもなく突発的に、しかも目上の十条紫苑さまに対してこんな風に取り乱してしまうなんて…あっていい事じゃないのに…。






「何か気に触ることを言ったのでしょうか?」



突然ヒステリーの標的になって、冷ややかな目で見つめる紫苑さま。


まずい、このまま紫苑さままで怒り出したら薔薇の館の収拾がつかなくなってしまう。





「何かひどくお悩みになってるようですが…耐えられますか?」


違った…紫苑さまは理不尽にヒステリーを起こされた事よりもむしろ祥子さまの事を心配なさっている。

でも、悩んでるって…紫苑さまにはそう見えるのだろうか?





そんな紫苑さまの言葉に毒気を抜かれたように、祥子さまは


「心配はいらないわ」

誰だって心配しますよ、お姉さま。

別にエレガント・モードがヒステリック・モードになるなんて事、祥子さまにとって不思議な事じゃない。
でも何の前触れもなく、理由もない状況で怒り出して自爆するなんて事は今までなかったもの。





「それでは、次に選出方法についてお話しますね」

とりあえず失言をなかった事にしてくれる紫苑さま…。

よかった…紫苑さまがオトナで本当に良かった。












「薔薇さまは兼任はできず…当選者の引き立て役をしろと…?」



紫苑さまによる選挙方法の説明が終わるなり、祥子さまはストレートに不満点を指摘なってしまった。


さっき紫苑さまが失言をなかった事にしてくれたのに…一体どうしたのだろう?





おまけに


「私は別に構いませんが…」

オールタイムで『私は神に仕えるのみです』との姿勢を貫く栞さまと…



「誰かの背中を押してあげるのって素晴らしい事だと思わない?」

…由乃さんを初め多くの人の面倒を見てきた経験を持つ令さまはそんな不満とは無縁のお二人とも意見がかみあってない。






でも、全校生徒を巻き込んでエトワールスールを選出するのは変だと思う。

だって、一般の生徒達にとって薔薇さまは『全校生徒の代表』とどうじにエトワール(花形)と言える存在だもの。


個性的な人達が三人もスターとして君臨している…なのに、エトワールスールを一人だけ選出するなんて。


それに、リリアンには祥子さま以上にエトワール(花形)と呼ばれるにふさわしい人はいない。

あ…それって『妹ばか』かも。






「私がどうして水野蓉子さま以外の人を…しかも同級生を『お姉さま』と呼ばなければならないの!?」




あ…不満なのはそっちなんですかお姉さま。
祥子さまらしいですけど、それは明らかに個人的な問題…わがままとも言います。


こうなったお姉さまはもう手がつけられない事を紫苑さまも含む全員が知っているみたい。
そして紫苑さまはそんな祥子さまの扱い方も心得ているらしかった。



「この事は水野蓉子さんも承知していますよ」


出た…伝家の宝刀…水野蓉子さまの意向。

懇意にしていた紫苑さまが言うと更に決定的だ。





「そもそも非公認のエルダースールなんて、姉妹を持てなかった行き遅れが同類から一人を選出するだけの自己満足でしょうに。
 それをわざわざ全校生徒で祭り上げる事に何の意味があるのかしら」




お…お姉さま…。
そんな事…去年のエルダースールの紫苑さまの前で言っていいことではありません…失礼すぎます。




「紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)!」

「祥子っ!」


あまりの失礼発言に動揺を隠し切れない白薔薇さまと黄薔薇さまだけど、祥子さまは止まらない。




「これだけは言っておきます。私は誰が選出されようとその人をお姉さまと呼ぶ気はありません」

そう言い放つなり、会議室を出て行ってしまった…。






本当にどうなってしまったんだろう…お姉さま。
今日で三回、しかも山百合会の身内ではなく目上の十条紫苑さまにまで不機嫌を暴発させてしまったばかりか…よりにもよって…あんな…あからさまに一部の生徒を侮辱するような事を言ってしまうなんて。



「申し訳ありません、紫苑さま」

祐巳はお姉さまの失言の連続に紫苑さまに謝る。
姉を支えるのも、失敗を補うのも妹の役目だ。



「小笠原祥子さんに何かあったのかもしれません。
 もしかしたら…身近な人…それも二人以上…の体調が悪く…いえ、憶測で物を言うのはやめましょう。
 祐巳ちゃんが祥子さんの妹でいる限りは大丈夫だと水野蓉子さんも言ってましたし…難しく考えるのはかえってよくありませんしね」


怒る事もせずにそんな事を言って笑いかけてくれる紫苑さまに安心を分けてもらった気がした。




「紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)抜きになってしまいますが、幸い大まかな告知の内容はもう話し終わっています。
 具体的に告知の内容を調整しましょう」


「紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)には後で私達がきつく言っておきます」


久保栞さまと支倉令さまは白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)と黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)として紫苑さまに謝り、このときは何とか無事に会議を進めることができた。







あとがき

うわぁ…祥子さまが…祥子さまが壊れてしまってます。
先の展開を知っているならその原因が分かっているでしょうがさすがにやり過ぎの感がありますな。

紫苑さまがマリみてキャラと話すのは描写していて楽しかったです。
なにしろ紫苑さまのスペックは水野蓉子さまと同等かそれ以上、
美人で神秘的であり天然…しかも人の心を読めるという特技持ち…憶測とはいえ祥子さまの真相に迫ったのは決して優遇措置ではないと自負しております。

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