エトワールの憂鬱



『私が部屋の主だって伝えて』

朝に言われたことが頭に残っていて。授業の内容も頭に入ってこない。




「宮小路瑞穂さん、どうかしたのかしら?」

世界史の時間、隣の席の紅薔薇さま…小笠原祥子さんに話しかけられても、全く心ここにあらずといった感じになってしまう。



「紅薔薇さまも、調子が悪いようですけど」

その紅薔薇さまも上の空と言う点では同じだった。
紅薔薇さまと言う立場上必死でごまかしているけど、何かを取り繕っているような感じがする。


それを見抜かれたのがショックだったらしく少し慌てた様子だったけれど、自分と瑞穂の様子が似たようなものだという事実に気を良くしたのか、珍しく穏やかな表情を浮かべて語りかけてきた。


「そうね、調子が悪いのは認めなければならないわ」
「認める事で状況が好転するのは良くある事ですよ…自分の力でどうにもならない事ならなおさら…」

自分が物心着く前に、いなくなってしまった母。
生きていた時の評判ばかり良くて、いて欲しいと思った時にいないのが当然となってしまった存在。


「自分の力ではどうにもならない事…瑞穂さんもそうなのかしら」
「そうですね…まして人の生死に関わる事は…人間の歴史を通しての課題ですから。
 今学んでいる世界史の中でも、生死に悩むあまり非社会的で早まった行為をしてしまった事件が数多く存在するように…」


だけどもし…死んだと思っていた人が生きていながら…肝心な時にいなくて。
そして、隠れて暗躍していたとしたら…どんな感情を抱いて彼女に接すればいいのだろうか?






『私が部屋の主だって伝えて』

それはつまり、今日という日が終わって部屋に戻れば、二人は互いを認識すると言う事だ。






「生死に関わる事?ご家族がどうかなされたのかしら?」
「そんな所です。でも詳しい事は聞かないで下さいね」

まさか本当の事を話す訳にもいかない。
久保栞さんや蟹名静さんの話によると二年前の真相を知っている人の中に小笠原祥子さんは入っていないのだから。


「小笠原祥子さんは、幽霊という物をどう思います?」
でも、話し始めた立場から会話を打ち切るのも何なので。こんな風に質問してみた。



「は?」
小笠原祥子さんに似合わない、調子の外れた声だ。



「もし…死んだ人が幽霊となって…私の事を見守っていてくださるとしたら…」
母さまがこの学園にまだ存在するのなら…

そんなふうに考えた事を口にした瞬間、乾いた音と共にいきなり机が揺れて驚いた。


「そんな風に考えられるのならあなたはまだ幸せよ」

紅薔薇さまの震えたその声と机に置かれた手を見て、彼女が机に手をたたきつけた事に気付く。



「死んだ人の未練を引きずって立ち直れない人がどれだけ辛い思いをするかわからない。私を押しのけてエトワールスールになったあなたには」

よくわからないけど…小笠原祥子さんの悩みは更に深刻ならしい。
紅薔薇さまのあわてた表情からその事を汲み取ったから瑞穂は冷静なままでいられた。



「そうですか…私は幸せ者ですね……目が覚めました」


そうだ、母さまが今なお存在してくれている。
その事をまず喜ぶべきだ。
そして、いつ母さまに会うために心の準備をしよう。
あの父親をして『宇宙人』と呼ばせた人にどんな言葉をかけてやろうか…。


「ありがとう…もし…私の問題が解決しても…あなたの問題が解決していなければ…できる限り力になりましょう」


まずは栞さんと蟹名さんに相談しよう。
二年前に特殊な経験をした二人なら、瑞穂のしらない事も教えてくれそうだ。




あとがき

小笠原祥子さまご乱心!
ついでに瑞穂お姉さま無視しすぎ、人が何八つ当たりしてるのに自分の世界に浸ってるのやら…




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