リリアンの怪談 「エトワールのお姉さまって初めはミステリーだったんですね」 夜中の寮の談話室…夕食→入浴→就寝という夜の一連の流れの途中に話し相手が欲しい生徒達が集まる場所…にて、四月ごろのリリアンかわら版を見ながら当時を思い出すように周坊院奏ちゃんが一年生と話していた。 「瑞穂さんは存在そのものがミステリーだということを私は昨日知ってしまったんですよ」 「そうなのよねぇ」 これは久保栞さんと御門まりや。 寮を取り仕切る立場にある最上級生…下級生を教え導くお姉さま方である。 自由時間にまで干渉するのは生徒の自主性を否定する…ということの表れらしく開放的で砕けた…そして時に日中の校舎では話せないような深い話題も黙認される雰囲気である。 もっとも就寝時間は定められていて夜更かしは禁則事項なのだけれど。 「おかげさまで私は今までよりも瑞穂さんに注意を払う事になりそうです」 昨日正体を知った時から栞さんは取り乱してたのだけれど今日はとても元気なのは多分、あの陽気なお姉さまと会話できたからだろう。 『同性愛者のストーカー』とまりやは言っていたけれども…栞さんにここまで影響を与えてしまえる事からその人柄がうかがい知れた。 ふざけているようで的は外していない、あの人が薔薇さまだった事もミステリーと言えるのではないだろうか…リリアンと言うのは想像した以上に特異な場所のようだ。 「私と同列に扱われている他の七不思議について教えていただけませんか?」 瑞穂の言葉に栞さんやまりやを初めとするその場の全員が七不思議の書かれたリリアンかわら版を囲んで話し込む事になった。 1音楽準備室のピアノ 2図書室に本を返しに来る美少女 3美術室で泥をすする老婆 4桜の下の遺体 5ハードカバーの枕草子 6寮の開かずの部屋 7謎の名前、宮小路瑞穂 以上がリリアンの七不思議である。 「ミステリーはね七番に瑞穂ちゃんが入ってる事からわかると思うけど、後半は無理矢理つくったものなのよ。 3番の美術室で泥をすする老婆、これは放課後美術室のそばを通りかかるとズルズルという音が聞こえてくる。 でもコレ、当直の梶浦先生がカップラーメン食べてたってオチでしょ」 …緋紗子先生…リリアン女学園のイメージが壊れかねない事をしないで下さい、創立者のお祖父さまが草葉の陰で泣くかもしれませんから…。 「4番の桜の下の遺体、これは桜組伝説の一環なのですよ」 噂話に詳しい周坊院奏ちゃんの話によると、桜に関わる怪談がリリアンには古くから存在しているらしい。 「5番は…ただ単に図書室の枕草子が一冊だけ別版になってたってだけでしょ。深い意味はないと思うわ」 「もしかしたら失くしてしまった人が弁償したのかもしれないのですよ」 そんな風に解説するまりやと奏ちゃんだけれど、二人とも久保栞さんに時々視線を向けているのが気になった。 まるで腫れ物に触るように注意深いような…。 そんなまりやもどの怪談が深刻なものなのか分かっているみたいだった。 「一番と二番…あと六番は…軽々しく口にしていい問題ではないのですね?白薔薇さま」 「はい…エトワールのお姉さま、この事はあまり口外しないでくださいね」 改まって、『エトワールのお姉さま』というあたり、きっと深刻な…リリアン学園の風評に関わりそうな話題なのだろう。 「まずは1音楽準備室のピアノについてです」 ピアノが鳴り出す怪談なんて何度も聞いた事がある、怪談の定番のようなもののような気さえするのだけれど久保栞さんは真剣だった。 「瑞穂ちゃんは知らないのよね、二年前にピアノを聴いた人がどれほど深刻だったか」 「あの時は大変でした。私達が一年生だった頃、十月から十二月にかけてピアノの演奏を実際に聴いた人が情緒不安定になってしまったのです。学級閉鎖にさえなりかねない程に… 確かな事はピアノを弾いていたのは長谷川詩織というリリアンの生徒だったという事と、クリスマスを最後にピアノが弾かれることはなかったという事です」 …と言う事は、当時の事を知るのは今の三年生だけと言う事になるのだろう。 なのにミステリーの一番に選ばれるという事は当時が以下に深刻だったかを物語っているみたいだ。 「続いて2図書室日本を返しに来る美少女…、これは図書委員の多くが遭遇したミステリーです。 リリアンの生徒が現れて本を返した後去っていく人がいるのだけど、その人の返した本は図書室に登録されていない古い本で、しかもその人はリリアンには見つからない…」 「うわぁあああああっ!」 さっきからまりやの隣で震えていた上岡由佳里ちゃんがついに耐え切れなくなって悲鳴をあげてしまった。 まりや…面白がって怖がらせようとするのはお姉さまとしてどうなの? 「6番、寮の開かずの部屋…。●●●室の部屋に入ると不幸になる」 「あれ?●●●室って…エトワールのお姉さまのお部屋ではありません?」 「し…失礼しますっ!」 現実味を帯びてきた話に怖くなったのか、上岡由佳里ちゃんが出て行ってしまった。 …って他人事じゃない…不幸になるってまさか… 「ちょっとまりや…どうしてそんな部屋に私を住まわせる事にしたの…」 「遺言なのよ・・・●●●室に瑞穂ちゃんを住ませて、家具も備え付けのものを使うようにって」 あの部屋…アンティークな家具ばかりとは思っていたけど…まさかいわく付きのものなんじゃ・・・。 「大丈夫だって、瑞穂ちゃんはあの部屋に来てから一ヶ月、その間に何もなかったでしょ。要は気持ちの問題よ。 まあ、怖かったらあたしの部屋に来なさい。 震える瑞穂ちゃんを優しく抱きしめて寝かしつけてあげるから〜♪」 「あのねまりや…」 そんな従姉妹の子ども扱いへの抗議は… 「御門さん…冗談でもそんな事は口にしないでいただけませんか?」 …そんな冷え切った声に中断させられた。 久保栞さんはさっきまでの穏やかで陽気な雰囲気は一変して、氷のような視線と声でまりやを威嚇している。 そういえばまりやは言っていた…『栞は小笠原祥子以上に潔癖症』だって。 教会では性的な意味を含まなくても、男女が一つの部屋に二人きりになったり肉体が過剰に接触したりする事が禁止されている。 敬虔な栞さんにとって男女が一つの部屋で一夜を過ごすなど見過ごせない行為なのだろう。 「あ〜ごめんごめん…昔の事思い出しちゃってね…瑞穂ちゃんと一緒に寝てた事とか…」 「……そういえばお二人はそんな関係でしたね。 すみません…神経質になりすぎました」 謝ってくる栞さんだけれども、まりやにしては珍しくあからさまに後悔の表情を浮かべている。 事情を知っている今なら、まりやが何に後悔しているかが手に取るようにわかった。 まりやは自分のほうから謝りたい気分だろう。 久保栞さんには『そんな関係』というものものが全く考えられないのだから。 親戚どころか血のつながった家族さえいない…その事がどれだけ深刻か想像さえできなかった。 「奏がそのお部屋について調べてみるのです。何かあるのかもしれないのですよ」 幸い、深刻な事情をあまり察しない奏ちゃんがその雰囲気を中断してくれる。 「怪談の話はここまでにして…御門さんに瑞穂さん。お二人の事をもっと教えていただけませんか? 私にとって知らなければならないことのようだから」 『エトワールのお姉さま』の本性を知ってそんな事を尋ねてくる栞さんはやはり芯の強い人だと思った。 結局就寝時間まで、元気を取り戻した…いやいつもよりも更にハイテンションだったなあの栞さん…性別に関わる意地悪な質問をされてこれからのリリアンでの生活の事について遠まわしに釘を刺されたし…。 思えば今日もまた壮絶な一日だった、体の疲れはともかく心労はかなりかさんでいる。 昨日から隣の部屋の久保栞さんに正体が知られたとはいえこの部屋での夜の安息は変わらないのがありがたかった…なのに… 「エトワールのお姉さま…その…一緒にお休みしてください」 寝巻きで枕を持って部屋の入口にたたずむ上岡由佳里ちゃんの姿に考えを改めさせられてしまった。 本来ならお姉さまの御門まりやの所へ行かせるのが筋のような気がしたけれど、更に怖い話を聞かせられるという由佳里ちゃんの主張が正しい事を瑞穂は過去の経験から知っている。 かといって体調を崩しかねないほどきつい立場の久保栞さんの負担を増やすわけにもいかないので、面倒を見てあげることにした。 さわやかな小鳥のさえずりが、澄み切った寮に木霊する。 「おはよ〜瑞穂ちゃん…朝だよ〜♪開けちゃうぞ〜…………って…」 「それが従姉妹ならではの起こし方です…………か……」 「「はぁあああ!?」」 さわやかな朝のどよめきが、澱みきった男の部屋の部屋に木霊する。 「ぁ…おはようまりや…それに栞さんも…」 「み…みみ瑞穂ちゃん!?あんた由佳里に何やってんのよ!?」 「駄犬の癖に人に噛み付くなんて、去勢するところだわ、この早漏」 マリア様のお庭に集う乙女達が、(断罪の)天使のような憤怒の表情で、目の前の惨状を問い詰めていく。 視線の先には、瑞穂の隣で眠る穢れを知らない寮生… 「あ…こ…これは…ちょっと二人とも落ち着いてーっ」 風格を乱さず、楚々として詰問するのがここでのたしなみ。 「瑞穂ちゃんの…」 「エトワールのお姉さまの…」 もちろん、有無を言わせず罵詈雑言を浴びせて殴るはしたないお姉さまなど存在していようはずもない。 「「犯罪者ぁあああ―――っ!!」」 もっとも、中には例外もいるのだけれども。 あとがき 長谷川詩織さん、ミステリー一番として登場。 おとボク本編では夏休み後に幽霊として登場する彼女ですが瑞穂さまが編入する前に騒動を起こしていました。 で…ちょ…何死亡フラグ立ててんの瑞穂さま…。 あと御門まりやはともかく、久保栞さまも壊れすぎてるな…黒シスターの面影再び。 こんなアホな展開になったのもアニメ版の影響です。 どうかご理解とご協力を(責任転嫁) |