図書室のイベント




「なんだか、この扉を開けるととんでもない騒ぎになるという予知めいた予感がしますわ…」

今日も無事に授業を終えて、朝の約束の通り紫苑さんと支倉令さんと一緒に図書室の扉の前に立つと…急に扉を開けたくなくなってしまった。



でも後ろの二人を無駄に待たせる訳にも行かないので、意を決して引き戸を開け―――

「お姉さまよ!お姉さま方がおいでになられたわ!」
「紫苑さまと黄薔薇さままで・・・素敵ですわぁ!きゃ〜!」

―――悲しいぐらいに予想通りだった。


選挙以来、三年菊組の黄薔薇さま・エトワールスール・エルダースールが一緒になればリリアンの行く所全てでこうなってしまうのである。
蟹名静さんが言うには…「貴女達は三人とも固有の魅力を持ってしまっている」らしい。


入る前からわかっていたけれど、図書室には『参考書の初貸し出しイベント』と蟹名静さんが言うだけあって普段とは比べ物にならないほど多くの生徒がやってきていていた。







「お姉さま方の遺してくださった本を有効活用する機会を提供できたのは、私にとっても喜びです。
 みなさんは手に取る事で持ち主だった方の学問の足跡をたどる事ができるでしょう」

エトワールスール+エルダースール+ロサ・フェティダの入場の騒ぎが収まる頃合を見計らって図書委員代表として蟹名静さんが挨拶と、新しい貸し出し制度を独自に作る事になった経緯を説明する。


「エトワールスール選挙の発表により、貸し出しの希望が多く寄せられた事に非常に嬉しく思うと同時に、対応が追いつかずみなさんの要望を満たせなかった事を申し訳なく思います」

要望が殺到したため、一度に全員の希望する本を貸し出すのは無理と判断した蟹名さんはできる限り公平に貸し出せるような調整をしなければならなかった。
それは貸し出しを希望しながら本を割り当てられなかった生徒がいるという事を意味している。

蟹名さんが瑞穂達三人を呼んだのはそんな制度の恩恵に預かれなかった生徒の慰めと期待の意味も含んでいるみたいだ。

エトワールスール達三人の役目は、図書委員達と共に一度目の貸し出しの恩恵に預かる事のできた生徒達に参考書を手渡す事なのだから。

その現場をネタにしようと七三分けの新聞部の生徒と、眼鏡をかけたカメラ持ちの生徒の姿もスタンバイしている。


その隣で黄薔薇さまが懐かしそうに一つの参考書を手にとっていた。

「では前の黄薔薇さま。鳥居江利子さまの英語の参考書を借りる栄誉を授かる二条乃梨子ちゃん。前へ」

なるほど、その参考書は支倉令さんのお姉さまの物だったのか。



「大切に使わせて頂きます」
「ありがとう」

支倉令さんが二条乃梨子ちゃんに手渡す瞬間を狙って、眼鏡の少女がカメラを使用した。

二条乃梨子ちゃんは整理作業の時からずっと図書委員に協力してくれていたので優遇されたけれど彼女の貢献からすればその扱いは妥当と言えるだろう。

そういえば宗教裁判以来、白薔薇のつぼみと親しいらしい…姉妹にと望む声も出ているとか。
もっとも、リリアンの生徒として完全イレギュラーの宮小路瑞穂にはわからない問題なのだけれど…。



「次はエトワールのお姉さまと菅原君枝さんよ」
「これも去年の卒業生が遺した物だそうです。大切に使ってくださいね」
「は…はいっ!」

シャッターの音と共に歓声が挙がり、厳島貴子ちゃんが事態を収拾しようとするけれど蟹名さんはあきらめて妹を制し、図書委員達と本の貸し出し手続きを済ませ始めた。







貸し出し手続きが終わった後も新聞部の取材やリリアンの教師の方々の相談を受けたりしたので、全て終わった時にはずいぶん遅くなってしまった。

「ありがとう。貴女のおかげでイタリア行きを二年延ばした意味を果たせそうだわ。
 ところで瑞穂さん。もう少し時間をもらえるかしら?」

「私は寮に戻るだけなのだけど…蟹名さんは大丈夫なのかしら?」

陸上部に遅くまで残っているまりやと由佳里ちゃんのように寮生だから遅く下校する事に抵抗はないのだけれど、蟹名さんは自宅通学だったはずだ。

「私は大丈夫よ。それじゃ、お御堂について来て。
 お礼として『貴方』に私のとっておきの歌を聴かせてあげるわ」


この時、気付くべきだった。
令さんと同じ呼び方をしていた事に…。




あとがき
苦労した…簡単なイベントなのに伏線張りをミスると一気に後のシナリオが瓦解するのがこの地点なのです。
さりげに菅原君枝ちゃん初登場…一年生です。
『蟹名さんの不思議な図書室』イベント終了。
そして、舞台は暗転します。


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