更なる難関 「黄薔薇さま。以前、告白室で相談しようとしていた事というのはそこの男性の事だったんですね」 あまり期待していなかったけど、食べ物で機嫌を取る令さんの意図は失敗していた。 いつもなら「令さん」と言う所を「ロサ・フェティダ」と称号で呼んだばかりか、「そこの男性」と栞さんらしくないとげのある呼び方をしている。 でも昨日と違って取り乱さず、いつものように理知的で落ち着いている栞さんに令さんはうなずいた。 「…ご存知でしたのならどうして選挙で票を譲るような真似をしたんですか?」 淡々とした言葉だけれど事務的な白薔薇さまとしての追及ではなくて、責める意図のない確認のための質問のようだ。 「別に悪さをするわけでもないし。瑞穂さんには助けてもらったし、いたほうが面白くなりそうだもの」 「同感、こんな楽しい事そうそうないわよ」 反面、令さんと静さんはのん気に対応してる。まるで、栞さんといる場所で空気が違うみたいだ。 瑞穂をエトワールスールにした実行犯とは思えない図々しさである。 「そうじゃなくて…薔薇さまとしてこう…許せないものがあるでしょう」 「形式にこだわってあるべき寛容さが失われるのは悲しい事だと思わない?」 なんだか栞さんみたいなことを言う令さん。 栞さんのあきれたような表情を見る限りでは、どうやら当人のモノマネのようだ。 「コレは寛容じゃありません。この人の存在は不純すぎます」 「本当にそうかしら?」 一変して真面目な様子になった蟹名さんが進み出て、栞さんのそばに寄る。 蟹名さんは栞さんが首に下げたロザリオをなでながら… 「栞さんも知る事になるわ。 瑞穂さんがどうしてここに存在しているのか…なぜこんな事をしているのか… どうして私があの鎮魂歌を瑞穂さんに聞かせる必要があったのか…貴女がどうしてそのロザリオを幽霊からもらったのかも…」 …そんなヘンな事を話し始めた。 蟹名さんが知っているって…どういう事だろう? それに鎮魂歌って…あの礼拝堂で蟹名さんが演奏ながら歌っていたあの歌がどうしたのだろう? 確かに…ただならぬ雰囲気を感じたけれど…。 「私からは話せないけれど。誤解を避けるためにこれだけは言ってもいいわ。 瑞穂さんがリリアンに来る事に不純な動機は一切なかった…」 「信じていいのですね?」 「マリア様に誓ってもいい」 わからない…二人にしか理解できない会話のようだけど…。 鎮魂歌? 幽霊? 「どういう事ですか?今のは一体…」 「それは私の口からは言えないわ。 でも間違いなく近いうちに知らされる…言ったでしょう? 『喜べ少年。君の願いはもうすぐ叶う』ってね」 「瑞穂ちゃん、ロサ・カニーナの冗談は真に受けないほうがいいわよ」 まりやがそう言うけど…気になる。 「もういいです。考えてみれば一人で悩んだ私がいけなかったのです。 瑞穂さんが寮に住む事は認めます。 ただし、『貴方』が寮生として不適格だと私が判断すれば…わかってますね?」 警告を忘れないあたり…まだ不満はあるみたいだけど…ようやく認めてくれたみたいだった。 「あれ?栞さんにしては意外とあっさり認めたわね、もっと反対すると思ったけど…」 「支倉令さんはわかるとして、栞がこうもあっさり認めてくれるとは思わなかったわ…」 まりやの言葉に、栞さんは笑う。 「この男は栞をだましてたのよ…それに、男と壁一つ隔てた部屋に住むなんて栞が耐えられるはずないじゃない」 さっきまでと違った瑞穂への嫌悪ではなく栞さんを気遣った言葉に、この人が白薔薇さまのお姉さまだったと言う事を今更ながら実感した。 その佐藤聖さんの言葉に苦笑する栞さんはもういつもの余裕を取り戻し、多分今日考えていた事を語り出した。 「順番…でしょうか? 私はあなたが男性という認識よりも『お姉さま』と言う認識が先になってしまった… 何でもできるのに控えめな…『エトワール・スール』を絵に描いたような…昨日は取り乱してしまいましたが…今はもうあまり…貴方に嫌悪は感じません。 それにこの二ヶ月の間、何の問題もなかったし、リリアンのみなさんの模範でいてくれた・・・瑞穂さん、あなたはそれを卒業するまで続けられますか?」 「その覚悟は既にできてます。 エトワールスール選挙の時、保健室で紫苑さんに頼まれた…あの時から」 「では…これからもよろしく。『お姉さま』」 そんな事を言って栞さん手を差し出してくる。 その手を握ってようやく、白薔薇さまに認められたと実感できた。 久保栞さんと佐藤聖さまも落ち着いたので、紅茶を淹れなおして七人でこれからの善後策を練ることにした。 初めは激しく反対していたものの…久保栞さんのお姉さまだった佐藤聖という人は御門まりやと蟹名静みたいに悪だくみが好きならしく、途中から明るく積極的に話に参加してくれる。 「ところで前から聞こうと思っていたんだけど、プールはどうするの?」 前の白薔薇さまの話が一段落すると、令さまがとんでもない事を聞いてきて恐怖の底に突き落とされた。 プ…プールだって!? 「万が一のときのために水着も用意してあるんだけどね」 「ま…万が一って、無理だよ…絶対に無理!」 制服と体操服は何とか誤魔化せるけど、体の線が完全に露出する水着はごまかしようがない。 ちなみに、ベッドの腰かけていた前の白薔薇さまは形容しがたい大爆笑とともに転げまわってるので見なかった事にする。 「休んでしまえばいいでしょう。理由は生理とでも言えばいいわ」 蟹名さんがあっさりと言うけれど…せ…生理って!? 白薔薇さまに何とか認めたもらえたのに、更なる難関が出てくるなんて…。 「あははははは…男が…男が生理…ああははははは」 あと、コレは本当に前の白薔薇さまなのだろうか? あとがき これにて栞さまと聖さまのロングコント終了。 志摩子さんを混ぜようかと思ったけれど、そうなると場の収拾をする自信がないのでまたの機会に…。 さて、まだあの子は登場してませんが…何とかしないと。 加筆修正(07/04/11) 栞さまとの会話の一部 |