白薔薇さまの混乱



「なんだか、この扉を開けるととんでもない妨害を受けるという予知めいた予感がしますわ…」



栞さんに正体を知られて、昨日の夜も今日の朝もあの清純な白薔薇さまに似合わず嫌悪の感情をむき出しなのに耐えられず逃げるように彼女の部屋を去らなければならなかった。


だから、授業が終わって寮に戻り再び栞さんの部屋をいざ訪問という時になって彼女にどう言い訳をしたものかわからない。



「栞は三人の薔薇さまの中で一番潔癖症だけど、一番話がわかるから大丈夫だって」

「黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)としてその意見には異を唱えたいけれど…賛成しておくわ」


「去年の薔薇さま達も栞さんには一目置いていました。
 栞さんは瑞穂さんに故意に迷惑をかける程大人気なくありませんわ」

「昨日は疲れていたけど、今日一日ゆっくり休んで落ち着いたから大丈夫よ」


今は御門まりやと支倉令さん・十条紫苑さん・蟹名静さんの四人…今のところエトワールスールの正体を知っている生徒全員…がついていて、栞さんを説得し今後の対策を話し合おうとしてくれるのが心強い。

支倉令さんに至っては栞さんの機嫌を取るために手作りのケーキまで持参してくれている。




覚悟を決めて…扉を開けたらいきなり着替え中だったなんて事のないように…丁寧にノックをする。




「はーい、どうぞー」

そんな…ほがらかかつイタズラ好きそうな声が返ってきた。
珍しい事に栞さんの他に下級生がいるらしい。



扉を開けると栞さんが机に向かって厚い何かの教本を読みながら書き物をしているのが見えた。
普段着という事はきっと具合も良くなったのだろう。



でもその表情をうかがう事はできなかった…

「初めましてお姉さまっ!私、加藤景と申します!エトワールさまに会いたくて来ちゃいましたっ!」

…中にいたもう一人のリリアンの制服の少女がいきなり飛びついてきたから。



加藤景ちゃん…最近エトワールスールの追っかけだろうか?

そう考える前に、何かが違うと思い直した。
抱きついている少女は背が高く大人びた感じの美人だという点を除いても下級生と捉えるには無理のある雰囲気をしている。
何より内に秘めた雰囲気は何か常人ならざる物を感じさせている…少なくともただのリリアンの生徒とは思えない。



「あ…あの…あまりくっつかないで下さいね」

とにかく、無難にエトワールスールとしての模範的な対応をしておこう。



「何だかいいにおいがします…」
「香水の類は使っていないんですけど」
しまった…この人特有の雰囲気に飲まれてつい敬語を使ってしまった…。


しかし甘えた猫なで声に騙されそうになったけど、この人は危ない人だ。
初対面でこんな至近距離で人の匂いをかいで悦に浸るあたり十分変態の素養がある。



「エトワールのお姉さまったらなんて綺麗な髪…、一体どんなシャンプーを使っていらっしゃるの?」
「え…えーっと…この髪は遺伝によるものだからそういうのはあまり関係がないと思うわ…。
 そう言う景ちゃんの顔も私よりも個性的じゃない」

おかしい…いつもなら不測の事態にはまりや辺りがフォローしてくれるはずなんだけど今に限ってどうして苦笑しながら黙っているんだろう?



「なんだかエトワールのお姉さま…とってもおいしそう」

そんな事を言いながら甘えるように首筋を甘噛みしてくる。
こ…この下級生もどき…ただでさえデリケートな状態の栞さんの目の前でリリアンの生徒にあるまじき言動を…。
気のせいか、栞さんの手が震えているように見える。




「誤解されそうな事言わないで…あと、くっつきすぎはやめていただけないかしら」

今度は至近距離で相手の目を見て少しきつく言ってみた。
さすがに離れてくれたけど…懲りずに腕にしがみついて甘えてくる辺りただ者じゃない。



「一緒にお風呂に入りましょうよー?」
その言葉に、リリアンのスールの中には「そういう」関係になってしまう人がいるのかと本気で疑ってしまう。


「私もご一緒してよろしいでしょうか」

紫苑さん…冗談はやめて下さい悪ノリしすぎですあなたが言うと冗談に聞こえない分質が悪いです。

だいたいアナタはPS2版で奏ちゃんと一緒にお風呂に入る新CGがあったでしょう。
…あれ?今何だかわけのわからない天啓めいた毒電波が…。




「私はちょっと本気なんですけどね」

「紫苑ったらだいたーん…その気持ちもわかるわね。
 そういう訳で御門ちゃん、たまにでいいから借りられるかしら。
 エトワールのお姉さまを『抱く』のって癖になりそうだから」





いきなり横で…

ばき

…という激しい音がした



音のした方を振り向くと栞さんが折れた鉛筆を握りしめてふるえながら、すごい目つきで教本をにらんでいる。

一瞬だけ、栞さんがちょっとだけ顔を動かしてこっちを見て……心臓をばくばくいわせる程のすごい目つきに…とっさに目をそらさなければならなかった。


加藤景と名乗る少女に過剰に甘えられるよりもある意味きついんですけど…。


「いったいどうしたの栞?貴女がそんなに怒るなんて…いったいこの人の何が気に入らないの?」

抱きついていた少女は急に態度を変えて栞さんに向き直る。
白薔薇さまである久保栞さんを呼び捨てするということは、やはり下級生ではなかったのか。



「佐藤聖さん、貴女はエトワールのお姉さまについてどう思います?」

今紫苑さんが口にした佐藤聖というのがこの人の本名なのだろうか?
でも、どうして仮名を使う必要があるのだろう?



「抱き心地も器量も文句ないし可愛いし、上の上よ紫苑。
 エトワールスールに推薦した紫苑の判断に狂いはなかったようね」

「ええ…瑞穂さんをエトワールにできて私も嬉しかったです」

「で…どうしてそこまでこの人が嫌いになったりできるの?栞?」



これ以上行為をエスカレートさせるのも精神衛生上よろしくないのか、蟹名静さんは御門さんに合図した。



「では御門まりやさん。佐藤聖さまに種明かしをしちゃってください」

その表情は、昨日お御堂で見たのに負けないぐらいの邪悪なものがあった。


「…わかったわ…佐藤聖さま…いえ、先代白薔薇さま…」


どこかで聞いた名前だと思ったら、佐藤聖さまって前の白薔薇さまだったのか。
つまりは、久保栞さんの姉にあたるということなのだろう。




その事を理解した瞬間…

「…実は瑞穂ちゃんってね…男の子なの」

…まりやは、いきなりまずい事を言ってしまった…。




「ちょ…ちょっとまりや!」

「はぁあ?」

幸い佐藤聖さんは「理解できない」といったようにまりやを見ている。
今ならまだなんとかして…



「うんうん…まあそう言う反応だよねわかるわかる…という事でっ!」



対応を考える前に、まりやにいきなり制服のスカートを全力でまくり上げられ…


「うおぁうおわぁあああっ」


…思わず突然の少女らしからぬ悲鳴をあげて床に座りこんでしまう。


「いきなり何すんのさまりや!?」
「だって教えるのには一番手っ取り早いじゃない」
「だからって…」


「い…今の…まさか…」

佐藤聖さんはさっきまでのマイペースな態度はどこへやら…目を見開き両手で口を押さえて震えている。



「う…ウソだよね……ウソだといってよ……」


この人の状態はあれだ…認めてしまえば何かが終わってしまうぐらい認めたくない現実を直視してしまったヒトのそれである。


そこへ…

「聖さま。以前に私が言った事を思い出してください…『彼』が羊の群れの中の狼です…」

…蟹名静さんがトドメを刺した。





「みぎゃぁああああああ〜〜!!」







あとがき

なんじゃ…この展開は…その2。
さすがの聖さまもあの女装は看破できませんでしたとさ、
聖さまは性癖がアレなので、女性に抱きついたら実は男性でしたなんて事態はかなりヤバめな展開なのです…っていうか聖さまくっつきすぎだ…瑞穂さまが困ってます。
…やった事の報いは受けてもらいましたが。

ちなみに、御門まりやの種明かしにアニメ第五話冒頭の展開を使わせてもらいました。

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