白薔薇のつぼみの憂鬱



休み時間になると、久保栞さんの欠席を知った人達が白薔薇さまの体調を聞いてきた。

その様子から、三年生の間では白薔薇さまは『人気者』でも『聖女』でもなく…『守ってあげたい人』…というように見られている事がわかった。


まりやは言っていた。
「一年生の時は弱々しい雛鳥だったのに。今は立派過ぎる巣立ち前の若鳥だったりする」と。
今の『聖女』を地で行っている栞さんを見ているととても助けが必要だとは思えない。
そういった認識が他の三年生と異なっているようだ。


もしかしたら以前の紫苑さん程ではないにしろ、久保栞さんと話す事もリリアンの生徒にとって特異な事なのかもしれない。




その疑問は、藤堂志摩子という生徒が久保栞さんについて尋ねてきた事で明らかになった。




藤堂志摩子ちゃん。
前の宗教裁判にて出身が明らかになると同時に久保栞さんとより一歩踏み込んだ関係になる事ができた白薔薇のつぼみ、普段は落ち着いていて三人のつぼみの中でも一目置かれていると言われている。


「御門まりやさんが制服を隠すという強硬手段に訴えなければ登校していたと思うわ。
 だから今日一日休めば大丈夫なはずよ」



でもいつもと様子とは違って落ち着きががなく見るも哀れなほどだったから、本来教えられない詳しい事情を話してあげる事にした。

…栞さんに怒られて追い出されるように寮を出てきたのが気まずい。




「あの…お姉さまは寮で…瑞穂さまといつも聖書の御言葉について話されるのですか?」


恐るべしリリアンの情報網、今朝のお御堂の話がもう生徒に知れ渡っているらしい。
あと、白薔薇のつぼみも気が動転してるようだ…こんな事を上級生に聞くのは不適切だとわからない彼女じゃないはずなのだけど・・・。


「志摩子ちゃんには申し訳ないのだけれど…栞さんには信仰について聞きたい事を教えてもらったわ」


寮やお御堂の管理を任されるほどしっかりしている久保栞さん…「聖女」という言葉があてはまるあの人の希望であり行動原理となっている信仰について尋ねたいと思った事があった。

しかし、藤堂志摩子ちゃんはどうやらこの答えが気に入らなかったらしい。
はっきりとは現れなかったけれど微妙に不快の表情が見えている。


しまった…地雷を踏んでしまったのだろうか?
やっぱり白薔薇さまと親密に話すと言う事はリリアンの生徒にとってはタブーなのだろうか?

どうしよう…どんな言葉にどう答えるかの訓練は嫌というほど積んだけど…こんな時にどう答えたらいいかなんて想定していない…。



気まずい沈黙が流れる…


「『あなたがたが抱いている希望について説明を求める人に対しては、いつでも答えることが出来るように準備をしておきなさい。
 ただし、穏やかに、相手に敬意を払いながら答えなければなりません』
 ペテロの手紙第1の3章の御言葉だったわね…その言葉を実践した、充実した話だったわ…」


…よかった。誰かが代わりに志摩子ちゃんに説明してくれた…。

いや…さっきの声は…そして内容は…宮小路瑞穂のものだった…。

でも、宮小路瑞穂にはさっきの聖書箇所を暗記していない…そもそも聖書を開いて考えずに引用なんてできない。



そう思って回りを見渡し…発言した人を探すと…隣にいた。
うっすらと透き通った、宮小路瑞穂の姿をした『少女』が!?



「そ…そうです…そうでしたっ。
 ご…ごめんなさい…失礼しましたっ」


白薔薇のつぼみが落ち着かない様子で足早に立ち去っていく。
言葉をかけることはできなかった…隣の透き通った少女がこう言ったから。


「気を静めて祈りなさい、『私が弱い時にこそ、私は強い』(コリント人への手紙第二 12章10節)」


宮小路瑞穂の口はその少女と鏡合わせのように動いて言葉を発している。



そんな幻は、戸惑っているうちに消えてしまった。





「駄目ね。エトワールのお姉さまがそんな間抜けな表情をしていては。
 エトワールスールは清く正しく健やかに…一点の落ち度もあってはならないのよ。
 わかってるの『貴方』?」


狐に包まれたような状態をいつの間にかやってきた蟹名静さんに注意されてしまうけど…『お前が言うな』と言ってやりたくなる…。
この人が久保栞さんに瑞穂の正体を教えた理由が分からない…まりやはあまり気にしていないようだけど…。


「瑞穂さんの朝のお話はすごく好評だったみたいね…そう、まるで誰かさんの知識を借りたみたいに…」
「ただ久保栞さんに教えてもらった内容を述べただけですよ」

それに…あんな話をしてしまって栞さんに迷惑がかからないだろうか?
朝の話はリリアンで好ましい話題ではなかったし。










「ふん、自分の頭で考えた事を話していないのに気付いてないのね。
 鈍いのか大物なのか分からないわよ『貴方』」





蟹名さんはそんな事を言ってくる。
って…蟹名さん…それは一体…?


「蟹名さん、御門まりやさんから聞いたよ。本当の事をを栞にばらしたって?」
「蟹名さんが気付いていらしたとは思いませんでした」

抱いていた違和感は、令さんと紫苑さんにさえぎられた。

「紫苑さまと違って確信は持てませんでしたけどね」

蟹名さんもさっきの声をなかったことにしている。
どうやら、宮小路瑞穂も疲れているらしい。


支倉令さんと十条紫苑さんは昨日の出来事…久保栞さんと蟹名静さんに瑞穂の正体を知られた事…を聞いても全く動じずに今後の対策を練ってくれた。
この二人はただ楽しんでいるように見えるけれど、協力してくれるのがありがたい。




「栞・・・きっと怒ってるだろうな…。この前に作ったケーキでも持っていこう」
「ええ、道徳的に厳しい栞さんのこと…ここは『本当の瑞穂さん』をを知っている全員で行くのが適切ですね」
「御門さんには私が伝えておくわ」

今ごろは自室で体調を回復させるために横になっていると思う…怒りを蓄積させてなきゃいいけど…欠席の理由が自分にある事を考えると…罪悪感が…。


結局、今日の放課後に五人で久保栞さんの部屋を訪ねて今後のことについて話をすることになった。






あとがき

い…いかん…、志摩子さんが嫉妬モード入ってる!?
しかもリリアンにおける上級生の志摩子さんの呼び方がわからん…呼び捨てはたしか山百合会メンバーの中の話だったはず…でも「志摩子ちゃん」だと激しく違和感が…。

そして怪奇現象が更に深刻になっており…なんだか事情を知っていそうな方が一人います。



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