休眠と過去の回想


昨日はいつもの時間に起きれなかったから寝坊したくなかったのに…。

「奏ちゃんは白薔薇さまの食事持ってきて、由佳里は寮生を引率してリリアンへ先に行って」
「御門さん、私が引率した方がいいのでは?」
「それも考えたけど、エトワールのお姉さまには食事前の祈り以外にも栞の代理をやってもらわなきゃならないの」

…廊下から聞こえた御門まりやさんと瑞穂さんの声で目を覚ましてすぐ二日連続で寝過ごした事に気がついた。


しかも、他の寮生達はすでに朝食を済ませてしまっているみたい。
つまり、寮の日課となっている朝食の祈りに参加できなかったという事で…情けなさに思わず泣きたくなる。


でも遠慮がちなノックの後に食事を持った周坊院奏ちゃんが部屋に入ってきたので、下級生の前でこれ以上情けない姿を見せるわけにも行かず気を取り直して起き上がった。


「白薔薇さま、お食事をお持ちしましたのです」
「ありがとう…みなさんはもう食事を済ませてしまったのですか?」
「その事は奏の口からは申し上げられないのです」


つまり、御門まりやさんに『何も話すな』といわれているのだろう。
上級生の言いつけを守っている奏ちゃんを問い詰める訳にもいかないので、食事をとり始めた。


「悪いけど奏ちゃん、上から三番目のタンスから制服を出してくれませんか?」
「白薔薇さま、今日はお休みになられては?」

確かに体は昨日よりもだるいけれど、それは昨日寝すぎたからだろう。
決して体調がいいとはいえないけれど、学校を休むほどではないように思える。


「お御堂を任されている身としてそうも言っていられませ……あれ?」

奏ちゃんが探す位置にいつも置いてある制服がない事に気付き、思わず白薔薇さまらしくない声をあげてしまった。



「あれ〜おかし〜な〜。昨日の夜七時半の時点では栞の制服は『四着とも』あったのにな〜」

そんな声と共に、御門まりやさん…続いてエトワールのお姉さまが入ってきた。


御門さん…どうして貴女が私の制服の数を正確に知っているのか…その理由を尋ねるまでもありませんね…。

人が寝てる間に制服を全部没収するなんてなんて卑怯な…そこまでして登校を阻止したいぐらい自分は危うく見えるのだろうか?

それが栞の身を案じての行為だという事はわかっているけど、全力で問い詰めても服をどこへ置いたか白状するまりやさんじゃないと分かっているのが腹立たしい。


「制服があったとしても栞サマはエトワールのお姉さまの見ている前で着替えられるのかな〜?」


そして、そんな悪意のこもった言葉に…いつもと変わらず『エトワールのお姉さま』と認識していた瑞穂さんの正体を改めて思い起こして…。



見られた…よりによって寝巻きの身だしなみも全く整ってない寝起き姿を…男に…



「お…お…」


「お?」



…この感情は…怒りである。






「おばか〜っ!」






つい…手元にあったお御堂の鍵を投げつけてしまった。
でも反省はしていない。









不本意だけれど、御門さんの裏工作には逆らえず…お御堂の鍵を瑞穂さんに任せて今日一日は休む事にする。


ベッドに横になると考える余裕があったので幼い頃の高熱を出した時のつらい記憶が思い出してしまった。

絶え間なく頭の痛みが継続し、たまらなく体が熱いのに布団を重ねても足りなかった。
ただ、少しでも早く苦しみが終わって欲しいと願うしかなかった。


でも、幼かったあの頃と違い今の栞には退屈と寂しさを感じる余裕があった…だから幼い頃に心配そうに見下ろしてくれた両親の事も思い出してしまった。


もしかしたらかたくなに休息をとる事を拒否してきたのは、このように自分のもろさが露わになるのを無意識に恐れたからかもしれない。

ひとりは慣れていたはずなのに。
信仰によって…神を…光を見出して…救い主に依り頼んでさえいれば、ひとりは平気だったはずなのに。

どうしてこんなにもろくなってしまったのだろうか?
たぶん、リリアンに来て御門まりやさんをはじめとする出会いを経験したからだ。


朝に弱い上に面倒くさがり…なのに栞の起きる時間に合わせて起きてくれるばかりか何度も何度も世話を焼いてくれた同級生…そんな家族に近い存在と言っても過言ではない彼女と二年間も一緒だったから。





「久保栞さん、お願い手伝って」

それが、リリアン女学院の寮に入って間もない久保栞が耳にした御門まりやの第一声だった。



第一印象はリリアン女学院の一般の生徒と変わらないから大したインパクトはなかったのだけれど…

「うがーっ!あれほど服はいらないって言ったのに!あの親バカどもめ…」

…そんな声をあげながら引越しの段ボールを自室に運び込んで荷物と格闘している姿により、装った第一印象は見事に粉砕されて…



「もしかして…引越しの際の荷物運びは顔見知りを作るいい口実だからってわざと荷物を多くしたのかしら…」


…臆面もなく、そんな事を語るあたり御門さんは普通じゃないとわかり…


「荷物が多すぎて…全部部屋に入れると整理が大変ですよ」

同情したくなるぐらい引越しの段ボールの山は多いし、急いでやるべき事もないから手伝ってあげたのが始まりだった。


「隣の部屋は空き部屋でしょ、そっちに半分置くわ」
「でも、鍵がかかっています。私の部屋には余裕があるのでそちらに置いてください」

ちなみに、その鍵のかかった部屋というのは後の宮小路瑞穂さんの部屋である。





一時間後、御門さんが生活に困らない程度の整理を終えてようやく一息つく事にした。

でもどうして、御門まりやさんは紅茶を飲みながらくつろいでいるのだろう?




久保栞の部屋で…




「…いいじゃないの別に。他に知り合いもいないし仲良くしましょ。
 それにあなたはこれから三年間寝食を共にするたった一人の同級生だもの。
 親睦を深めたいと思うのは当然の成り行きじゃないの」

…そんな風にカップを勧めながら言う御門まりやさんは、あまりに手際がよく物怖じしていない。
リリアンの寮に来る前から初対面の同級生とどのように接するかをあらかじめ考えていたように思えてきた。


「まぁ、望むところですけれど…」


栞の部屋の余ったスペースにも段ボールが運び込まれていて…その中にどういうわけかカップセットや茶菓子があったのでとても即席とは思えないティータイムとなっていた。


「じゃ、話しましょうよ。私達の事」


その時に、互いに聞かれた事は何でも答えられたのはとてもよかった。
不思議にも平坦とは言えない自分の歩んできた道もどうしてか包み隠さず話す事ができたし、御門まりやさんはその話に驚いたけれど、この後ずっと力になってくれたのだから。


「私の方はね…荷物の量を見ればわかると思うけど…」

寮へ自分用の道具や滅多に着ない私服を大量にもって来る御門まりやさんはリリアンの生徒達の中でも裕福なように思えた。
聞けばリリアンの中等部までは自宅からお抱えの車で通学していたらしい。

「本当は寮に住まなきゃならない理由なんてないの。
 でも親がものすごく甘やかしてくるのがイヤになったの」

そういえば御門さんの口から『親ばか』という言葉が時々もれていたのを思い出す。
そのある意味久保栞と正反対な理由を臆面もなく述べられて思わず笑ってしまった。





そういえば御門まりやさんが、門が開けられる早朝に登校する久保栞と一緒に登校すると言い出したのもあの時だった。

初めは、強がりだと思った。
実際、数日後には一人で登校する事になったのだけれど…その日の夜に部屋に押しかけてきた彼女に非難されてしまった。


「どーして起こしてくれなかったの!?」

「いいんですよ。私のために無理をしなくても。
 御門さんは無理せず普通の時間に起きて登校してください」

「私は陸上部に所属することになったから。
 陸上部には朝練があるのよ、だから私も朝早く学校に行かなきゃならなくなったの」

その言葉の八割以上は嘘である。
門が開けられる早朝に集合を要求するような部活なんてリリアンにはあるはずがない。

「何よその疑いの目は!?見てなさいよ!
 リリアン中等部でそうだったみたいにリリアン高等部で一番足の速い女になってやるんだから!」


その一月後、中等部から陸上部だったとはいえ…まさか本当にリリアンで一番の長距離スプリンターとして記録される事になるとは思わなかった。

誰よりも早くから運動場を走る習慣は、栞と一緒に登校する口実のためだけじゃなかったらしい。


あの時以来、よほどの例外を除いて毎朝一緒に登校してきた。
今ではもう、寮生の大半が一緒に登校するのが日課になってしまうぐらいに…。


そういえば佐藤聖さまと出会ったのもあの頃だった。
彼女は今、どうしているだろう?







そんな疑問は…

「ヤホー、久しぶり!栞!」

…そんな本人の能天気な声に吹き飛ばされてしまった。





 あとがき
基本はコメディ…スパイスのシリアスは適量に…と言いたい所ですが今回、シリアス分が多すぎてちょっと痛いかも…。

しかし、前半パートの余裕のない栞さん…まるでアニメ版厳島貴子さんだ…。

御門まりやと久保栞の初対面部分の回想は二人がどうやって親友になるに至ったのか知りたいとの要望に応える形になりました。こういう要望が寄せられる時点で私はかなり果報者です。



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