理解できない身近な存在




「今は一人にしてあげたほうがいいわ」

 話が終わると瑞穂さんは全く反応を示さなくなってしまった…複雑に感情が絡み合って対応できていないのだろう。

 その蟹名さんに手を引かれて図書準備室を後にした後、久保栞は親友だと思っていた同級生の手を力の限り握り返した。


その行為を予測していたのか、表情を変えることなく蟹名静さんは久保栞の前を歩き出す。
次に行くべき場所は懺悔室だと言う事が互いにわかっているほど二人は理解しあっていた。









「四月に図書室であの男と出会ってから後は、お御堂で栞さんに聞かせた通りよ」

告白室で向かい合い更に詳しいな説明を求める栞に、蟹名さんは答える。

つまり、一目見た時から気づいていた…ミステリー2番の関係者だと言う事は…。



「では…昨日瑞穂さんが見たのは…」


「志摩子と話してる時に私はこの目で確認した、ミステリー二番だったわ。
 宮小路瑞穂の母さんに会いたいという叶わなかった願いがもうすぐ叶おうとしている」





嬉しそうに言う蟹名さんに、、久保栞の忍耐はついに切れた。



「蟹名さんは不謹慎です」


図書準備室を出た時から久保栞が抱いていた感情は、怒りだった。


「どうして?」

これまでの久保栞にとっての蟹名静は、笑えない冗談を乱発したり厄介事を引き起こしたりするけど、かつて同じ人を姉に持った同朋でもあった。


彼女の幸せを形作っている要素についても熟知していた。
面白おかしく学園生活を過ごす事、家族への信頼、イタリアで歌歌いになる将来の夢…そんな…久保栞のそれとは性質が違った世俗的なものだと言う事も。

それでもこれらの事のどれよりも、彼女にとっては他者への愛が優先するのだと久保栞は信じていた。
佐藤聖さまもそれを受けて立ち直れた…だから一目置いていた…なのに…



「わかりませんか?生き別れたはずの母親に会う子供の気持ちが?
 それを面白おかしく演出した貴女の罪は決して軽くはないですよ」

お御堂での鎮魂歌、あの言葉、そして女装に関する揶揄。
事情を知ったとき、部外者の久保栞でさえ心は酷く痛んだ。
私が瑞穂さんの立場だったら決して蟹名さんを許せない。



「あなたのほうが分かってない。あの少年は栞さんとは違う。
 親がいないといってもあなたと違って片親だし、愛情に飢えたわけでもない」

どう言う事だろう?
蟹名さんは栞が見通す以上の事を見ているのだろうか?



「あの少年が母親に対して抱いているのはね…親しみとほんの少しの恨みよ。
 辛すぎる状況に生きてきた貴女にはわからないでしょうけどね」

そういえば…さっきの話を聞いた瑞穂さんが怒りも悲しみもせずただ現状を見つめて受け入れようとしていたように思える。

その姿は久保栞には不可解だ。
だけど、蟹名さんの言葉には真実の響きがあるように聞こえる。


だけど…これだけは言っておきたかった。


「必要以上にはあの親子に関わらないで下さい」
「これからはそのつもりよ」


特に不満もなく賛同してくるあたり、どうやら過干渉が過ぎたと自分でも考えているみたいだ。
でも…


「でもね、壁一つ隔てた所にいるあなたはまだ関わる事になるわ。
 だからね…私を見習えなんて言えないけどあなたもあの親子を見習ってみればどうかしら」


久保栞はその言葉に関して、うなずく事も否定する事もできなかった。

自分自身の思いや計画ばかりを優先させながら誠実さを失うことのないこの人も、奇跡的で不可解なものにさえ思えてくる。


彼女には分かっているのだ、志摩子との関係に良策を見出せないでいる久保栞の事が。


身近な人の事さえ理解できない自分がもどかしかった。





あとがき
真相解明、そして過去の蟹名さまの秘密が全て公表されました。




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